Scene1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , 11

3 麻雀の夜/眠れぬ夜

その夜の深夜。大胆で強烈な原色の光が街を彩っている。流れるのは、けだるい中国歌謡。閉じた仕切りのカーテンの向こうから、麻雀牌がかち合う音。煙草の煙り。猥雑な笑い声。罵声。カーテンのこちら側は薄暗く、ミッチがひとりぼんやり立っている。
以下、男1、2の声は録音された機械のようだ。

男1の声:Anythig wild this deal?(狂ってる?)

男2の声:One-eyed jack are wild.(片目のジャックさ!)

スタンリーの声 くそ! 腹へったなあ!

男1の声:Give me two piece.(パイが食いてえな)

男2の声:Go to the Chinaman's and bring back a load of chop suey!(中華街へ行ってチャプスイ買って来いよ)

男1の声:チャプスイ! チャプスイ!

スタンリー:おいミッチ! やるぞ!

男1の声:チャプスイ! チャプスイ!

ミッチ:そろそろ帰ろうかな。

スタンリー:早く来い!

ミッチ:おふくろの具合が良くないんだ。

男1の声:ママー! ママー!

ミッチ:帰らなきゃ。

男2の声:アッハッハ。アッハッハ。

と、カーテンを抜けて、スタンリーが出てくる。

スタンリー:勝ち逃げかあ?

ミッチ:ちょっとトイレ。(とバスルームに消える)

男1の声:モレチャウヨ! オシッコ、モレチャウヨ!

スタンリー:ママのおっぱいなんか思い出してんじゃねえぞ。

男1の声:ママー! ママー!

男2の声:アッハッハ。

スタンリー:(カーテンの向こうに戻る)

ブランチとステラが角を回って現れる。

ブランチ:もうダメ。ステラ。息が上がっちゃって!

ステラ:まだやってるわ。あの人たち。

ブランチ:ちょっと待って。(とコンパクトを出して顔を直し出す)

ステラ:大丈夫よ。ブランチ。かわいいわ。デイジーみたいに。

ブランチ:さしずめ暑さで萎れたデイジーってとこね。

ステラ:(部屋に入って行って)スタン! いつまでやってるの?

スタンリーの声:勝負にケリがつくまでだ!

男1の声:ケリヲツチマエ! ケリヲツチマエ!

ステラ:(さらにカーテンの向こうに首を突っ込んで)もう2時よ。いい加減にしたら?

スタンリー:(顔だけ出し)ケリがつくまでだって言ってるだろ? ええ?(と、ステラのケツにケリを入れる)

ステラ:ちょっとなによ! やめてよ!

男2の声:アッハッハ。アッハッハ。

ステラ:もう! あったまくる!

ブランチ:私シャワー浴びてくるわ。::

ステラ:また?

と、バスルームへ入ろうとして、出て来たミッチとはち合わせ。

ブランチ:あら。

ミッチ:あ。どうもすみません。

ステラ:まあミッチ。

ブランチ:いいえ。こちらこそ。

ミッチ:どうも!?

ブランチ:アタシの姉さん。ブランチ・デュボア。こちらはハロルド・ミッチェル。

ミッチ:はじめましてミス……、デュボア。(と握手を求めるが)

ステラ:お母さんの具合はどう?

ミッチ:ああ。カスタードクリーム美味しかったって。喜んでたよ。じゃあ。(と振り返りつつカーテンの向こうに戻っていく)

ブランチ:あの人はまともそうね。

ステラ:ええ。

と、ミッチ、戻って来て。

ミッチ:これトイレの。持ってきちゃった。(と、タオルを渡してまた戻る)

ブランチ:フフフ。繊細な感じがする。

ステラ:お母さんが病気なの。

ブランチ:まあ。それで? 独身?(と、着替え始める)

ステラ:独身よ。(同じく着替え始める)

ブランチ:仕事は?

ステラ:スタンリーと同じ工場の精密検査係。

ブランチ:(下着姿のまま)それってかなりいいポストじゃないの?

ステラ:(同じく)冗談! スタンリーだけよ。先行き見込みがあるのは。

ブランチ:まさか? アレのどこに見込みがあるの?

ステラ:見てわからない?

ブランチ:ぜんぜん。

ステラ:よく見たことないのよ。

ブランチ:そうかしら?(と、カーテンからそっと向こうを覗く)

ステラ:どう?

ブランチ:……口をポッカリ開けてなんか考えてる。サルみたいよ。

ステラ:今はダメよ。ただの酔っぱらいだもの。

ブランチ:酔いが覚めたらアレがいっぱしの人間に進化するんだろうか?

