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5 あなた何座?/ 夕立ちの夏

前章からの電車が通り過ぎると、数週間後。すっかり夏らしくなったある日の昼下がり。ブランチがベッドで今書き上げたばかりの手紙を読み返している。笑わずにはいられない。

ステラの声:(バスルームから)なに? なに笑ってるの?

ブランチ:嘘つきもいいところだわ。いい? 聞いて? 「親愛なるシェップ・ハントレー様。お元気でいらっしゃいますか? わたくしはと言えば、この夏の休暇を、ゆっくりと落ち着ける場所もなく、あちらからまたこちらへと、まるで帰る家をなくした鳥のように飛び回っております。このままでは、いつそちらに舞い降りる気になるともかぎりません」フフフ。「くれぐれも警戒を怠ることのないように」って、聞いてる?

ステラの声:聞いてるわよ。

ブランチ:「今は妹の、メキシコ湾の近くに別荘を持っている友人たちにつき合わされ、連日連夜のバカ騒ぎ。昼食会に夜会に、カクテルパーティーに……」

階下から激しい物音。叫び声。

ステラの声:どうしたの?

ブランチ:ちょっと待って。(窓から顔を出し)外でケンカみたいよ。

女1の声:I heard about you and that blond! (ブロンド女がそんなにいいの!)

男1の声:That's a damn lie! (アホか!)

女1の声:You ain't pulling the wool over my eyes!(とぼけないでよ)

ステラ:(バスローブ姿で出てくる)ああ、さっぱりした。

ブランチ:どうやら夫婦ケンカみたいね。

またさらに激しい物音。罵声。叫喚。

女1の声:I'm gonna call the vice squad!(お巡りを呼ぶわ)

男1の声:Don't you throw that at me!(よせ。投げるな)

大きな物が砕ける音。静寂。スタンリーが角を回って現れる。

ブランチ:殺しちゃったのかしら? あ。まだ生きてた。男の方が逃げてくわ。

スタンリー:(入ってきて)ったくこのクソ暑いのに、どいつもこいつも。

ステラ:(手紙を手にして)「しかし、友人たちのなかには、相変わらずの自宅で生きるか死ぬかの日常を送っている者もいます」

ブランチ:ホント物騒な街ね。節度ってものがないのよ。

スタンリー:(シャツを脱ぎ捨てて)よく言うよ。自分のことは棚に上げて。

ブランチ:なに?

スタンリー:(乱暴に引き出しを開け、靴を投げる)新しい靴下はどこだ?

ステラ:(いちいちそれらを片づけている)はいはい。

ブランチ:あなたは何座なの?

スタンリー:なんだって?

ブランチ:星座よ。きっと牡牛座でしょ。牡牛座の人は気性が荒くて、落ち着きがないんですって。ドシン。バタン。ガガガガ。ドカーン!

スタンリー:おい。ストライプのはどうした?

ステラ:これでしょ?(と持ってきて)この人はキリストの五分後に生まれたのよ。

ブランチ:じゃあ山羊座?

スタンリー:自分は何なんだよ。

ブランチ:私はもうすぐが誕生日なの。さて何座でしょう?

ステラ:ブランチは九月生まれの乙女座。(と、キッチンへ去る)

スタンリー:乙女座! 

ブランチ:そう。マリア様と一緒。

スタンリー:マリア様と一緒? ハッハッハ! そいつはたまげた。(と、ネクタイを締めながら)あんた、ショウって男知ってるだろ?

ブランチ:ショウって? どのショウ?

スタンリー:ローレルであんたに会ってたってショウだよ。

ブランチ:ええ? なんの話よ。

スタンリー:びっくりしたなあ。そのショウの話だとあんた、ローレルのフラミンゴってホテルで会ってたそうだなあ。

ブランチ:アハハハ。あんな不潔なホテルにどうして私が?

スタンリー:よく知ってそうな口ぶりじゃないか。ええ、どんなホテルなのかまで。

ブランチ:何度も前を通ったことがあるもの。

スタンリー:ふーん。

ブランチ:どんなところかは匂いでわかるわ。

スタンリー:どんな匂いだい?

