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10 ケダモノたちの夜 / さらに一時間後

明るくなると、煙りモクモク。爆発したのは、ブランチのトランク。部屋中にドレスや毛皮が散乱し、そのなかでブランチは、薄汚れたドレスを身に着け、ありったけのアクセサリーをジャラジャジャラジャラ。手鏡に向かって、

ブランチ:アハハハ! 泳ぎましょうよ! 月の光を浴びながら……。だれか石切り場まで運転できる人! 酔ってない人、手を上げて! アハハハ! バカみたい。誰? 今笑ったの? 失礼ね。そういう人はまっ先に飛び込んで頭を冷やしてきてもらうわよ。でも気をつけないと、岩に頭をゴッチンコ! 明日の朝まで上がってこられないわよ!(と、手鏡を化粧台に勢いよく置き、割ってしまう)

角のバーから黒人たちの陽気な〈ブルーピアノ〉。
角を回ってスタンリー、軽い足取り。手にはビールの入った紙袋を持って、

スタンリー:(口笛吹いて入ってくる)

ブランチ:ステラは?

スタンリー:大丈夫さ。(と、バスルームへ直行)

ブランチ:赤ちゃんは?

スタンリーの声:朝までは生まれないだろうから、帰ってひと眠りして来いってさ。

ブランチ:じゃあ今夜は、わたしたち二人だけってこと?

スタンリーの声:(水の流れる音)そういうことだな。あんたがベッドの下に、男を隠れてなきゃね。(と、出て来て)なんだ? その格好は?

ブランチ:あなたが出かけたあとでね、電報が届いたのよ。

スタンリー:電報?

ブランチ:そう。かつてのボーイフレンドから。

スタンリー:へえ、なんだって?

ブランチ:正式なパーティーへの御招待。

スタンリー:ほう。

ブランチ:それと、カリブ海での豪華ヨットクルージング!

スタンリー:へえ、まるでクイズ番組の賞品だな。

ブランチ:驚いたでしょ。大逆転の満塁アーチよ。

スタンリー:よかったじゃねえか。

ブランチ:悪いことのあとには必ずいいことがあるものよ。

スタンリー:(手近のものを拾って)このキツネをくれた男だな。

ブランチ:違うわ。彼がくれたものは大学卒業のときの、胸につけてた倶楽部バッジだけ。シェップ・ハントレーっていうの。今や石油王よ。それが去年のクリスマスに、マイアミでバッタリ。久し振りだったけど彼、私のこと覚えてくれてたわ。それでこの電報。でもね、問題はドレスなの。必死になってカリブ海に似合うのを探してたんだけど。

スタンリー:なるほど。それで、その女王様の冠ってわけだ。

ブランチ:違うわ。これは学生時代の思い出。

スタンリー:(着替え始めて)なんだ、本物のティファニーかと思ったよ。

ブランチ:脱ぐならカーテン閉めてくださらない?

スタンリー:脱ぐのはこれで終わりさ。(と、上半身は裸のまま紙袋をガサゴソ)栓抜き見なかったか?

ブランチ:………

スタンリー:そういやあ、従兄弟に歯で抜くのがいたなあ。(と、栓をテーブルの端に叩きつけながら)それ以外にはなんの取り柄もない奴だったけど、人間栓抜きって呼ばれてて、けっこう得意になってたんだ。それがさ、友だちの結婚式で、調子に乗って前歯を折っちまって、すっかりショゲちゃって、それ以来、顔を見てないなあ。(栓が飛んで泡が吹き出す)アッハッハッハ! (頭からビールをかける)ああ……、最高だ。どうだい? 今夜くらいケンカはやめて仲良くしようぜ。ほら乾杯。

ブランチ:いいえ。結構。

スタンリー:お互いよかったじゃねえか。あんたには石油王の恋人が。俺にはガキが。感謝感謝。……そうだ。(と、戸棚へ)

ブランチ:なにしてるの?

スタンリー:あいつどこにしまったんだ?

ブランチ:なに?

スタンリー:シルクのパジャマさ。結婚式の夜に着たんだ。

ブランチ:まあ。

スタンリー:今夜みたいに特別の夜はアレを着るんだ。あった!(と、振り回して)電話が来てもしガキが男だったら、こいつを思いっきり振り回してやる。今夜は俺も気取るさ。あんたに負けないようにな。

ブランチ:私だって。これからは誰にも干渉されることなく好きな生活ができるんですもの、嬉しくて涙が出るわ。

スタンリー:そうかい、石油王ってのは自分の女の生活には干渉しないんだ。

ブランチ:そうよ。それが本物の男よ。きっと私という人間の価値を認めて、大切にしてくれるわ。その代わりに、私にはあの人の心を慰めてあげられるのよ。お金持ちって孤独だから。

スタンリー:へえ、そんなもんかい。

ブランチ:そうよ。品格と知性と教養を持った女は、男の人の生活に潤いを与えてあげられるのよ。いつまでも。それが私の役目。私の価値。見た目の美しさなんてバカみたい。必ず消えていくんですもの。でも、魂の美しさと、精神の気高さと、心の豊かさは永遠のもの。歳とともにますます輝きを増していく。歳をとるって、全然寂しいことじゃないわ。心の財産を増やしていけるんですもの……。なのにバカだったわ、私。豚に真珠なんか見せたりして。

スタンリー:豚?