ステラ:パワフルさじゃ誰にも負けないわ。疲れってものを知らないの、あの人。ブランチ! 向こうからまる見えよ!

ブランチ:きゃあ!(と慌ててカーテンから離れる)

ステラ:アハハハ!

ブランチ:タダじゃもったいないわよね。

ステラ:そうよ。アハハハ!

スタンリーの声:うるせえぞ!

ステラ:なによ! 聞こえてないくせに!

スタンリーの声:俺の声はちゃんと聞こえてるだろ? 静かにしてろ!

ステラ:アタシの家よ! 何しようがアタシの勝手よ!

ブランチ:ステラ。やめなさいよ。

ステラ:だから酔っ払いは嫌いよ。顔洗ってくる。(と、バスルームに消える)

ブランチ、着替え終わって、ラジオをつける。と、ルンバが流れ出れ、思わず踊り出す。

スタンリーの声:誰だ? ラジオなんか!

ブランチ

スタンリーも声:消せ!

男1の声:Sure, that's good, leave it on! (ほっとけよ!)

男2の声:Sound like Xavier Cugart!(ザビエル・クガートだ!)

男1の声:ザビエル・クガート! ザビエル・ク――

スタンリー出てきてラジオを消す。ミッチがついてくる。

ミッチ:スタン。

スタンリー:おまえは座ってろ! 

ミッチ:ちょっとトイレさ。

スタンリー:またかよ。

男1の声:オシッコ、モレチャウヨ。モレチャウヨ。ママー! ママー!

スタンリー:(ブランチをにらみつけて戻っていく)

牌の音ひときわ高く。

ブランチ:今使用中なの。ごめんなさい。

ミッチ:いや。いいんです。ビールってのはどうも回るのが早くって。

ブランチ:だから嫌い。ビールって。

ミッチ:でも暑いときにはいいんですよ。これが。

ブランチ:でも品がないわ。ねえ、あなた煙草持ってらっしゃる?

ミッチ:ええ。

ブランチ:なにかしら?

ミッチ:ラッキーですけど。(と、シガレットケースごと渡す)

ブランチ:(渡されたケースを見て)まあ。きれいね。これシルバー?

ミッチ:ええ。ちょっとそれ、読めます?

ブランチ:なに?(手許が暗い)

ミッチ:(マッチを擦って照らす)

ブランチ:どうもありがとう。
And if God choose, I shall but love thee better - after death.

ミッチ:「神の御心とあらば、またあなたを愛しましょう。たとえ死んでも」

ブランチ:まあ、ミセス・ブラウニングね! 私の好きな詩よ。

ミッチ:大切な思い出なんです。

ブランチ:それはそれは、素敵な恋だったんでしょうね。きっと。

ミッチ:哀しい恋でした。

ブランチ:そお。

ミッチ:死んだんです。その子は。

ブランチ:そう。そうなの。

ミッチ:わかってたんです。それをくれたとき、もう死ぬってわかってたんです。おかしな子でした。でもきれいな子でした。

ブランチ:あなたのことが好きだったのね。その子。人間って病気になると素直に自分をさらけ出せるものなのよ。

ミッチ:そうです。本当にそうです。

ブランチ:哀しみがケガレた心を洗い流すから。

ミッチ:そうなんです。それが人間なんです。

ブランチ:少ないわ。そのことをわかってる人は。

ミッチ:でもあなたにはわかるんですね。

ブランチ:ええ……。けど大抵の人はそんなことおかまいなしね。無神経でケイヒャクで……、アラ、もう! 口が回らないわ。あなたたちのせいよ。ショーは10時に終わったのに、帰れないでしょ。途中パブに寄ったら三杯も飲まされて。私二杯が限界なのに。(と椅子にもたれるように)

ミッチ:ああミス……

スタンリーの声:ミッチ! 何やってんだ?

ミッチ:抜かしといてくれ! ええっとすみません。ミス……

ブランチ:ミス・デュボア。フランス語で森っていう意味。ブランチは白。だから白い森なの。春のリンゴ畑みたいでしょ。

ミッチ:なるほど。じゃあフランスが原産なんですか?

ブランチ:ええ。もとを辿ればね。

ミッチ:それで、ステラとはその……

ブランチ:姉妹関係。フフフ。彼女の方が少し年上なの。よくあるでしょ。複雑な家庭の場合……。

ミッチ:ええ。まあ。

ブランチ:ねえ、お願いがあるんだけど。

ミッチ:はい。

ブランチ:あそこの電球にコレ、かけてくださらない?

