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11 赤ん坊のいる《天国》/数週間後、そして秋

あるいは数年後の黄昏れ時。遠くで波の音……。
真っ赤なサテン地のバスローブを着て、ブランチが椅子に腰掛けている。湯上がりなのだ。すぐ後ろでステラが、濡れそぼった髪を丁寧に拭ってやっている。テーブルの上には、赤ん坊の入った籠と、一盛りのブドウ。

ブランチ:坊や、どうしてる?

ステラ:眠ってるわ。天使みたいに。……さっきブドウをいただいたのよ。

ブランチ:そう。お風呂に入ってるあいだに電話なかった?

ステラ:ええ。

ブランチ:そう。でも、もしあったら番号を聞いておいてね。あとでこちらからかけ直しますからって。

ステラ:ええ。

ブランチ:あの、クールイエローのシルクのワンピース。皺になってなかったかどうか見といてくれたかしら? 

ステラ:ええ。

ブランチ:大丈夫そうなら、アレにするわ。襟にはタツノオトシゴの銀のブローチをつけて。ハートの箱に入ってると思うから。探しといてちょうだいね。

ステラ:わかったわ。

ブランチ:あとそれから……、そのなかにスミレのコサージュもあるはずなの。

ステラ:ええ。一緒に出しておくわ。

ブランチ:ふたつ並べてつけたいから。

ステラ:はいはい。(と、拭き終わる)

ブランチ:大丈夫? 石鹸ちゃんと落ちてたかしら?(髪を触って)

ステラ:大丈夫よ。ブランチ。とってもいい香り。きれいだわ。

ブランチ:………

ステラ:きれいよ。とっても。

教会の鐘の音が、透明に明るく響き渡る。

ブランチ:そのブドウ、きれい?

ステラ:さあ? もらいものだから。(と、赤ん坊の籠を抱えてベッドの方へ行き、ブランチのトランクを整理し始める)フレンチマーケットで買ったって、そう言ってたけど。

ブランチ:じゃあ洗ってあるとはかぎらないわね。

ステラ:ええ。

ブランチ:この街できれいなのは、あの鐘の音だけだもの。

ステラ:(ブランチの青いガウンを手にして)この青もきれい。これライラック?

ブランチ:違う。デラ・ロビア・ブルーよ。中世の絵のなかで、マリア様が着ているガウンの青よ。ジョットの青よ。シャガールの青よ……

ステラ:着てみてもいい?(着て、鏡に映す)

ブランチ:ねえ、このブドウ本当に洗ってないの?

赤ん坊の声:オギャ。オギャ。オギャ。

ステラ:はいはい。(と、抱きかかえる)

雲間からオレンジ色の陽射しが差し込む。窓を通って、幼子を抱えたステラを射抜くと、聖母子像となる。そして、一日が終わろうとしている。鐘の音がゆっくりと消えていき、遠くから、大きく波の音。

ブランチ:ああ、私、これから、海の上で生きていくわ。そして、死ぬときも海の上よ。なんで死ぬかわかる?(と、ブドウをひと摘み)ある日、ひと粒の洗っていないブドウを口にして……。その船にはね、大きな銀時計を持った、若い美しいお医者さまがいらっしゃって、その、たくましい腕に抱かれて息を引き取るの。「かわいそうに」ってみんなが言うでしょう!「たったひとつの洗っていないブドウ粒が、この人の魂を天国に運んで行ったんだ」。そして、私の肉体は真っ白な麻の袋に包まれて、海へ! ドボン! 真昼の、ギラギラとした太陽が照りつける甲板の上から、一気に海へ! あの人の瞳のように、青い海へ!

ドアベル。波の音はまだ消えない。

ブランチ:だれか来ただわ。ステラ。

ステラ:(おずおずと)いったい誰かしら?

ブランチ:あの人だわ! 迎えに来たんだわ!

ステラ:はあい。(ドアを開ける)

逆光線のなかにミッチに似た大柄の白衣の男と、スタンリーに似てなくもない看護婦。波の音が消え、時間が止まる。

ステラ:どうぞなかへ、……先生。

医者・看護婦:(ずかずか入ってくる)

ブランチ:どなたなの? ステラ? 

ステラ:あの……

看護婦:かまいませんよ。慣れてますから。

ブランチ:どなたなの? 

看護婦:(ブランチに近づき)こんばんわ、ブランチさん。

ブランチ:あの人じゃないの?

看護婦:あなたを迎えに来たのよ。

ワルシャワ舞曲!

ステラ:ブランチ!

看護婦:さあ、ブランチ。(と、腕に手を掛ける)

ブランチ:あ。あ。(逃げようとするが体は動けない)

ステラ:ブランチ!

赤ん坊の声:オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア!

ブランチ:ああああ。(その場にしゃがみ込んでしまう)

看護婦:さあ!(引き上げようとするが、動かない)

赤ん坊の声:オギャアアア! オギャアアア! オギャアアア!

看護婦:先生え!(医者を見る)

医者:その必要はなさそうだ。(と、ブランチに近づく)

ステラ:(医者に)手を放すように言ってください。(と、泣く子供の方へ)

医者:放してあげなさい。

看護婦:(手を放す)

医者:はじめまして、ミス・デュボア。

ブランチ:(医者を見る)

再び、鐘の音と波の音。次第に街の雑踏のなかで。

医者:(懐から大きな銀時計)さあ。……どうしました? 行きましょう。

ブランチ:ええ、ええ……

医者:(ブランチの肩を抱き、やさしく起き上がらせて)忘れ物のないように。

ブランチ:(起き上がって)いいえ! 御心配には及びませんわ! だって私は、いつだって、見ず知らずの方のご親切に支えられて生きてきたんですから……。(と、付き添われて、ドアから出ていく)

ゆったりと〈ブルーピアノ〉。日が沈むように、幼子を抱えたステラを残して暗くなっていく。

幕 

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