Tennessee Williams スタンリー/看護婦 ステラ ミッチ/医者 花売りの女
ブランチ:(読み上げる)「《天国》へのアクセスポイント。あなたがどこにいようと構いません。今すぐその場から《欲望》という名の電車に乗りなさい。気がつけば《墓場》という名の電車に乗り換えていることでしょう。そしたら、さらに、六つ目の――」
ブランチ:間違えたんだわ、きっと。(と、ハンカチで鼻を押さえる)
ブランチ:ふう! ……でも、どこで? どこで間違えたのかしら? 猫の鳴き声:ミャアアア! ブランチ:(驚いて)ああ! なによ?
ステラ:ブランチ! ブランチ:おっとっと(慌てて瓶を元の戸棚に戻す) ステラ:(ドアから入ってきて)ブランチ……!?(明かりをつける)
ブランチ:ステラ……。
ブランチ:ああ! ステラ! ステラ! 私のお星様! ほら、顔を見せなさい……ダメよ。あなたは見ちゃ。(とまた抱き締める) ステラ:ちょっと、ブランチ?(と、離れようとする) ブランチ:ああ! ダメダメ。あとでね。お風呂に入ってからよ。 ステラ:ブランチ! ブランチ:じゃあ、明かりを消して。お願い。明るいと恥ずかしいでしょう? ステラ:なあに? もお。(電気を消す)
ブランチ:さあ。もう一度。ステラ!(と、また抱き合って)かわいい子。私のお星様! 私、どうしようかと思っちゃった。こんな惨めったらしいところで。あなたはいないし……、あ。でも、ちょっと汚いだけで、駅は近いしけっこう便利かもね? なんちゃって! アハハハ。なんか言いなさいよ。 ステラ:言えないわ。喋る隙間がないんだもの。 ブランチ:じゃあ、ハイ。(と手を放し)あなたの番よ。なにか話して。その、キュートなお口で。私はそのあいだに、お酒でも……(と、辺りを探し始め)、あるんでしょ? 隠したってダメよ。あるはずよ。どこかしら? ええっと、そうねえ……。(と、さっきの戸棚を開け)ホラ、あった! どう? ちょっとしたもんでしょ?
ブランチ:ああ……。 ステラ:アタシがやるから。座ってて。(と、瓶を取り上げて)なにかで割った方がいいでしょ? 確かコーラがあったと思うんだけど…… ブランチ:いらないわ、コーラなんか。甘ったるくって。ねえ、どこにいるの? あなたの、その…… ステラ:スタンリーならボーリング。夢中なのよ。あ、ソーダがあったわ。(とキッチンへ) ブランチ:水だけあればいいのよ。(と、瓶を奪い返し)なあに、その顔? 大丈夫よ。アル中なんかじゃないわ。ただちょっと疲れて、暑くって。気持ちをシャンとしたいだけなの。ほら、もういいから、座って。さあ、話してちょうだい。
ブランチ:あなた、こんなところで、毎日なにをしてるの? ステラ:……ねえ、ブランチ。 ブランチ:ダメダメ。言いたいことを言いなさい。正直に思っていることを。私も言うから。いい? ステラ。正直に言って、この家は呪われてるわ。まるでポーよ! エドガー・アラン・ポーの世界よ! あの窓の向こうには、きっと屍肉を食らうケダモノたちの住処が広がっているんだわ! ステラ:なに言ってるの? あれはL&N鉄道だわ。 ブランチ:アハハハ。真面目になりましょ。冗談よ。でも、あなた、よくこんなところで暮らせるわね。 ステラ:他と比べればまだマシなのよ。ニューオーリンズには、もっとずっとひどいところがいっぱいあるわ。 ブランチ:ニューオーリンズは関係ないでしょ? あなた自身の問題じゃない。……いいわ、やめましょう。この話は。(と、震えるグラスを見つめて)ちっとも嬉しそうじゃないのね、あなた? ステラ:そんなことないわ。 ブランチ:ねえ、どうして聞かないの? 私が、なぜここに来たのか。夏休みでもないのに、学校を抜け出して。 ステラ:聞く前に、自分から言うと思ってたから。 ブランチ:クビになったって思ったんでしょ? ステラ:そうじゃないわ。姉さんのことだから、きっと自分から辞めたんでしょ? ブランチ:そうよ。……自分でも、愚かだとは思うけど、でも耐えきれなかったのよ。
