2002.July

7月10日(水)

 さて、関心ンない人にはカンケイないが、この場を使って、宇野浩二の描写する芥川の横顔をメモっておこう。

 これは宇野が芥川を初めて見た時の印象――

 ところが、どういう拍子であったか、一間ほど離れた、道の片側を反対の方向に、一人の洋装の男が、これも燕のやうな早さで、すつすつと、通り過ぎるのが、行き交う人の群れをすかして、ちらと私の目をひいた。そうして、それが、咄嗟に、芥川だな、と、私に、わかったのである。……。その時、黒い、痩せた体にぴつたりついた、洋服を着た、長身の、芥川が、半身をやや前の方に傾きかげんにして、真直ぐに、あるいて行く格好は、年の暮れの町の目まぐるしく人の行き来する中にも、きはめて印象的に、私に、見えたのである。(それは、その数年前に、近代劇協会で出した『ファウスト』で、伊庭孝が扮した、黒装束をした、メフィストフェレスを、思わせた。)

 芥川の丁寧なお辞儀ンこと――

 芥川は、来ると、いつも、私の家の玄関の三畳の部屋のすみに、ちゃんと正座して、家の者に、実に丁寧に挨拶をした。萩原朔太郎が、このことについて、次のように書いている。
「私が田端に住んでゐる時、或る日突然、長髪痩躯の人がたづねて来た。「僕は芥川です。初めまして。」さう云って、丁寧にお辞儀をされた。自分は前から、室生君と共に氏をたづねる約束になつてゐたので、この突然の訪問に対し、いささか恐縮して丁寧に礼をした。しかし一層恐縮したことには、自分が顔をあげた時に、なお依然として訪問者の頭が畳についてゐた。自分はあわててお辞儀のツギ足しをした」
 しかし、これは自ら野人と称する、あの、萩原であるから、驚いたので、かういふのは、ただ芥川の習慣で、芥川自身は丁寧とも何とも思っていないのである。

 宇野の「芥川龍之介」はとても長い本であるから、とても一気に読み切れるかわからないし、読み切った時には、最初の方の細やかな印象は消えているだろから、こうしてメモっておくことにした。
 しかし、これを読んでいると、(まあ、呑気な大正の時代のこととはいえ)、作家や画家や歌人や芸者やら、連中、遊んでばっかりでホントにうらやましいかぎりなのノダ。

 と云ってるマに、ふと思い立って、ジル・ドゥルーズの『ヒューム』を読み始めてしまう。ボクの読書ペースというのは、こんな感じなのだ。

7月09日(火)

 宇野浩二の『芥川龍之介』を再び読み始める。なんと、このジンズ日記が始まった時点で読み始めた本なのに、ついに頓挫していた。しかも図書館の本だから、すでに1か月以上延滞してしまっている。(返却催促のハガキも来てたっけ)。しかし、いきなり滑らかにページが進み出してしまったんだから仕方ない。

「芥川はその作品よりも、その人間の方が面白い男であった」というような宇野の言葉に惹かれる。

 ついでに講談社文庫の『大川の水』を買う。芥川のエッセイ集である。
表題作の「大川の水」は、芥川20歳の作。エッセイというより、散文詩。自己の心情吐露というより、言葉のリズムとイメージの換気力に身をあずけている風だ。イタリアのバロックの秀作を思わせるような、優美でスキのない音楽。こういう趣向と、「東京を愛する」という最後の唐突のような表明に、如月さんが共鳴したということを素直に信じることができる。

 近頃、オジサン度が増した。
 自分のことだ。
 定食屋でメシ喰っていると、まわりの人間の「食べ方」のみっともないのが気になって恥ずかしい。若いモンばかりじゃない。中年のサラリーマンがことにひどい。茶碗を美しく持つことができる人間というのは、ものすごく少なくなった。持つことすらしない奴も多い。(韓国では茶碗をテーブルから上げる方が不作法らしいが)。
 というわけで、近頃気をつけているコト。背筋と腰を伸ばして電車のベンチに座る座るコト。特に、腰を伸ばしてメシを喰うと、メシが旨い!
 オジサンである――。

7月07日(日)

 一日、ベッドで寝っころがり、犬とジャレつつ、理事会のアンケートなどを作っていた。

 ホームページで見つけたこんなレポートに感動する。

 http://sportsnavi.com/column/article/ZZZ9XGBQ73D.html

 もと、ポルトガルの植民地ギニアビサウでW杯を観戦した、某J大学ポルトガル語学科助教授のレポート。根っからのサッカーファン。
「美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜」。
 気の向いた人は見てほしい。

 なんか、そういう感じなんだよな。なんか、決定的に失われちまったものへの悲しみが、あるんだよな。この地上には――。

 そうわけで、久しぶりに、本当に久しぶりにマドレデウスを聞く。

 夕方、7時を過ぎても日が暮れず、涼しくなってから、犬の散歩。
 ついでに、調布市長選挙に出かける。
 こんなところにこんな公園があったのかと思う。芝生の敷かれたいい公園だ。でも、犬を放し飼いにするのはダメという立て札。残念。
 ロンドンにはもっと広い芝生の公園がたくさんあって、人々が犬とジャレていたんだ。あれを見る度に、デシュラを連れてきたいと思ったもんだ。イギリスへの犬の入国はほとんど不可能なんだけどね……。

 宇宙から見たら、国境は見えない。

 コンビニのヤキソバを買う度に、その上に乗っているささやかな牛肉を見る度に、この牛は誰に殺されたんだろうと思う――。

 夜、蒸して眠れず、ドライのエアコンをかけている日々。
 しかし、なんともおだやかな、マドレデウスが流れている――。

7月05日(金)

