Scene1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , 11

6 アフターデート/夏の夜風に

同じ日の深夜。雨上がりの夜空。ミシシッピ河を行き交うポンポン船の音。時折、陽気な〈ブルーピアノ〉。
ブランチとミッチが角を曲って現れる。デートの帰りである。黙ったままドアの近くまできて。

ブランチ:(立ち止まり)じゃあね。

ミッチ:うん。

ブランチ:どうしたの?

ミッチ:そうだね。もう遅いし。

ブランチ:どうやって帰るの?

ミッチ:バーボン通りまで出れば終電があるから。

ブランチ:そう。まだ走ってるの。あの《欲望電車》。

ミッチ:本当は、楽しくなかったんじゃないんですか?

ブランチ:どうして?

ミッチ:いや。あんな子供っぽい店、面白くなかったんじゃないかって。

ブランチ:そんなことないわ。ただノリが合わなかっただけ。がんばってみたけど無駄な努力だったみたい。

ミッチ:そんな、がんばらなくってもよかったのに。

ブランチ:あら。当然でしょ。

ミッチ:そうかなあ?

ブランチ:そうよ。男の人に恥をかかせるわけにいかないわ。ちょっと、バッグからカギを出していただける?(バッグを渡す)

ミッチ:はい。(と、とまどいつつ探す)

ブランチ:疲れると私指先にくるのよ。

ミッチ:ええっと。これかな?

ブランチ:それはトランクの。ああ、もうすぐ荷造りもしないと……。

ミッチ:もう出て行くんですか?

ブランチ:歓迎されてもいないのにいつまでもいられないわ。

ミッチ:あ。これかな?

ブランチ:そう、ソレ。ついでにドアも開けてきてもらえると助かるんだけど。

ミッチ:ああ。はい。(ドアの方へ向かう)

ブランチ:私はお星様におやすみをしてるから。

さわやか、とは言えない風。ポンポンポンポン………

ブランチ:スバルはどこかしら? 小さな肩を寄せ合って、またたいている七人姉妹は? もう寝ちゃったの? あ。いた。

ミッチ:(戻ってくる)

ブランチ:ほら見て。あそこ。広い宇宙の片隅で、密かな夢をささやき合っているみたい。おやすみなさい。また明晩にお会いましょう。

ミッチ:あの。これ。(と、カギを返す) 

ブランチ:どうもありがとう。

ミッチ:あの。おやすみのキス。いいかな?

ブランチ:いいかなって。どうしていちいち聞くの?

ミッチ:嫌じゃないかと思って。

ブランチ:なぜ?

ミッチ:なぜって。先週の夜はボクいきなりしようしちゃったから……

ブランチ:いいのに。嬉しかったのよ。それなりに。だけどあなた、そのあとで突然なれなれしくなったでしょ。ああいうのが嫌なの。好きじゃないの。

ポンポンポンポン………

ブランチ:あなたは私が欲しかったんでしょ? 私だってちょっと興奮したわ。でも怖いのよ。わかる? 傷つきたくないの。

ミッチ:傷つく?

ブランチ:ええ。それが怖いの。

ミッチ:なんて言ったらいいのかなあ。初めてです。あなたみたいな人。

ブランチ:どういう意味? それって?

ミッチ:だから初めてなんです。あなたみたいな人に会ったのは。

ブランチ:ねえ。もうちょっとだけつき合わない? この家の御主人と奥様もまだみたいだし。どう? もう一杯。

ミッチ:ええ。(と、半ば強引に引っ張り込まれる)

暗い部屋。ブランチ、ラジオをつける。甘いシャンソン。

ブランチ:明かりはつけないで。このままの方がいいわ。

ミッチ:まだ飲み足りないんですか?

ブランチ:あなたよ。あなたに飲んで欲しいのよ。あんまり真面目すぎるんだもの。くつろいで欲しいの。joie de vivre!

ミッチ:え?

ブランチ:楽しみましょ。(と、ロウソクを持ち出す)

ミッチ:ええ。

ブランチ:ここはパリなの。セーヌの左岸。私たちはカフェに集って、夢を食べてるボヘミアンの芸術家。(と、小さなテーブルでロウソクに火を灯す)ほら。ステキじゃない。

Je suis ja Dame aux Camellias!(私は椿姫)

Vous etes - Armand(あなたは……アルマン)

フフフ。わからないんでしょ? 

