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ブランチ:だれ? ミッチ:(息せき切って)ボクだ。 ブランチ:ミッチ? ちょっと待ってて!(慌てて酒瓶を隠すと、鏡に向かって顔を直し、香水をかける) ミッチ:(おずおずと大胆にも入ってくる) ブランチ:(それに気づいて)ちょっと待って! 誰が入っていいって言ったの? 今夜のあなたにそんな資格はないと思うわ。 ミッチ:(そばまで来て)ブランチ…… ブランチ:(それを引き寄せ)キスして、あなた!(唇を突き出す) ミッチ:(それを突き飛ばして歩き出す) ブランチ:(追い掛けて)なによ、その態度! 顔は汚い! シャツは丸出し! 鬚くらい剃ったら? 本当なら許しがたいところよ。でも許してあげる。よかった、会えたらホッとしちゃった。さっきまで頭のなかをえんえんポルカが鳴ってたの。同じ曲がえんえん。そういうことってない? 頭のなかに何かがこびりついて離れなくなってしまうこと。……ないわね、あなたはノンキな坊やだから。 ミッチ:あの扇風機……。 ブランチ:え? ミッチ:つけてとく必要ある? 扇風機って好きじゃないんだ。 ブランチ:じゃあ止めましょう。
ブランチ:ちょっと待ってて。どこにどんなお酒があるのか知らないのよ。 ミッチ:いらない、スタンの酒なら。 ブランチ:スタンのじゃないわ、全部が全部、この家には私のものだってあるのよ。……お母さまの具合はどう? ミッチ:なぜ? (と、ベッドに足を置き、煙草に火をつける) ブランチ:どうしたの、あなた? 今夜は変よ。……気にしちゃダメね。追求しないことにしましょう。あなたはいつものあなた。そう思えば……、また、あのポルカ! ミッチ:ポルカ? ブランチ:そう。ワルシャワ舞曲。あのときアランと踊った。あのとき……、ダメよ!
ブランチ:……ああ。これでおしまい、これで……。
ブランチ:……ほら終わった。 ミッチ:頭おかしんじゃないのか? ブランチ:さあ、お酒よ、お酒。なにかあるはずよ……。ちょっと見ないで。私の格好ったらひどいでしょ。もう今夜はあなたのことあきらめてたもんだから。……あなたは? 忘れてたの? ミッチ:もう会わないつもりだったんだ。 ブランチ:え? なあに? 聞こえないわ。あなたって突然喋るんだから……。えっと。なに探してたんだっけ? そうよ、そう、お酒よ。……さっきね、またスタンリーとケンカしちゃったの。それで私の頭、おかしくなっちゃったのかもね。あったあった! サザンカンフォット? なにかしら? これ?(と嗅ぐ) ミッチ:わからないんじゃあ、スタンのだろ。 ブランチ:ちょっと! ベッドから足降ろして! ……どう? ステキでしょ。ソレ、そのカバー。……もう、どうして男の子って、こういうことに興味ないのかしら? なんか混ぜた方がいいかしら、コレ。(と、舐めて)ン、あまい! あまいわ! あんまりあまくて、身も心もとろけちゃいそうよ! 試してみる? あなた好きかもしんない。 ミッチ:やめとけって、スタンの酒なんか。(と、瓶を奪う) ブランチ:どうしたの? ミッチ:……… ブランチ:なに考えてるの? ミッチ:あいつの酒を、黙ってチビチビ飲んでたろ? ブランチ:私が? ミッチ:スタンがそう言ってる。 ブランチ:平気で嘘言うのよね、あの人。それを、真に受けてるあなたもあなただわ。バカよ。あんなのにつき合ってたらキリないわ。 ミッチ:暗いなあ、この部屋。 ブランチ:あらそう? 私はこれくらいの方が好き。落ち着くでしょ? ミッチ:あなたを、明るいところで見たことがない。 ブランチ:そう? ミッチ:そうだよ。 ブランチ:フフフ。 ミッチ:昼間会ったことなんか一度もない。 ブランチ:あら、誰のせい? ミッチ:あなたが昼間は外に出たがらないんじゃないか。 ブランチ:違うでしょ、昼間はあなた工場じゃない。 ミッチ:日曜日は? 日曜日にだってボクは何度も誘った。けど、いつだって出かけるのは日が暮れてからだ。それで行くのは暗いとこばっかり。 ブランチ:なによ。言いたいことがあるんならハッキリ言いなさい。 ミッチ:言うよ。ボクはあなたの顔をまだ見たことがない! ブランチ:見てるじゃない。今もこうして。 ミッチ:明かりをつけよう。 ブランチ:明かりって? どの明かりよ。 ミッチ:これだよ。(と、電球から紙提灯を引きちぎって)こうすれば、あなたの顔がハッキリ見えるんだ。現実が見えるんだ。 ブランチ:クソくらえだわ、現実なんて。 ミッチ:アハハハ! だろうね! ブランチ:私が欲しいのは魔法……。 ミッチ:え? ブランチ:魔法……。だれもかれもが魔法に騙されて、現実なんて見失えばいい。見るべきものは、真実でなければならないもの。それが罪だというなら、私は地獄に落ちたってかまわない。 ミッチ:(電気のスイッチに手を延ばす) ブランチ:つけないで!