 岩尾万太郎演出のNoten-crackersの公演を、中野のポケットで見る。
 LABO!の遠藤真美子や高村志穂が出ている。高橋和久は主役だった。

 おそらく目指すところは、観客を楽しませるエンターテイメントなのだが、そこへは至っていない。俳優のメンタリティーが弱すぎる。俳優が若すぎるというコトも言えるのだが、若いからそれだけでダメだということではなく、若い才能を養護するシステムがゼンゼン出来上がっていないというコトだろう、と思う。
 それはどういうコトか。
 あまりにもニホン的な事象でもあるんで、まあ、またコラムで論じようと思う。
 論より証拠というが、証拠を活かすには論が必要な現代社会なのである。

7月03日(水)
 昨日、ドイツ文化センターで見た、ビデオ上映のドイツ演劇について考える。コラムに少しは何か書けるだろう。衝撃的だったことは間違いないのだから。しかし、内容に衝撃を受けたのではない。手法に衝撃を受けたのだ。だから、ボクとしては書いて伝えたい内容は少ない。言葉で伝わることは少ないだろう。とはいえ、とにかく、ドイツ演劇には、今も深くブレヒトの魂が宿っている。これだけは間違いない。抒情に流れない演技。これは、サッカーにも通じるな。ドイツ人の現代的な特性かもしれない。そういうコト。

7月01日(月)

 ワールドカップ症候群というのがあるらしい。ワールドカップにあんまり心を奪われてボンヤリしてしまう人々のことらしい。終わってしまった喪失感も大きいのだ。

「ワールドカップが終わる前に」と題して書いたJIN'sコラムを、締めくくる前に、ついに終わってしまった。
 さまざまな問題がボクの中を揺さぶっている。
 それらをすべて取り上げることはできないが、できれば、ナショナリズムということだけでもこれを機会に考えてみたかったのだが、今、読み始めた中沢新一氏の新刊がまさに「国家がどこから生まれたのか?」という問題を扱っているので、これを読み終えるまで、触れ得なくなってしまったカッコウだ。

 しかし、このページを使って、ごく個人的な心の記録を披瀝してオチャを濁そう。

■いちばん感動した試合――1次リーグ、ドイツ対アイルランド戦。ロスタイムでの同点ゴール。古き良きアイルランド魂の復活。父親の存在(不在)したフィールド。土の匂い。人類の希望。

■いちばん心に残ったゴール――決勝トーナメント、韓国対イタリア戦のソルギヒョンの同点ゴール。頭が真っ白になった。瞬間的な感動だったが、自分でもビックリした。

■いちばん印象に残った選手――1次リーグ、韓国戦でのルイス・フィーゴ。サッカー選手が戦わなければならない相手とは、時に、相手チームではなく、とてつもなく巨大な何かである、というコトを感じる。そして、そういうモノと戦う人間の目の光をボクは見たのだ。あれだけは絶対に忘れない。集団に頼ることも、逃げる出すこともできず、そこに立ち尽くさねばならない英雄的な精神。

■いちばん楽しかった選手――イングランド戦でレッドもらったロナウジーニョ。楽しかったというと語弊があるかな。ブラジル選手はがいして審判に対して、まるでお代官さまに平伏する小作農のようだ。だから、心性の根ッコはかなり深刻だったりもするけど、でも、あのときのロナウジーニョの顔は可笑しかった。

■いちばんステキだった審判――イタリア人のコリーナさんとデンマ−ク人のニールセンさん。決勝のコリーナさんは笑顔が偉大だった。ニールセンさんは、トーナメントのブラジル対トルコだったろうか、選手がもみあいになって、次から次へとモンクを言いにやってきた時、選手の誰より背が高く、ヒョウヒョウと応対していた絵が不思議だった。苦情受けタイムを作ってしまうところが、やはり偉大な人なんだろうな。

 いちばんというともう出てこないけど、ほかにもたくさんのステキな選手、気になる選手がいたのだ。イングランド戦でのベーロンの不調。メキシコ戦でのデルピエロの登場。韓国戦でのトッティの好調とレッドカード。やはり韓国戦のイエロの抗議。ベンチのラウル。ウルグアイのレコバ。ベルギーのビルモッツ。アイルランドのダフのドリブルとロビーキーンのシュート。セネガルのディウフのドルブルとアンリカマラのスピード。カメルーンのエトー。各国の森島タイプの活躍も気持ちよかったね、アメリカのレイナ、トルコのバストゥルク、ドイツのヌビル。クロアチアのラパイッチの活躍も嬉しかったな。それから、ブラジルのリバウド、ロナウド、ロナウジーニョに、カフーの冷静さとロベカルの強さ。ドイツでは、バラックの知性が好きだった。それからカーンの水の飲み方だよね。韓国ではファンソンホンが好きだった。ニホンでは、中田と宮本かな。
 もっとももっといい選手がたくさんいたけどね。好きな選手はもちろん、プレーの良さもあるけど、顔がいいってことだよね。目がいい。
 気に入らない選手や審判もいたけどね。
 あまり、ディフェンダーに関心がいっていないのは僕の未熟さです。はい。
 結局試合を見てないチームは、フランス、エクアドル、コスタリカ、中国、というところか。地上波で、しかも平日の昼間のゲームは見られなかったからなあ。

 でもこれからまたヨーロッパリーグやJリーグが楽しみだよね。

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