ブランチ:いろんなことで疲れてしまって、もう少しで気が狂いそうだったわ。(と、煙草でトントンとテーブルを叩き)それでね、校長からも休暇を勧められて……そんな細かいこと、電報じゃ伝えられないでしょ。(と、一気に飲み干し)ああ、おいしい。生き返る心地。 ステラ:もう一杯、飲む? ブランチ:いいのいいの。一杯が限界。 ステラ:ホントに? ブランチ:ねえ。私、どう?(と、立ち上がり)あなたなんにも言ってくれないのね。 ステラ:きれいよ。 ブランチ:ホント? でも明るいところに出るともうダメ。無惨なものよ。……あなたは? 少し太った? ぽっちゃりしちゃって、ウズラみたいね。 ステラ:やめてよ。ブランチ。 ブランチ:あら、似合ってるわよ。いい感じ。ただちょっと、ウエストのあたりが心配だけど。立ってごらんなさい! ステラ:いいわよ。今、そんなこと。 ブランチ:聞こえなかったの? 私は立ちなさいって言ったのよ! ステラ:(嫌々ながら立つ) ブランチ:(検査するように)まあ、しようのない子ね。こんな可愛いレースの襟にシミをつけたりして! それから、もっと短くて軽い方がステキなのよ、あなたの髪は。上品な、いい顔立ちをしてるんだから。……どうしたの? なに黙ってるの? そうやって黙ってると、聖歌隊の天使みたいね。 ステラ:アタシには姉さんみたいなエネルギーはないのよ。 ブランチ:私にはあなたみたいに自分を抑える力がないわ。 ステラ:………… ブランチ:もう一杯もらおうかしら? (と、グラスに注ぎ)ね。コレでおしまい。
ブランチ:わたしは全然変わってないのよ。この十年。あなたがベルリーブを出てった、あの夏から、ずっと。パパが死んで、あなたが出て行った、あの夏から……。 ステラ:ええ、変わってないわ。 ブランチ:でもわかってる。もう、そんなに若くもない。 ステラ:変わってないわ、どこも。 ブランチ:この家、二部屋だけなの? ステラ:あとバスルームがあるけど。 ブランチ:そう。じゃあ、私はどこに寝たらいいの? ステラ:(奥へ)こっちがいいと思うんだけど。 ブランチ:ここ? このベッド? 折り畳み式でしょコレって?(と、座り) ステラ:……どう? ブランチ:いいわ。柔らかすぎるのも体によくないから。でも、仕切りもなくて、大丈夫? こっちとあっちの間に。 ステラ:大丈夫よ。 ブランチ:スタンリーは、気にしないの? ステラ:あの人は、だってポーランド人だから。 ブランチ:それって、アイルランド人みたいだってこと? ステラ:……あのねえ、ブランチ。 ブランチ:つまり、あまり知的じゃないってことでしょ。わかってるわよ。フフフ。私ね、お気に入りの服、全部持って来ちゃったの。あなたのステキなお友達に会えるんだと思って! ステラ:……ステキだといいけど。 ブランチ:本音を言えば、あなたは私にホテルに泊まって欲しい、でしょ? でも嫌なの、私は。あなたのそばにいたいのよ。独りになりたくないの。だって、もう気づいていると思うけど、良くないの、体調が……。 ステラ:そうね。疲れてるみたい。休んだ方がいいわ。 ブランチ:うまくやっていけるかしら、スタンリーと? ステラ:やれるわ。……だけど、ブランチ、言っとくけど、あの人を、ベルリーブでつき合ってた人たちと比べたりしちゃダメよ。 ブランチ:それはなぜ?