ミッチ:(顔を隠そうとするブランチの手を引き剥がして) ブランチ:ああ。ああ。 ミッチ:(スイッチを消す)
ミッチ:やっぱりな、思ったより老けてた……。でも、ボクだって今さら若い子と仲良くできるなんて期待しちゃいないさ。……チキショウ! あんたなんて言った? ええ? なれなれしいのは嫌いだって言ったろ? 家のシツケが厳しかったって? ブランチ:そうよ! ミッチ:嘘だ! ブランチ:そうよ…… ミッチ:嘘だ…… ブランチ:スタンリーね。スタンリーからなんか聞いたんでしょ? ミッチ:初めは嘘だと思った。だから自分で確かめた。仕入れ係のショウにもあたった。ローレルにも電話して向こうの取引き先の男とも話した…… ブランチ:誰よ? ミッチ:キーフェーバーって男…… ブランチ:あんないい加減な男。あの男にはさんざ悩まされたわ。しつこく言い寄られて。あんな男の言うことなんか当てにならないわ。 ミッチ:でも、あなたがホテルフラミンゴにいたことは、確かだ。 ブランチ:………。
ミッチ:それは確かだ。そしてそのフラミンゴってところは…… ブランチ:アハハハ! 違うわ! タランチュラよ! ミッチ:タランチュラ? ブランチ:そうよ。タランチュラよ。女郎蜘蛛よ。私はそこに巣を張って、引っ掛かってくる男たちの精気を吸って生きてたのよ。(と、グラスに酒を注ぎ)……アランが死んでから、体の中にポッカリ空いてしまった穴はどうすることもできなかった。一人じゃ眠れなくて、怖くて。自分の体が、怖いくて、たまらないの。耐えられないの。捨てられる度に次の男を探してさまよった。けど結局、行き場を失って、17歳の子供に手を出して、アッハッハッハ! 教師失格ってわけ!(飲み干したグラスにまた酒を注ぎ)……それでここに来たの。もうおしまい。そう思ってた。もう私の見せ場はない。そう思って、ここに来て、あなたに会った……。あなた言ったわね。ボクには誰かが必要なんだって。私にも誰かが必要だったわ。私、神様に感謝した。あなたの優しさ……、ああやっと、ここで安らげるんだわって、なのに……
花売り女:Flores. Flores. Flores para los muertos. ミッチ:嘘だ。それも嘘だ。表も裏も嘘ばっかりだ。 ブランチ:嘘じゃないわ。みんな老いて、死んでゆくのよ。 花売り女:Flores. Flores. Flores ... ミッチ:嘘だ。嘘だ。嘘だ……
ブランチ:老いて、朽ち果てて、女たちはあの世の男たちのことを思い出す……。 花売り女:Flores. Flores. Flores para los muertos. ブランチ:色あせてヨボヨボになっても……、後悔と嫉妬と……、しっかりしてよ。だからこんなことになるんでしょ! 花売り女:Corones para los muertes. Corones... ブランチ:遺産? バカじゃないの! 家中血だらけの枕カバーで……、あの子のシーツも、取り替えてあげなきゃねえ……、でも、ママ! メイドなんて雇えないわ! 無理よ……、なんにもないんだから。あるのは、ただ…… 花売り女:Flores! ブランチ:……死。……んでくれればいいのに……、私はここ。ママは向こう。すると、ちょうど、そこ、その、あなたのあたりで死が笑ってた。……私たち気づかない振りして…… 花売り女:Flores. Flores. Flores para los muertos. ブランチ:死の反対は、欲望……。おかしい? ……近くにね、若い兵隊の訓練所があったの。土曜の夜は、あの子たち、若い兵隊たちの外出許可が下りるから…… 花売り女:Corones... ブランチ:酔った勢いで、あの子たちウチの庭まで入ってきたわ。ブランチ! ブランチ!って、あたしを呼んで、ママはつんぼで気がつきゃしない。だから私、ときどき出ていって、応えてあげた。……でもあの子たちも、結局逝ってしまった。もうひとつの戦場に……
ミッチ:(ブランチの背後からその腰に手をあてる) ブランチ:なに? ミッチ:ずっとガマンしてたんだ。 ブランチ:結婚してくれるの、ミッチ? ミッチ:けっこん? まさか…… ブランチ:(ミッチを見ている) ミッチ:おふくろに、ボクは売春婦と結婚しますなんて言えるかよお! ブランチ:出てって! 出てってよ! 火事だって叫ぶわよ! 出てって! ミッチ:(驚いて見ている) ブランチ:(鍋と棒を持ち出して叩きながら、窓の外に向かって)火事だあ! 火事だあ! 火事だあ! ミッチ:(我に帰ったように走り出す) ブランチ:火事だあ! 火事だあ! 火事だあ!
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