ブランチ:安っぽい匂いよ。

スタンリー:なるほど。あんたの使ってる香水はよっぽど高級な香りがするんだろうな。

ブランチ:そうよ。1オンス25ドル。それが困ったことに、もうすぐなくなりそうなの。でもどこかの誰かさんが、誕生日のプレゼントに買ってくれるかもしれないわね。

スタンリー:まあいいさ。ショウの勘違いなんだろう。調べりゃわかるんだ。

遠雷。

スタンリー:(ステラに)じゃあ行ってくるわ。

ステラ:(走って出てきて)キス。

スタンリー:冗談だろ。あの女の見てる前じゃ嫌だね。(出て行く)

遠雷。ブランチ、落ち着きなく歩き回って、

ブランチ:あの男から、なんか聞いてるでしょ? 私のこと。

ステラ:なに?

ブランチ:私の噂よ。

ステラ:なんのこと? 

ブランチ:聞いてるんでしょ、くだらないことをいっぱい。

ステラ:聞いてないわ。なんにも。

ブランチ:どうだか?

ステラ:なによ?

遠雷。

ブランチ:この二年のあいだ、ベルリーブをなくしてから、あることないこと色々言われたわ。

ステラ:放っときなさいよ。ひとの噂なんか。

ブランチ:でも火のないところに煙りは立たない。

ステラ:ええ?

ブランチ:一人でいるのが耐えられなかったのよ。だれでもいいからすがりつきたかったのよ。わかる?

ステラ:わかるわ。

ブランチ:そういうとき、女は自分の魅力で勝負するしかないでしょ?

ステラ:そうね。

ブランチ:蝶が羽に、淡いトーンの色を重ねて、ほんの少し魔法を使えば夜露をしのげる。でもいつだって外は嵐。ひどい嵐。ずぶ濡れになりながら、毎晩のようにさまよったわ。でも男なんて、いっときの《欲望》が覚めてしまえばそれでおしまい。私には安らげる場所が必要なの。そのためのほのかな輝きさえあればいいの。裸電球に被せる紙提灯のように。でもダメね。やさしいだけじゃ。美しくないと……

遠雷。夕闇が迫っている。

ブランチ:私の話聞いてる?

ステラ:哀れっぽい話は聞かないことにしてるの。(と、色提灯の明かりをつけ、キッチンに戻る)

ブランチ:わかってるわ。言われなくったって。いつまでもいるつもりはないから安心して。

ステラの声:ブランチ?

ブランチ:あの男に追い出される前に出てくわ。

ステラ:そんなこと言わないで。(と、コークを入れたグラスを持って戻ってきて)はい。

ブランチ:コーラだけ?

ステラ:はいはい。バーボンも、でしょ?

ブランチ:だってほんの少しのバーボンがコーラの味を引き立てるのよ。

ステラ:はいはい。いいから座ってなさい。

遠雷。ブランチ、ベッドに身を投げ出す。

ステラ:(バーボンを入れたグラスを持ってゆっくりと近づき)ブランチ?

ブランチ:出てくわ! 言われなくったって!

ステラ:そんなこと言わないでよ。お願い。

ブランチ:あんな男にいつまでも……。ああ!

起き上がろうとしたブランチの肩が、グラスにぶつかる。

ブランチ:ああ! 私のワンピースが。白いワンピースが……

ステラ:(いそいでタオルを取ってきて)これ。

ブランチ:シミになったらどうするの!(と、拭こうとして)

ステラ:ダメよ。やさしくよ。やさしく……

ブランチ:やさしく? やさしく……

ステラ:そう。やさしく……

ブランチ:やさしく……

ステラ:どう?

ブランチ:(じっと見て)落ちた! よかった! 

ステラ:よかった……

ブランチ:よかった! ハハハ。ハハハ。アッハッハ!(止まらない)

ステラ:…………

ブランチ:(残ったコークを飲んで)7時にミッチが来るの。私、緊張してるのかしら? 彼ね、まだおやすみのキスしか許してもらってないのよ。フフフ。それも一度きり。男って簡単に手にはいる女はすぐあきるでしょ。いろんなドラマをこさえてあげなきゃ。世間じゃあ30過ぎたら女はすぐ寝るもんだと思ってる。うかつに年の話もできないわ。

ステラ:向こうじゃ気にしてないわ、きっとそんなこと。

ブランチ:あの人を夢中にさせたいの。あの人の方から私のことを欲しくて欲しくてたまらないって感じにしたいの。

ステラ:そんなに彼が欲しいの?