ミッチ:なんですか?

ブランチ:(と、紙提灯を出して)さっきチャイナタウンで買ってきたの。

ミッチ:ええっと。(と、受け取ってテーブルにのぼる)

ブランチ:嫌いなの。裸の光って。野暮ったくって品がないでしょ?

ミッチ:(取りつけながら)さしづめ、ボクたちのこと、野暮な連中だって思ってるんでしょうね。

ブランチ:アラ、そんなことないわ。

ミッチ:学校の先生だって聞きましたけど?

ブランチ:ええ。そう。淋しい淋しい学校教師よ。

ミッチ:え? なんでです?(と、降りてきて)

スタンリーの声:ミッチ! まだかよ!

ミッチ:今行くったら!

ブランチ:まあ。すごい肺活量! びんびん響いたわ。

ミッチ:何を教えてるんですか?

ブランチ:当ててみて?

ミッチ:音楽? いや美術?

ブランチ:フフフ。

ミッチ:それとも数学かな?

ブランチ:まさか。九九もろくに知らないのに?

ミッチ:なんだろう?

ブランチ:「神の御心とあらば、またあなたを愛しましょう。たとえ」……たとえ私の担当が英文学で、ルーズソックスのジュリエットや、ドラッグストアにたむろするロミオたち相手に、ホーソーンやホイットマンの面白さを教えることがいかに困難でもね。

ミッチ:あいつらはいつだってくだらないことで頭がいっぱいなんですよ。

ブランチ:そう。その通り。でも若いって素敵よ。ドキドキするわ。春になって恋を覚え始めたあの子たちを見てるとね。

ミッチ:そうですか?

ブランチ:まるで自分が、世界で初めて恋というものを発見したんだって顔してるのよ。フフフ。(とラジオのスイッチを入れる)

ミッチ:アハハハ。いいなあ。

ドキドキするようなサルサが流れる。

ブランチ:そうなの。ドキドキしてくるの。(いっぱいに音量をあげて)踊りましょう?

と、踊り出す。ミッチも嬉しくなって不器用についていく。

スタンリー:(飛び込んできて)いいかげんにしろ! 騒ぎたいならオモテで騒げ! ホラ!(と、ラジオを窓から放り投げる)

破裂音。静寂の音。

スタンリー:近所迷惑もはなはだしいぞ。

ステラ:(バスルームから駆け込んで来る)酔っぱらい! 酔っぱらいの、ケダモノ! (カーテンの向こうに入って行って)もう帰って! みんな帰って! あんたたちには常識ってものがないの!

スタンリー:(飛びかかるように追いかけて行く)

ブランチ:ステラ!

ステラの声:(カーテンの向こうで)なによ。ぶちたかったら、ぶちなさいよ! ふざけんじゃないわよ! この酔っぱら……

バシッ! 叫び声。壊れて砕ける音。

男1の声:ママ! ママ! ママ!

男2の声:アッハッハ。アッハッハ。

ブランチ:(ミッチに)あの子のお腹のなかには赤ちゃんがいるのよ!

ミッチ:そりゃ大変だ。(飛び込んでいく)スタンリー!

ブランチ:狂ってるわ。キチガイだわ。

ミッチの声:スタン。落ち着けよ。

ステラの声:出てくわ! 私。出てくわ!

と、出てきたのは、スタンリー。わめきながらバスルームへ飛び込む。シャワーの音。

ミッチ:(戻って来て)だから言ったんだ。女のいるところで本気になるなって。

ブランチ:ステラの服どこにあるか知ってる?

ミッチ:いや。さあ?

ブランチ:なんでもいいわ。(と、適当な引き出しを開けて)ちょっとどいて。ステラ!(と、連れに行く)もういいのよ。怖がらなくても。大丈夫よ。今夜はとなりの人に頼んで泊めてもらいましょう。(連れて来て)もうこんなところにいる必要なんかないわ。どこか遠くへ行きましょう。何とでもなるわよ。二人なら……

と、寄り添って出て行く。ミッチひとり。

男1の声:バン! バン! バン! ウッ。ヤラレター!

男2の声:アッハッハッハ。

スタンリーの声:(バスルームから)出てけ! おまえらもみんな出てけ!

ミッチ:だから言ったんだ。女のいるところで本気になるなって。(部屋を出て行く)

スタンリーがびしょ濡れのままバスルームから出てくる。遠くで汽笛。近づいてくる蒸気機関車。さらに〈ブルーピアノ〉。半裸のままのスタンリーを取り残して、ゆっくりと暗くなっていく。

to the next scene

Scene1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , 11