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ブランチ:坊や、どうしてる? ステラ:眠ってるわ。天使みたいに。……さっきブドウをいただいたのよ。 ブランチ:そう。お風呂に入ってるあいだに電話なかった? ステラ:ええ。 ブランチ:そう。でも、もしあったら番号を聞いておいてね。あとでこちらからかけ直しますからって。 ステラ:ええ。 ブランチ:あの、クールイエローのシルクのワンピース。皺になってなかったかどうか見といてくれたかしら? ステラ:ええ。 ブランチ:大丈夫そうなら、アレにするわ。襟にはタツノオトシゴの銀のブローチをつけて。ハートの箱に入ってると思うから。探しといてちょうだいね。 ステラ:わかったわ。 ブランチ:あとそれから……、そのなかにスミレのコサージュもあるはずなの。 ステラ:ええ。一緒に出しておくわ。 ブランチ:ふたつ並べてつけたいから。 ステラ:はいはい。(と、拭き終わる) ブランチ:大丈夫? 石鹸ちゃんと落ちてたかしら?(髪を触って) ステラ:大丈夫よ。ブランチ。とってもいい香り。きれいだわ。 ブランチ:……… ステラ:きれいよ。とっても。
ブランチ:そのブドウ、きれい? ステラ:さあ? もらいものだから。(と、赤ん坊の籠を抱えてベッドの方へ行き、ブランチのトランクを整理し始める)フレンチマーケットで買ったって、そう言ってたけど。 ブランチ:じゃあ洗ってあるとはかぎらないわね。 ステラ:ええ。 ブランチ:この街できれいなのは、あの鐘の音だけだもの。 ステラ:(ブランチの青いガウンを手にして)この青もきれい。これライラック? ブランチ:違う。デラ・ロビア・ブルーよ。中世の絵のなかで、マリア様が着ているガウンの青よ。ジョットの青よ。シャガールの青よ…… ステラ:着てみてもいい?(着て、鏡に映す) ブランチ:ねえ、このブドウ本当に洗ってないの? 赤ん坊の声:オギャ。オギャ。オギャ。 ステラ:はいはい。(と、抱きかかえる)
ブランチ:ああ、私、これから、海の上で生きていくわ。そして、死ぬときも海の上よ。なんで死ぬかわかる?(と、ブドウをひと摘み)ある日、ひと粒の洗っていないブドウを口にして……。その船にはね、大きな銀時計を持った、若い美しいお医者さまがいらっしゃって、その、たくましい腕に抱かれて息を引き取るの。「かわいそうに」ってみんなが言うでしょう!「たったひとつの洗っていないブドウ粒が、この人の魂を天国に運んで行ったんだ」。そして、私の肉体は真っ白な麻の袋に包まれて、海へ! ドボン! 真昼の、ギラギラとした太陽が照りつける甲板の上から、一気に海へ! あの人の瞳のように、青い海へ!
ブランチ:だれか来ただわ。ステラ。 ステラ:(おずおずと)いったい誰かしら? ブランチ:あの人だわ! 迎えに来たんだわ! ステラ:はあい。(ドアを開ける)
ステラ:どうぞなかへ、……先生。 医者・看護婦:(ずかずか入ってくる) ブランチ:どなたなの? ステラ? ステラ:あの…… 看護婦:かまいませんよ。慣れてますから。 ブランチ:どなたなの? 看護婦:(ブランチに近づき)こんばんわ、ブランチさん。 ブランチ:あの人じゃないの? 看護婦:あなたを迎えに来たのよ。
ステラ:ブランチ! 看護婦:さあ、ブランチ。(と、腕に手を掛ける) ブランチ:あ。あ。(逃げようとするが体は動けない) ステラ:ブランチ! 赤ん坊の声:オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア! ブランチ:ああああ。(その場にしゃがみ込んでしまう) 看護婦:さあ!(引き上げようとするが、動かない) 赤ん坊の声:オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア! 看護婦:先生え!(医者を見る) 医者:その必要はなさそうだ。(と、ブランチに近づく) ステラ:(医者に)手を放すように言ってください。(と、泣く子供の方へ) 医者:放してあげなさい。 看護婦:(手を放す) 医者:はじめまして、ミス・デュボア。 ブランチ:(医者を見る)
医者:(懐から大きな銀時計)さあ。……どうしました? 行きましょう。 ブランチ:ええ、ええ…… 医者:(ブランチの肩を抱き、やさしく起き上がらせて)忘れ物のないように。 ブランチ:(起き上がって)いいえ! 御心配には及びませんわ! だって私は、いつだって、見ず知らずの方のご親切に支えられて生きてきたんですから……。(と、付き添われて、ドアから出ていく)
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