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ブランチ:ステラ? ステラ?(不安げに入って来る)ああ。ステラ! よかった! よかった! ステラ:なに? どうしたの? ブランチ:よかったよかった。ホッとしたわ。 ステラ:なによ? 朝っぱらから。 ブランチ:朝っぱらからじゃないでしょ。ひとをさんざ心配させといて。あなたったらゆうべ、寝たと思ったのに、またあのキチガイのところに戻っていくんだもの。……あとを追うべきかどうか、あたし迷ったわ。 ステラ:よかった。邪魔されなくて。 ブランチ:マトモじゃないわよ! あんな男と。 ステラ:もういいでしょ。ホッとしたんだったら。 ブランチ:よくないでしょ。あなたの問題よ。どういうつもりなの? あんな男と一緒にいたいの? ……寝たのね。ゆうべも。 ステラ:あーあ。(起き上がり)お腹すいちゃった。 ブランチ:ステラ。 ステラ:心配させて悪かったと思ってるわ。でもアタシなら平気。よくあることなのよ。お酒飲んで麻雀すると、自分でもわけわかんなくなっちゃうのよ、あの人。アタシが戻っていったらひとりで落ち込んでたわ。 ブランチ:それでいいの? 殴られて、胸がつぶれるような思いまでして、それで……? ステラ:あたし、ゾクゾクしてたのよ。だってあの人…… ブランチ:目を覚しなさい。ステラ。現実を見なさい。 ステラ:なによ? 現実って? ブランチ:現実よ。あなたが一緒に暮らしてるあの男はね…… ステラ:わかってるわ。これでしょ?(と、部屋を片づけ始める)ゆうべ一晩でビール2ダース。バカみたい。ほんとケダモノの住処だわ。これがアタシの現実よ。ゆうべはさすがに、二度とこんなことはしないって約束してくれたけど、アテにしてたらこっちがバカ見るんだから。(と、ホウキを持ち出して)あの人は人生を楽しんでるの。誰にも止められないわ。 ブランチ:やめなさい。そんなもの振り回すのは。 ステラ:じゃあ誰が掃除するの? 姉さん? ブランチ:どうして私が? ステラ:そう言うと思った。できるわけないもの姉さんに。 ブランチ:そうじゃないのよ。ステラ。私が言ってる現実っていうのはね…… ステラ:どいてどいて。 ブランチ:ステラ。 ステラ:さっさと片づけないとあの人が戻ってくるわ。 ブランチ:わかったわ。問題はお金なのね。 ステラ:確かにそれも現実ね。 ブランチ:いい考えがあるの。私が大学時代につき合ってたシェップ・ハントレーって覚えてる? ステラ:それが? ブランチ:このあいだ偶然会ったの。マイアミのビーチで。 ステラ:そんなところにいつ行ったの? ブランチ:去年のクリスマスよ。それがすごいの。車に乗せてもらったんだけど、キャデラックのコンパーチブル。10メートルくらいあったわ。 ステラ:信じられないような現実ね。 ブランチ:そうなの。夢みたいなの。あの人テキサスじゅうに油田を持ってるでしょ。それこそ湯水のようにポケットにお金が入ってくるの。 ステラ:(瓶を拾って)まだ残ってるわ、コレ。もったない。 ブランチ:それでね。どうもあの人私にまだ気があるみたいだったのよ。 ステラ:もう! これもだわ。 ブランチ:あの人ならきっと助けてくれるわ。 ステラ:助けてくれるって? ブランチ:善は急げってこと!(と電話にかけ寄る) ステラ:ブランチ? ブランチ:(受話器を上げるが)ねえ、書くもの! それと紙も! ステラ:なにするの?(と、取りに行く) ブランチ:やっぱり電報にする。その方が確実だから。(受け取って)ええっと。《妹ト私、絶体絶命ノピンチ、詳細ハ後日……》うーん。《貴方カラノ援助ヲ待ツ……》これじゃあ露骨かしら。 ステラ:なによ。絶体絶命のピンチって? ブランチ:絶体絶命でしょ! どうしようもないでしょ、このままじゃ! ステラ:なんとかなるわよ。ブランチ。焦らなくても。こっちはいつまでいてくれてもかまわないんだから。 ブランチ:いられるわけないでしょ。こんな壁もなけりゃ、プライバシーもないような部屋で。あんな男と! ステラ:ゆうべのあの人は最悪だったのよ。滅多にあることじゃないの。 ブランチ:逆よ。おかげでよくわかったわ。ああいう動物みたいな男と暮らすには、同じベッドに寝るしかないんだってことが。でもそれはあなたの役目で、わたしの役目じゃないもの。 ステラ:………… ブランチ:いい、ステラ。私は冷静なのよ。冷静に計画を立てるのよ。あなたをここから連れ出すためにね。 ステラ:連れ出す? ブランチ:まだ若いんだから、やり直せるわ。 ステラ:勝手に決めないでよ! ブランチ:(棚の写真を取って)目に浮かぶわ。あの男がパリっとした軍服を着込んで、勲章ぶら下げて、結婚してくれってあなたに迫った光景が。場所もこんな汚いアパートじゃなくって…… ステラ:夢はゆめ、現実は現実なのよ。 ブランチ:まあ、あきれた。わかったふうな口きいちゃって。 ステラ:男と女のあいだにはいろいろあるでしょ? 特に、夜になれば……。そしたら、それ以外のことはどうでもよくなるわ。
ブランチ:ケダモノだわ。……ケダモノの《欲望》だわ。あのチンチン電車と同じよ。ガタゴトガタゴト車輪を軋ませ、だた闇雲に走ってるのよ。ああ。ゾッとする。 ステラ:私は好きなの、あの人のことが。 ブランチ:ああ。ゾッとする。 ステラ:バカみたい。 ブランチ:バカはあなたでしょ。この際だからハッキリ言わせてもらうわ。 ステラ:ええ、どうぞ。遠慮なく。 ブランチ:ハッキリ言って、あの男はケダモノよ。 ステラ:もう何回も聞いたわ、それは。 ブランチ:最低よ。人間以下よ。原始人よ。単細胞で、欲だけ深くて。ネアンデルタール人だわ。本物の男は違う。優雅で、繊細で、堂々としてて輝いてる! だけどあのネアンデルタール人は、ジャングルで殺した獲物を生肉のままぶら下げて帰ってくるのよ。それをあなたはこの穴ぐらで毎日ドキドキしながら待ってるんだわ。今日は殴られるかもしれない。あるいはキスしてくれるかもしれない。もちろんキスなんて高級なものを発見していればの話だけれど。それで夜になると、街中から似たようなネアンデルタール人が集まってきて、ジャラジャラ、ジャカジャカ、ガブガブ、ガツガツ。もうしっちゃかめっちゃか! ステラ:もうおしまい? それだけ? ブランチ:フン。一杯もらうわ。(と、戸棚からウィスキーを出し)確かに、だれだって神様のようには完璧じゃないわ。でも音楽や詩や絵や、人に対する優しさ? そういう人間らしい、美しいものはカケラもないのよ。あの男には。(一気に飲む)それなしでどうやって生きていけるの?
スタンリー:(入って来る)おい、ブランチはもう戻ってるのかい? ステラ? ステラ:スタン!(抱きついていく)
ステラ:(油で汚れたスタンリーの服を見て)また自分でやっちゃたの? スタンリー:フリッツんとこの修理工はてめえのケツの穴と、オイルバルブの穴の区別もつかねえからな、猿と同じさ。
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