ブランチ:(棚の上のスタンリーの写真を見て)これ、そう? 将校だったの? ステラ:工兵隊の曹長。それはみんな勲章なの。 ブランチ:こんなのいっぱいつけてたんでしょ? 初めて会ったときにも。 ステラ:そうよ。でも、そんなものに惹かれたんじゃないわ。 ブランチ:あら、ステキじゃない。 ステラ:もちろんあとになってから、わかったこともいっぱいあったけど。 ブランチ:ねえ、私が来るって聞いて、彼どんな顔してた? ステラ:まだ話してないの。 ブランチ:話してないの? ステラ:帰って来ないことが多くって。 ブランチ:旅行かなにか? ステラ:うん……(座る) ブランチ:いいじゃない。それくらい。 ステラ:………… ブランチ:ねえ、ステラ。(座る) ステラ:アタシ、あの人が一週間もいないと気が狂いそうになるの。 ブランチ:………… ステラ:それで帰ってくると、膝にすがりついて泣いちゃうの。子供みたいに。 ブランチ:ステラ。あなたのことはもう何も聞かないわ。聞かれたくないこともあるでしょうから。……でもね、私はあなたに言わなくちゃならないことがあるの。 ステラ:なに? ブランチ:わざと黙ってたわけじゃないの。……でも、あなた、きっと私を責めるわ。 ステラ:なに? なによ? ブランチ:でもね、いい、思い出して。あなたは逃げたでしょ。私は残って戦ったのよ。あなたがニューオーリンズで自分のことだけ考えているあいだ、私は残って、耐えてきたのよ。あなたを責めるつもりはないけど、でも、突然なにもかもがいっぺんに私の肩にかかってきたのよ! ステラ:アタシはアタシの生活のことで精一杯だったわ。 ブランチ:わかってる。わかってるわ。だけど、私はひとりだったのよ。ひとりで戦ったのよ! 血を流して、死ぬ思いで! ステラ:わめかないで。ちゃんと話して。なにがあったの? ねえ! ブランチ:そうよね。あなたにはわからないわよね……。 ステラ:なに? なんなの? ブランチ:……もうないのよ。 ステラ:ないって? ブランチ:ないのよ、ベルリーブは。
ステラ:どうして? なにがあったの? ブランチ:なにがあったの? よくそんなことが聞けるわね! ステラ:ブランチ! ブランチ:みんな死んだのよ、パパもママもマーガレットも。マーガレットなんて悲惨だったわ、太り過ぎちゃってお棺に入らないのよ。だからゴミみたいに燃やされて。あなたは、お葬式に来ただけでしょ。お葬式はきれいよ。でも、死は違う。お葬式は静かだけど、死は違うわ。重苦しい息遣いや、うめき声や、「死にたくないよお」っていう叫び声に、毎晩毎晩、おびやかされるのよ。ヨボヨボになったジジイやババアだって、死にたくないのは一緒なのよ。でも、どうすればいいの? どう答えれば? 血を吐きながらベッドのなかで叫ぶ声に。惨めよ。想像もできないでしょう? あなたには。それがえんえんと、最後の最期まで続くのよ。 ステラ:………… ブランチ:じゃあ、あなたはいくらかかると思ってるの? 治療代やら葬式代やら。安くないのよ、人の死は。お金がかかるのよ。ステラ。マーガレットのあと、ジェシーも死んだわ。死に取り憑かれてたのね、あの家は。なのに、だれが遺産を残してくれた? 保険でも残して死んでくれた人がいた? ジェシーだけは棺桶代を自分で出して逝ったわ。でもそれだけ。私は学校の給料がやっと。なのに、あなたはいいわねえ。どこにいたの? ベッドのなか? ポーランド人と? ステラ:(立ち上がる) ブランチ:どうしたの? ステラ:顔を洗ってくる。 ブランチ:泣いてるの? ステラ:泣いちゃおかしい?(去る)
ブランチ:スタンリーね。 スタンリー:ステラの、姉さん? ブランチ:ええ、そうよ。 スタンリー:ウチの奴はどこだよ? ブランチ:バスルーム。 スタンリー:フン。来るなんて聞いてなかったな。 ブランチ:あのね…… スタンリー:まあ、いいさ。どっから来たの? ブランチ:ローレルよ。 スタンリー:ローレル。そういやあ、そう言ってたっけかな。(と、戸棚のウィスキーを出して)あそこらへんは、よくわからねえんだよ。管轄外なんだ、俺の。どう? 一杯? なんだ? 酒の減りが早えな、こう暑いと。 ランチ:いいえ、結構。めったに飲まないの。 ブランチ:アハハハ。 スタンリー:汗でベトベトだ。脱いでもいいかい? ブランチ:ええ、どうぞ、おかまいなく。 スタンリー:(服を着替えながら)あんた、学校の先生だってな? ブランチ:そうよ。 スタンリー:なに教えてるの? ブランチ:英文学。 スタンリー:英文学! 苦手だったなあ、エー文学は。で、いつまでいる気なの? ブランチ:さあ、まだわからないわ。 スタンリー:ここに泊まるんだろう? ブランチ:もしよければ、そうさせていただこうと思って。 スタンリー:ふーん。 ブランチ:旅行って苦手なの。疲れるでしょ? スタンリー:かまわないさ。 猫の鳴き声:ミャアアア! ブランチ:ああ! ……まあ、なにかしら。 スタンリー:猫だよ、猫。ミャアアアー! おい! ステラ! ステラの声:……なに? スタンリー:なにやってんだ? 便器に落っこちまったんじゃねえだろうな!
スタンリー:どうも、嫌われたらしいな。あんたのことは聞いてるよ。結婚してるんだろ? 一度?
ブランチ:ええ、そう。まだ、若いころに……。 スタンリー:それで? どうなっちゃったの? ブランチ:死んだのよ、その子は……。ああ、最悪の気分!
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