ブランチ:豚よ豚。あんたも豚なら、ミッチも豚。あの人さっきノコノコやって来て、さんざん私のこと侮辱して帰ってったわ。あなたから聞いた悪質なデマを振り回して。追い返してやった!

スタンリー:へえ。追い返しちゃったの。

ブランチ:当たり前よ。ところがそのあとまた来たの。今度は花束持って、泣いて許してくれって謝るのよ。バカみたい。人の気持ちを踏みにじっといて、絶対許せない。それって絶対にしてはいけないことだと思うの。だから言ってやったの。気持ちはわかりますけど、もうこれ以上おつき合いはできませんって。私たち、価値観がまったく違ってたのよ。趣味も育ちも全然違うのよ。現実を見なさいって、お友達でいましょうねって、ガッカリしないでねって……

スタンリー:それは電報が来る後かい? 前かい?

ブランチ:電報? ああ、後よ。あ、いえ、というか……

スタンリー:ホントは、電報なんて嘘なのさ。

ブランチ:嘘じゃないわ。

スタンリー:石油王も嘘。花束を抱えたミッチも嘘。全部嘘。あいつが今どこにいるか俺は知ってる。

ブランチ:嘘じゃないわ。

スタンリー:でなきゃ想像力の産物だ。

ブランチ:でも嘘じゃないわ。

スタンリー:嘘だね。真実なのはそのうぬぼれと見せかけだけだ。

ブランチ:でも嘘じゃないわ。

スタンリー:なら鏡で見てみろ。自分の姿を。ほら。(と、鏡台まで引っ張っていき)こんなカーニバルの衣装はな、5セントも出せば乞食からでも借りられるんだ。これはキチガイの冠か? ええ? 女王様!

ブランチ:放して!(と、カーテンの向こうに逃げる)

スタンリー:くせえんだ。あんたが来てから、部屋中が。嘘くさい香水の臭いがプンプンプンプン。(手近のドレスを拾って)こんなもんなあな、なんにも知らねえ、ウブな坊やにしか通用しないんだよ! ああ、くせえ。ああ、くせえ!(と、ドレスを持ったままバスルームへ)

音楽消えている。静寂。静寂のなかに不穏な気配が満ちてくる。
ブランチ、カーテン越しに電話を引き入れる。以下の台詞の間に、カーテンが紗幕のように透けて、内部の仕草がゆらめく炎となって映る。

ブランチの声:(電話を持って歩きながら)もしもし! もしもし! 長距離通話を……、あ、ダラスのシャップ・ハントレーさん。わかるでしょ?……石油王のシャップ・ハントレーさんよ! じゃあ、誰かに聞きなさいよ……、ああ、待ってよ! ダメよ。わからないのよ。ちょっと、ちょっと待って……(受話器を置く)

人間のものではない、ケダモノたちの声が満ちてくる。

ブランチの声:(また受話器を持って)もしもし……。長距離はやめて電報にするわ。電報よ。早くして。電報よおお! ……ああ、電報局? ええ、お願い。いい? ……《絶対絶命ノピンチ。助ケテ。罠ニ、罠ニハマッテシマッタ……、罠ニ……》あああああ!

トイレの水が流れる音。閉まるドア。高まるケダモノたちの声。ぶらーんっと、ブラ下がった受話器の影が大きく揺れる。

ブランチ:ああ……、ああ……

電報局員の声:(奇妙な反響)モシモシ……、モシモシ……

突然、カーテンの向こうにスタンリーとおぼしき影。
というのも、その影はさっきのドレスを着ているのだ。おびえるブランチの影の方へ近づいていって、

スタンリーの声:(奇妙な反響)受話器ガハスレタママダゼ……

受話器を戻すスタンリーの影。と、途絶える反響音。

ブランチ:(カーテンから出て来る)

スタンリー:(電話を持って追い掛けてくる。やはりさっきのドレスを着ている)

ブランチ:そこを通して!

スタンリー:通れるさ。こんなに空いてるんだ。

ブランチ:あっちに行ってえ!

スタンリー:アッハッハ。なんかすると思ってんのかい?

興奮するケダモノたちの声。〈ブルーピアノ〉。

スタンリー:可愛いぜ。そうやって震えてると。嘘もホントらしく見える。

ブランチ:来ないで! それ以上来たら……(と、ビール瓶をテーブルに叩きつけて、割れた瓶の口を振りかざす)顔をグジャグジャにしてやるわ。

スタンリー:アッハッハ。怖いよ。怖いよ。ママー。ママー。

ブランチ:そうよ。怖いわよ。

スタンリー:怖いよ。怖いよ。ママー!(と、テーブルをひっくり返し、その隙にブランチの腕を抑える)

ブランチ:放してえ! 放してえ! 

スタンリー:(ブランチの頬を殴り、瓶の口が落ちる)あきらめろ。今夜は俺も気取るんだ。あんたに負けないようにな。(無抵抗のブランチをベッドに押し倒す)

めまいのように暗くなっていくなかで、〈ブルーピアノ〉が高らかに鳴り渡り、やがて波の音にかき消される。

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