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ブランチ:(立ち止まり)じゃあね。 ミッチ:うん。 ブランチ:どうしたの? ミッチ:そうだね。もう遅いし。 ブランチ:どうやって帰るの? ミッチ:バーボン通りまで出れば終電があるから。 ブランチ:そう。まだ走ってるの。あの《欲望電車》。 ミッチ:本当は、楽しくなかったんじゃないんですか? ブランチ:どうして? ミッチ:いや。あんな子供っぽい店、面白くなかったんじゃないかって。 ブランチ:そんなことないわ。ただノリが合わなかっただけ。がんばってみたけど無駄な努力だったみたい。 ミッチ:そんな、がんばらなくってもよかったのに。 ブランチ:あら。当然でしょ。 ミッチ:そうかなあ? ブランチ:そうよ。男の人に恥をかかせるわけにいかないわ。ちょっと、バッグからカギを出していただける?(バッグを渡す) ミッチ:はい。(と、とまどいつつ探す) ブランチ:疲れると私指先にくるのよ。 ミッチ:ええっと。これかな? ブランチ:それはトランクの。ああ、もうすぐ荷造りもしないと……。 ミッチ:もう出て行くんですか? ブランチ:歓迎されてもいないのにいつまでもいられないわ。 ミッチ:あ。これかな? ブランチ:そう、ソレ。ついでにドアも開けてきてもらえると助かるんだけど。 ミッチ:ああ。はい。(ドアの方へ向かう) ブランチ:私はお星様におやすみをしてるから。
ブランチ:スバルはどこかしら? 小さな肩を寄せ合って、またたいている七人姉妹は? もう寝ちゃったの? あ。いた。 ミッチ:(戻ってくる) ブランチ:ほら見て。あそこ。広い宇宙の片隅で、密かな夢をささやき合っているみたい。おやすみなさい。また明晩にお会いましょう。 ミッチ:あの。これ。(と、カギを返す) ブランチ:どうもありがとう。 ミッチ:あの。おやすみのキス。いいかな? ブランチ:いいかなって。どうしていちいち聞くの? ミッチ:嫌じゃないかと思って。 ブランチ:なぜ? ミッチ:なぜって。先週の夜はボクいきなりしようしちゃったから…… ブランチ:いいのに。嬉しかったのよ。それなりに。だけどあなた、そのあとで突然なれなれしくなったでしょ。ああいうのが嫌なの。好きじゃないの。
ブランチ:あなたは私が欲しかったんでしょ? 私だってちょっと興奮したわ。でも怖いのよ。わかる? 傷つきたくないの。 ミッチ:傷つく? ブランチ:ええ。それが怖いの。 ミッチ:なんて言ったらいいのかなあ。初めてです。あなたみたいな人。 ブランチ:どういう意味? それって? ミッチ:だから初めてなんです。あなたみたいな人に会ったのは。 ブランチ:ねえ。もうちょっとだけつき合わない? この家の御主人と奥様もまだみたいだし。どう? もう一杯。 ミッチ:ええ。(と、半ば強引に引っ張り込まれる)
ブランチ:明かりはつけないで。このままの方がいいわ。 ミッチ:まだ飲み足りないんですか? ブランチ:あなたよ。あなたに飲んで欲しいのよ。あんまり真面目すぎるんだもの。くつろいで欲しいの。joie de vivre! ミッチ:え? ブランチ:楽しみましょ。(と、ロウソクを持ち出す) ミッチ:ええ。 ブランチ:ここはパリなの。セーヌの左岸。私たちはカフェに集って、夢を食べてるボヘミアンの芸術家。(と、小さなテーブルでロウソクに火を灯す)ほら。ステキじゃない。 Je suis ja Dame aux Camellias!(私は椿姫) Vous etes - Armand(あなたは……アルマン) フフフ。わからないんでしょ? ミッチ:ええ全然。 ブランチ:Voulez - vous couchez avec moi ce soir?(寝ましょう) Vous ne comprenez pas? (わかんないの?) Ah, quel dommage!(バカ!) ミッチ:ええ? ブランチ:こんちくしょう! って言ったの。見て。お酒がこれしかない。やっと一杯分。一緒でいい? ミッチ:いいですよ。 ブランチ:じゃあこっちに来て。座って。
ブランチ:上着脱いだら? ミッチ:いいんですよ。 ブランチ:ダメ。脱いで。 ミッチ:ホントいいんです。ボク汗っかきだから。 ブランチ:健康だってことじゃない。汗をかかないと人間て五分で死んじゃうそうよ。ステキなジャケットね。 ミッチ:ええ、これ。アルパカって生地なんです。 ブランチ:アルパカ? ミッチ:アルパカです。 ブランチ:アルパカね。 ミッチ:通気性に優れてるんです。 ブランチ:そう。 ミッチ:それにボク、体でかいから似合うものが少ないくて。 ブランチ:そお? でも太ってはいないわ。 ミッチ:ええ太ってはいないんですけど。 ブランチ:骨がガッチリしてて頼もしい感じ。 ミッチ:そうですか? 嬉しいな。春からクラブに通ってるんですよ。水泳とウェイトリフティング。やっと少し、お腹が締まってきて。ちょっと触ってみます? ブランチ:ええ?(恐る恐る触り)すごいわ。 ミッチ:パンチしてみてください。 ブランチ:パンチ?(軽くつつく) ミッチ:体重はどれくらいだと思います? ブランチ:さあ? 百八十ポンドぐらいかしら。 ミッチ:いえいえ。二百七ポンド。身長は六フィート五インチ。もちろん裸足でです。 ブランチ:見た目より大きいのね。 ミッチ:あなたは? ブランチ:え? なにが? ミッチ:体重です。 ブランチ:さあ? ミッチ:ちょっといいですか?(と、近寄ってブランチを抱え上げる) ブランチ:きゃあ。 ミッチ:軽いなあ。 ブランチ:降ろして。 ミッチ:窓から放り投げちゃおうかな。ハハハ。(と、ゆっくりと降ろすがそのまま手はブランチの腰に) ブランチ:放して。 ミッチ:(放さない) ブランチ:放しなさい。 ミッチ:(放さない) ブランチ:お願い。やめて! ミッチ:(放して)すみません。 ブランチ:いいのよ。私もよくないの。家のシツケが厳しかったから。考え方が古いのよ。