ミッチ:ええ全然。

ブランチ:Voulez - vous couchez avec moi ce soir?(寝ましょう)

Vous ne comprenez pas? (わかんないの?)

Ah, quel dommage!(バカ!)

ミッチ:ええ?

ブランチ:こんちくしょう! って言ったの。見て。お酒がこれしかない。やっと一杯分。一緒でいい?

ミッチ:いいですよ。

ブランチ:じゃあこっちに来て。座って。

二人、ベッドに座る。揺れるロウソクの炎。

ブランチ:上着脱いだら?

ミッチ:いいんですよ。

ブランチ:ダメ。脱いで。

ミッチ:ホントいいんです。ボク汗っかきだから。

ブランチ:健康だってことじゃない。汗をかかないと人間て五分で死んじゃうそうよ。ステキなジャケットね。

ミッチ:ええ、これ。アルパカって生地なんです。

ブランチ:アルパカ?

ミッチ:アルパカです。

ブランチ:アルパカね。

ミッチ:通気性に優れてるんです。

ブランチ:そう。

ミッチ:それにボク、体でかいから似合うものが少ないくて。

ブランチ:そお? でも太ってはいないわ。

ミッチ:ええ太ってはいないんですけど。

ブランチ:骨がガッチリしてて頼もしい感じ。

ミッチ:そうですか? 嬉しいな。春からクラブに通ってるんですよ。水泳とウェイトリフティング。やっと少し、お腹が締まってきて。ちょっと触ってみます?

ブランチ:ええ?(恐る恐る触り)すごいわ。

ミッチ:パンチしてみてください。

ブランチ:パンチ?(軽くつつく)

ミッチ:体重はどれくらいだと思います?

ブランチ:さあ? 百八十ポンドぐらいかしら。

ミッチ:いえいえ。二百七ポンド。身長は六フィート五インチ。もちろん裸足でです。

ブランチ:見た目より大きいのね。

ミッチ:あなたは?

ブランチ:え? なにが?

ミッチ:体重です。

ブランチ:さあ?

ミッチ:ちょっといいですか?(と、近寄ってブランチを抱え上げる)

ブランチ:きゃあ。

ミッチ:軽いなあ。

ブランチ:降ろして。

ミッチ:窓から放り投げちゃおうかな。ハハハ。(と、ゆっくりと降ろすがそのまま手はブランチの腰に)

ブランチ:放して。

ミッチ:(放さない)

ブランチ:放しなさい。

ミッチ:(放さない)

ブランチ:お願い。やめて!

ミッチ:(放して)すみません。

ブランチ:いいのよ。私もよくないの。家のシツケが厳しかったから。考え方が古いのよ。

ラジオが消えている。ポンポンポンポン………

ミッチ:あの二人はどこに行ったんです?

ブランチ:映画館のナイトショーを見に行ったわ。

ミッチ:今度みんなで行きましょうか?

ブランチ:嫌よ。

ミッチ:なぜ?

ブランチ:あなた、スタンリーとは仲がいいんでしょ?

ミッチ:ええ。軍隊時代からの親友ですから。

ブランチ:じゃあもう聞いてるわね? 私の噂。

ミッチ:噂?

ブランチ:根も葉もないバカバカしいことよ。聞いてるんでしょ?

ミッチ:いえ。なんにも。

ブランチ:そう。あの人、私が嫌いなのよ。早くここから追い出したいのよ。ステラと二人の生活を邪魔されたくないのよ。

ミッチ:なにかするんですか? あいつが?

ブランチ:人の顔を見るたびにネチネチネチネチ下品なことを言ってくるの。

ミッチ:あいつが? 信じられないなあ。

ブランチ:家の中と外とではまるで別人なんだわ。

ミッチ:想像もつかないなあ。あなたみたいな人に向かって。

ブランチ:私だってステラのお腹に赤ちゃんがいなかったら、いつまでもこんなところにいやしないのに……

ミッチ:うーん……。

ポンポンポンポン………

ミッチ:ブランチ。聞いてもいいかな? 

ブランチ:なに? 

