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妻:砂漠はいいわね。夜の間に動いた砂が、点々と砂丘を越えて続いていた、小さな私の足跡を綺麗に消してくれる。朝、目覚めるたびに、振り返ると、昨日までのいろいろな出来事が、足跡と一緒にみーんな消えてしまうような気がする。街での悲しい出来事も、こわれてしまった磁石も、政府の新しい方針も、何もかも。そして、又、歩き出す。真っ白な大きな紙の上に、「初めまして」と書きつけるように、新しい私が、新しい今日を始めることが出来るのよ。砂漠はやさしいのね。許してくれるんですもの。昨日までの私を、私がここにいることを。小さな小さな影を一つひきずって、もう一歩だけ前に進もうとする意志を。 |