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スタンリー:じゃあ、どうなるんだ? 俺のメシは? ステラ:(部屋着を脱ぎながら)冷蔵庫のなかのを温めて食べてよ。 スタンリー:ヘッ、いい気なもんだ。 ステラ:あんたたちが麻雀してるところに、ブランチを置いときたくないのよ。 スタンリー:あの女は? ステラ:入浴中。神経が休まるんだって、熱いお湯に浸かると。 スタンリー:なんだい、そりゃ? ステラ:(着替える手が止まり)ねえ、大変だったのよ。 スタンリー:なにが? ステラ:なくなっちゃったのよ、ベルリーブが。 スタンリー:なくなっちゃった? ステラ:そうなの。 スタンリー:なぜ? ステラ:どうしようもなかったのよ。しようがなかったの。(外出着を着始めて)なんか言ってあげてね、ブランチに。なんでもいいから、優しいことを。でも、子供のことは内緒よ。まだ、落ち着いてからと思ってるから。 スタンリー:ふーん。 ステラ:お願い。スタン。
ステラ:こんなアパートに住んでるなんて思ってなかったらしいの。アタシも手紙で、ちょっと見栄張っちゃったのがいけなかったんだけど。 スタンリー:ふーん。 ステラ:服をほめてあげて、きれいだって。大事なことなのよ、それが、ブランチには。バカバカしいんだけどね。 スタンリー:なるほど。話は戻るが、田舎の屋敷がなくなったって言ったな。 ステラ:ええ、そうよ。 スタンリー:どういう経緯か詳しく話せよ。 ステラ:ダメダメ。その話は。ブランチが落ち着くまで。 スタンリー:そうかいそうかい。そういう取り決めになってんだな。 ステラ:ゆうべのあの人、見たでしょ? スタンリー:じゃあせめてもだ、売却証書でも見せてもらおうか。 ステラ:ないわ。そんなもの。 スタンリー:あるだろ、売ったんだったら。 ステラ:売ったんじゃないのかもしれない。 スタンリー:なんだそりゃ? じゃあ、慈善事業にでも寄付したっていうのか? ステラ:もうおしまい! 聞こえるわ! スタンリー:(聞こえるように)かまうもんか。見せてもらおうぜ、売却証書を! ステラ:だから、知らないっていってるでしょ。私たちになんの関係があるのよ。そんなものが? スタンリー:おまえ、ナポレオン法典って知ってるか? ステラ:知らないわ。 スタンリー:じゃあ、教えてやるよ。 ステラ:………… スタンリー:いいか。このルイジアナ州にはな、ナポレオン法典ってものがあるんだ。それによるとだ、妻の財産は、夫の財産にして、逆もまた然りってんだ。わかるか? 例えば、俺かおまえか、どちらかがどこかに土地でも持ってたとする、すると…… ステラ:もういいわ。頭が痛くなってきた。 スタンリー:よーし。じゃあ、風呂から出てきたら直接聞いてやる。 ステラ:ダメよ、今は。あの人壊れちゃう。 スタンリー:どうやらおまえは、自分の財産を騙し取られたらしい。 ステラ:バカみたい。 スタンリー:いいか、よく聞け。ナポレオン法典によればだ、妻が騙されたってことは、夫もまた騙されたってことになるんだ。そして、俺はだ、人に騙されるってのが、大嫌いなんだよ! ステラ:くだらない。 スタンリー:そんなら、売った金は? どこにあるんだ? ステラ:売ったんじゃないの。なくなったの。 スタンリー:(答えずにベッドの方へ歩いていく) ステラ:スタンリー!(あとを追って) スタンリー:よく見ろ! これが教師の給料で買えるようなものかどうか。(とブランチのトランクをひっくり返す) ステラ:ちょっと、やめなさいよ。 スタンリー:見ろ。毛皮だらけだ。こういうのを着て歩いて、さんざ見せびらかそうってわけだ。なんだこりゃ?(と、ケバケバしいドレス) ステラ:スタン! スタンリー:まだある、見ろ。キツネだぜ。本物だ。しかもざっと半マイル。ステラ、おまえ、毛皮なんか持ってるか? こんなふさふさの雪みたいに白いの、持ってるか? ステラ:みんな夏向きの安物よ。ブランチは昔から持ってたわ。 スタンリー:知り合いに毛皮のディーラーがいるから、そいつに値踏みさせてやる。賭けてもいい。ざっと数千ドルだ。 ステラ:バカみたい。 スタンリー:(さらにポーチをひっくり返し)真珠だよ! 真珠! 真珠だらけだ! いったいおまえの姉さんってのはどんな商売してたんだ? おまけに、金のブレスレット! 金に、真珠に、おまえだって欲しいだろ? え? ステラ:いい加減にやめなさいよ。 