ミッチ:いや。あなたの歳なんですけど。

ブランチ:なぜ? 

ミッチ:いや。おふくろにね、あなたこと話したら……

ブランチ:お母さまに話したの? 私のこと。

ミッチ:ステキな人がいるんだって。それでもしかしたら、その人とって……

ブランチ:本気なの? あなた。

ミッチ:もちろん。

ブランチ:でもなぜ私の歳なんか?:

ミッチ:よくないんだ、おふくろ。具合が。

ブランチ:そう。

ミッチ:たぶんもってあと2、3か月。

ランチ:そう。

ミッチ:だから早く結婚してほしい、そう思ってるんだろうな。

ブランチ:愛してるのね。お母さまのことを。

ミッチ:ええまあ。

ブランチ:あなたきっと寂しいわ。独りになると。

ミッチ:え?

ブランチ:わかるわ。

ミッチ:なぜ?

ブランチ:私も愛してる人を亡くしたから……

ミッチ:死んだんですか?

ブランチ:(窓際から外を眺める)

ポンポンポンポン………

ミッチ:男の人?

ブランチ:男の子よ。まだ17歳で、……私もまだ16歳だった。

そして、〈ブルーピアノ〉。

ブランチ:二人とも初めてだったわ。初めてで、無我夢中で、行くところまで行ってしまった。私にとって、それまで暗かった世界が一気に明るくなった気がした……。だけど、そこには〈まやかし〉があった。……変わってたのよ。その子。繊細で、傷つきやすくって、男っぽくないところがあったの。べつに化粧してスカートはいてたわけじゃないけど、それっぽい感じがあった。……助けを求めてたのよ。その子は。でも私にはそれがわからなくて、変だなって気づいたのは、二人で街を逃げ出して、戻って来て結婚したあとだった。そのとき、なぜだかわからないけど、私じゃあダメなんだって、わかったの……。足元を流れる砂にさらわれて、私にしがみついて、もがいてる彼を見ながら、私には、どうすることもできなかったわ。二人してどんどんどんどん深みにはまっていった。いったい何がどうなって、どうしてこうなるのかわけがわからず、ただ私は堪らなく彼が好きで、なのに彼のことも自分のこともどうすることもできない……。ところが、ある日すべてがわかったの。誰もいないと思って入っていった部屋に、誰もいないどころか男が二人……

汽笛。蒸気機関車が近づいてくる。屈み込むブランチ。

ブランチ:そのあと、私たち、三人で何ごともなかったような顔して、カジノまでドライブしたわ。ベロンベロンに酔っぱらって、バカみたいに笑いながら……

機関車が通り過ぎるとマイナー調のポルカが流れてくる。

ブランチ:そのとき、彼は、私とワルシャワ舞曲を踊ってて……、それから突然、私を突き飛ばすと、カジノから飛び出して行った。その数秒後に、バン!……みんないっせいに駆け出して、湖の岸辺には、その悲惨な光景を見ようとたくさんの人が集まってて、近づこうとすると「来るな」って言うのよ。「あっちに行ってろ。見るようなもんじゃないんだ!」見る? 見るって何を? 誰かが叫んでる。「アランだ! アランがリボルバーを口に突っ込んだんだ。頭の後ろが吹っ飛んじまってる……」

ポルカがメジャー調に変わり、遠くで鐘の音。

ブランチ:そのとき、ポルカを踊りながら、私言ってしまったの。自分を抑え切れずに。「……見たわ。気持ち悪い」って、「男同士で」。……その瞬間から世界は光を失い、私は闇のなかへまっ逆さま! ときどき差し込む光があっても、このロウソクの炎よりも弱い……

再び、ポンポン船のポンポンポンポン………… 

ミッチ:あなたには誰かが必要なんだ。ブランチ……。そして、ボクにも。

ブランチ:(一瞬ミッチを見て、ゆっくりとその腕に身をあずける)

ミッチ:ブランチ……

ブランチ:(しゃくりあげている)

ミッチ:(ブランチの額に、両目に、そして唇にキス……)

ブランチ:(大きく息を吸い込んで)こんなことってあるのね。こんなに早く、神様が……

高鳴る〈ブルーピアノ〉! 暗くなる。

to the next scene

Scene1 , 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , 11