ブランチ:欲しいわ。あの人が。あの人のくれる安らぎが。

雷が近づいている。

ブランチ:そしたら堂々とここから出て行けるもの。

スタンリーが戻ってくる。

スタンリー:行くぞ。ステラ!

ステラ:大丈夫よ。きっと。でもあんまり飲まないでね。ブランチ。

スタンリー:ステラ!

ステラ:はーい!(駆け出して行って、スタンリーの腕にぶら下がる)

ふたり、夕闇の中に消える。さらに近くで雷。鳴り止まない。
ブランチ、ゆっくりと手鏡を手にして、

ブランチ:ダメなのよ。やさしいだけじゃ。

突然の夕立ち。雷鳴。ドアベルが鳴る。

ブランチ:だれ?

一人の少年が入ってくる。

ブランチ:あら? なにかご用?

少年:イブニングスターでけど。集金に来ました。

ブランチ:まあ、知らなかった。お星様がお金を集めてるなんて。

少年:新聞です。

ブランチ:わかってるわよ。愛想のない子ね。どう? こっちに来て一杯つき合わない?

少年:いえ。仕事中ですから。

ブランチ:そうね。でもごめんなさい。私お金ないの。ここの奥さんでもなんでもないのよ。ほら、よくいるでしょ。厄介な親戚っていうの?

少年:じゃあまたあとで来ます。(と帰りかける)

ブランチ:あっ、そうそう。

少年:(振り返ってしまう)

ブランチ:火、貸してくださる?

少年:ああ。(と、ジッポを出すが、手が震えている)これ調子悪いんです。

ブランチ:気分屋さんなのね。フフフ。(点いて)どうもありがとう。

少年:それじゃあ。(と帰りかける)

ブランチ:ねえ。

少年:(振り返ってしまう)

ブランチ:フフフ。いま何時かしら?

少年:えっと。7時15分です。

ブランチ:そう……。いつまで降るのかしらね? ねえ。あなた。こういう雨って好き? こういうひとときは、ただのひとときでは終わらない。ちょっとした永遠をあなたは手にするかもしれない、としたら、あなた、どうする? さあ、どうしたらいいの? こういうときは?

少年:あの奥さん……

〈ブルーピアノ〉が聞こえる。

ブランチ:あなた、びしょ濡れじゃないの? 

少年:ああ。大丈夫ですよ。さっき雨宿りしたんで。

ブランチ:そう。ドラッグストアで? パッションフルーツ飲みながら?

少年:いえ。

ブランチ:それともチョコレートドリンクかしら?

少年:いえ。

ブランチ:ん? じゃあなあに?

少年:チェリー……

ブランチ:まあ……

少年:チェリーソーダです。

ブランチ:まあ。よだれが出そう。

少年:あのうボク。もう……

ブランチ:あなたって若いのね。かわいいわ。とっても。よく言われない? 「アラビアンナイト」に出てくる王子様みたいだって。

少年:アハハハ。なんですか? それ?

ブランチ:いらっしゃい。ホラ、こっち。キスしてあげる。一度だけ。やさしく。あまく。(と、その唇を吸う)さあ、もう行きなさい。ほら! もっと一緒にいてあげたいけどダメよ。あなたまだ若過ぎるわ。アディオス!

少年:ええ?(と、振り返りつつ去って行く)

角で、バラの花束を抱えたミッチとすれ違う。

ミッチ:ブランチ!

ブランチ:だれ? 私を呼ぶのは? まあ、お次はバラの王子様?。

ミッチ:ええ?

ブランチ:いいから。さあ。そこにひざまづいてお辞儀しなさい。そう。それからプレゼント!

ミッチ:(言われるまま)

ブランチ:Ahhh! Merciiii!

雨の音とともに暗くなっていく。

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