スタンリー:ほら、あったぞ。ダイヤモンド! まるで女王陛下の冠だな、こりゃ。 ステラ:それは、ラインストーンよ。姉さんが仮装舞踏会でつけたの。 スタンリー:なんだ? ラインストーンって? ステラ:模造ダイヤ。 スタンリー:フン。まあいいさ。知り合いにダイヤのディーラーもいるから、一緒に踏みさせてやるさ。 ステラ:(気配を察して)ホラ、戻ってくるわ! 閉めて! スタンリー:(足蹴りにしてテーブルに戻る)とにかく、これがおまえの田舎の屋敷のなれの果てってわけだ。 ステラ:さあ、着替えるんだから。外に出てって! スタンリー:いつからおまえは、俺に命令するようになったんだ? ステラ:なに言ってんの、着替えるのよ。 スタンリー:嫌だね、こっちはあの女に用があるんだ。 ブランチ:(バスローブを羽織って出て来る)ああ、いいお湯だった。
ブランチ:あら……。スタンリー。どう? 私の湯上がり姿は? いい香りでしょう? まるで生まれ変わったような気分よ。 スタンリー:(煙草に火をつけて)いいねえ。 ブランチ:失礼して、着替えさせてもらうわ。 スタンリー:どうぞ。 ブランチ:(ベッドの近くまで来て、散乱状態に一瞬唖然とするが、花柄のワンピースを手に取って)どう、これ? 今日初めて着るの。可愛い?(さっと仕切りのカーテンを閉めて)ステラは? スタンリー :外だよ。 ブランチ:そう。私のどが乾いちゃったわ……。
ブランチ:ちょっと、いいかしら? スタンリー:なんだい? ブランチ:背中のボタンをね、お願いしたいんだけど。こっちまで来ていただけないかしら? スタンリー:いいとも。(カーテンを大きく開けて入って行く) ブランチ:どう? わたし? スタンリー:なかなかのもんだ。 ブランチ:そう? じゃあ、お願い。(と背中を向ける) スタンリー:ダメだな。俺には無理だ。 ブランチ:……。そうよね。男の人の指って、太くて不器用だから。その煙草、一口もらえるかしら? スタンリー:新しいのを吸えよ、ほら。(と箱ごと投げる) ブランチ:ねえ、私のトランク、爆発しちゃったみたいなの。 スタンリー:こりゃすげえ。全部パリの高級店から盗んできたんだろう? ブランチ:フフフ。服は私の命なの。 スタンリー:いくらぐらいするんだい? これとか? ブランチ:あら、ここにあるのは全部、プレゼントよ。 スタンリー:へえ、そうかい。 ブランチ:そうよ。かつて私の魅力が、どれだけたくさんの男の人を惹きつけたかっていう証拠。どう? 今でも想像できて? スタンリー:さあねえ。 ブランチ:なにそれ。気の利いたお世辞の一つくらい言えないの? スタンリー:くだらない。 ブランチ:くだらない? スタンリー:くだらないねえ。……いいか、世の中にはな、自分がきれいかどうか、ひとに言われるまで気がつかなかったわ、なんて女はいねえんだよ。うぬぼれたバカ女なら、腐るほどいるけどな。昔つき合ってた女で「アタシって、おっぱいおっきいでしょ。プルプル」っていうのがいたっけ。言ってやったよ。「それがどうした」って。 ブランチ:そしたら? スタンリー:それで終わり。そいつ、ハマグリみたいに口をつぐんじまった。 ブランチ:それで、二人の仲は終わったのね。 スタンリー:くだらないお喋りが終わった。それだけさ。 ブランチ:まあ、シンプルなのね。それに大胆! きっと、あなたみたいな人を好きになったら女は苦労するわね。 スタンリー:だから? ブランチ:あら、いいじゃない。私もどっちかっていえば、強くて大胆で、原始的なのが好みなの。ダメダメ。どっちつかずで優柔不断な男なんて。だから、ゆうべあなたを見たとき、「妹は最高の男を選んだわ」って思ったわ。本当よ。あなた以上の男はちょっと見つかりっこないって! スタンリー:そういうのがくだらないって言ってるんだよ、俺は! ブランチ:あああああ! ステラの声:スタンリー? なにしてるの? いい加減出て来ないとブランチが着替えられないでしょ? ブランチ:ねえ、ステラ! ドラッグストアでレモンコークを買って来てくれる? 氷をたくさん入れて。お願い、ステラ。 ステラ:……わかったわ。(去る) ブランチ:立ち聞きしてたのね、あの子。かわいそうに……さあどうぞ、続けましょう。ミスターコワルスキー。もうふざけないわ。 スタンリー:いいか、このルイジアナ州にはな、ナポレオン法典ってものがあるんだ。それによれば、妻の財産は夫の財産にして、逆もまた然りってんだ。 ブランチ:まあ、貫禄たっぷり! 本物の裁判官みたいねえ。