ミッチ:あの二人はどこに行ったんです? ブランチ:映画館のナイトショーを見に行ったわ。 ミッチ:今度みんなで行きましょうか? ブランチ:嫌よ。 ミッチ:なぜ? ブランチ:あなた、スタンリーとは仲がいいんでしょ? ミッチ:ええ。軍隊時代からの親友ですから。 ブランチ:じゃあもう聞いてるわね? 私の噂。 ミッチ:噂? ブランチ:根も葉もないバカバカしいことよ。聞いてるんでしょ? ミッチ:いえ。なんにも。 ブランチ:そう。あの人、私が嫌いなのよ。早くここから追い出したいのよ。ステラと二人の生活を邪魔されたくないのよ。 ミッチ:なにかするんですか? あいつが? ブランチ:人の顔を見るたびにネチネチネチネチ下品なことを言ってくるの。 ミッチ:あいつが? 信じられないなあ。 ブランチ:家の中と外とではまるで別人なんだわ。 ミッチ:想像もつかないなあ。あなたみたいな人に向かって。 ブランチ:私だってステラのお腹に赤ちゃんがいなかったら、いつまでもこんなところにいやしないのに…… ミッチ:うーん……。
ミッチ:ブランチ。聞いてもいいかな? ブランチ:なに? ミッチ:いや。あなたの歳なんですけど。 ブランチ:なぜ? ミッチ:いや。おふくろにね、あなたこと話したら…… ブランチ:お母さまに話したの? 私のこと。 ミッチ:ステキな人がいるんだって。それでもしかしたら、その人とって…… ブランチ:本気なの? あなた。 ミッチ:もちろん。 ブランチ:でもなぜ私の歳なんか?: ミッチ:よくないんだ、おふくろ。具合が。 ブランチ:そう。 ミッチ:たぶんもってあと2、3か月。 ランチ:そう。 ミッチ:だから早く結婚してほしい、そう思ってるんだろうな。 ブランチ:愛してるのね。お母さまのことを。 ミッチ:ええまあ。 ブランチ:あなたきっと寂しいわ。独りになると。 ミッチ:え? ブランチ:わかるわ。 ミッチ:なぜ? ブランチ:私も愛してる人を亡くしたから…… ミッチ:死んだんですか? ブランチ:(窓際から外を眺める)
ミッチ:男の人? ブランチ:男の子よ。まだ17歳で、……私もまだ16歳だった。
ブランチ:二人とも初めてだったわ。初めてで、無我夢中で、行くところまで行ってしまった。私にとって、それまで暗かった世界が一気に明るくなった気がした……。だけど、そこには〈まやかし〉があった。……変わってたのよ。その子。繊細で、傷つきやすくって、男っぽくないところがあったの。べつに化粧してスカートはいてたわけじゃないけど、それっぽい感じがあった。……助けを求めてたのよ。その子は。でも私にはそれがわからなくて、変だなって気づいたのは、二人で街を逃げ出して、戻って来て結婚したあとだった。そのとき、なぜだかわからないけど、私じゃあダメなんだって、わかったの……。足元を流れる砂にさらわれて、私にしがみついて、もがいてる彼を見ながら、私には、どうすることもできなかったわ。二人してどんどんどんどん深みにはまっていった。いったい何がどうなって、どうしてこうなるのかわけがわからず、ただ私は堪らなく彼が好きで、なのに彼のことも自分のこともどうすることもできない……。ところが、ある日すべてがわかったの。誰もいないと思って入っていった部屋に、誰もいないどころか男が二人……
ブランチ:そのあと、私たち、三人で何ごともなかったような顔して、カジノまでドライブしたわ。ベロンベロンに酔っぱらって、バカみたいに笑いながら……
ブランチ:そのとき、彼は、私とワルシャワ舞曲を踊ってて……、それから突然、私を突き飛ばすと、カジノから飛び出して行った。その数秒後に、バン!……みんないっせいに駆け出して、湖の岸辺には、その悲惨な光景を見ようとたくさんの人が集まってて、近づこうとすると「来るな」って言うのよ。「あっちに行ってろ。見るようなもんじゃないんだ!」見る? 見るって何を? 誰かが叫んでる。「アランだ! アランがリボルバーを口に突っ込んだんだ。頭の後ろが吹っ飛んじまってる……」
ブランチ:そのとき、ポルカを踊りながら、私言ってしまったの。自分を抑え切れずに。「……見たわ。気持ち悪い」って、「男同士で」。……その瞬間から世界は光を失い、私は闇のなかへまっ逆さま! ときどき差し込む光があっても、このロウソクの炎よりも弱い……
ミッチ:あなたには誰かが必要なんだ。ブランチ……。そして、ボクにも。 ブランチ:(一瞬ミッチを見て、ゆっくりとその腕に身をあずける) ミッチ:ブランチ…… ブランチ:(しゃくりあげている) ミッチ:(ブランチの額に、両目に、そして唇にキス……) ブランチ:(大きく息を吸い込んで)こんなことってあるのね。こんなに早く、神様が……
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