ブランチ:アハハハ。 スタンリー:どこにあるんだ? 書類は? ブランチ:書類って? スタンリー:ごちゃごちゃ書いてある、紙の束だ。 ブランチ:紙の束? そう言えば、私、最初の結婚記念日にカラフルな紙の束をもらったわ。 スタンリー:俺が言ってるのは、法律上の書類のことだ。ベルリーブに関する。 ブランチ:ああ、アレ……。アレなら、あったけど、でも、どこに行っちゃったのかしら? スタンリー:トランクのなかにはなかった。 ブランチ:でも、私のものはみんなトランクの中なのよ。 スタンリー:じゃあ、もう一度探すさ。(とトランクに近づく) ブランチ:ちょっと、あんた! バカじゃないの? 私がステラを騙してるとでも思ってるの? 触らないで。私が自分で探します。その方が早いわ。(と、トランクからブリキの箱を取り出し)書類関係はみんなこのなかよ。 スタンリー:(トランクのなかの別の紙束を指して)これはなんだよ? ブランチ:ラブレターよ。もうずっと昔の古いもの。 スタンリー:ふうん。(と拾い上げる) ブランチ:触らないで! スタンリー:おおっと、まずは、こいつから調べさせてもらおう。 ブランチ:あんたなんかに、触られたくないわ! スタンリー:なに純情ぶってんだよ! いい年こいて!
ブランチ:ぜんぶ焼き捨てます。あなたが手を触れたものは、ぜんぶ。 スタンリー:(手に残った一枚を見て)なんだこりゃ? ブランチ:(拾い集めながら)詩よ。死んだ男の子が書いた詩。その子の心を、私は傷つけたのよ……。今のあなたみたいに。 スタンリー:焼き捨てるって? どういうことだよ? ブランチ:もういいわ。(と、あらためてブリキの箱を持って座り、書類を一つ一つ見ながら)ええっと、アンブラー・アンナンブラー、アンブラー・アンナンブラー、……クラブトリー……アンブラー・アン…… スタンリー:なんだよ? そのアンブラーなんとかって? ブランチ:最後に家を抵当に入れて、お金を借りた会社。 スタンリー:やっぱり借金して取られたんじゃねえか。 ブランチ:そういうことでしょ、きっと。 スタンリー:まだほかにもあるんじゃねえかあ? 出せよ、おい? ブランチ:どうぞ!(ドンッと、箱ごとスタンリーに渡して)まだいくらだってあるわよ。そんなものなら、何千枚だって! 祖父から、父から、兄弟から親戚から、みんなしてベルリーブを食いつぶして、女を買い漁った、スケベな男たちの叙事詩よ。バカみたい! それで、最後に残ったのが、屋敷とほんの二十エーカーの土地とお墓だけ。私とステラ以外は、今じゃあみんなその墓のなか……。全部、あなたに進呈します。ぜひ熟読して暗記してもらいたいものだわ。……あの子ったら、どこまでレモンコークを買いに行ったのかしら? スタンリー:知り合いに弁護士がいるんだ、調べてもらうさ。 ブランチ:だったら、アスピリンも一箱、添えて渡すことね。 スタンリー:いいか、ナポレオン法典によればだ、夫は妻の財産を管理する義務があるんだ。特にこの、子供が生まれようってときにはな。 ブランチ:ええ?
ブランチ:まあ、ステラ!(駆け出す)
ブランチ:ステラ! ステラ! わたしのお星様!(と、ステラを抱き締めてお腹を触り)なんてすばらしいの! ステラ:どうしたの、ブランチ? ブランチ:大丈夫! うまくやれたと思うわ。なにを言われようが、全部冗談にして笑い飛ばしてやったわ! バカじゃないの? あんたって! 本気になったのよ、私たち。まるで恋人同士みたいに! ステラ:単純なのよ、あの人って。 ブランチ:そう、それでジャスミンの香水なんかにはてんで興味がないの。でも、ああいう単純な遺伝子が必要なのかもしれないわ……。ベルリーブなしで、守ってくれるものなしで、まだ生きていかなきゃいけないわたしたちには……。 ステラ:そうね。 ブランチ:(夜空を見上げ)ロケットに乗ってあそこまで飛んでいけたらなあ……。ねえ。 ステラ、そしたら、こんな世界とはさよならよ。 ステラ:行きましょう! ブランチ。 ブランチ:どこへ? わたしたち、どこへ行くの? ステラ:どこでもいいわ。とにかく、上を向いて! ブランチ:めくらとめくらが手を取り合って!
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