演劇は「想像する」力だぜ(その3)。


 さて、今年も今日でおしまい……。20世紀もおしまい、である……。
(もっとも21世紀が、2001年から始まる、ということを決めたのは、つい最近のバチカン法王庁で、2000年にしようか、2001年にしようかと、ずいぶん迷ったらしい。僕にはバチカンのご威光なんかカンケイないから、どうも実感としては、今年一年をかけて、じっくりと20世紀は終わり、21世紀がスタートしてきたような気がするんだけど……)
 さて、考えよう……。

 「説明しない空間」と僕は言った。
 それはつまり「なにもない空間」なのである。
 なにもない、といっても劇場はある。劇場でなかったとしても、建物はあるし、空間はあるし、大地も空もある……。けれど、ただの空間だけだったら、そこには作り手の「意図」がないので、やはり「なにもない」のと同じなのだ。難しいことじゃない。単純なことなのだ。

 今年のLABO! の収穫はやはり「H」のなかの「砂箱」という作品だったので、それにひっかけて、「何もない空間」を「説明」して、21世紀に臨むことにしよう、と思う……。(テキスト「砂箱」を参照してください。)

 「H」では、舞台装置はなんにもなくて、劇場は丸裸、ただ床に直径2メートル位の範囲で白い砂がしいてあるだけだった。(出はけのためのソデ幕は吊った。)オムニバス形式だったので、その「なにもない空間」が、場面ごとに、夫婦の寝室になったり、リビングになったり、娼婦宿になったりしたのだ。「砂箱」の舞台は海岸であった。しかし、そこが海岸になるのは、別に難しいことでもなんでもなかった……。
 まず、暗転から、照明が入る(その照明もただ明るいだけ、なにも説明はなし)。
 すると、舞台奥、下手に水着姿の青年がいて、準備体操をしている。その前には砂があるだけ。(これだけで、すでに海岸を「暗示」してはいるが、まだ決定的ではない。むしろ観客は、何がなんだかわからないだろう。しかし実際は、とてもバカバカしい状況だったので、客席からは笑いが起こった。こういうことは、なかなか計算できないのだ。)
 そして、物語はこんなふうに始まる――

ママ、次いでパパが上手から入ってくる。

ママ:(パパに示して)やっと着いたわ。海岸よ。

パパ:(グチっぽく)寒いよ。

 こうして一瞬のうちに(物語のはじまりと同時に)、場面は「海岸」になってしまうのだ。
 この際に、ママ役とパパ役の俳優は、ふたりとも、自分が登場する空間のことをちゃんと理解していなければならない。つまり、登場した時は、まだ、そこは「なんでもない空間」で、もしママが「やっと着いたわ。砂漠よ」といったら、「砂漠」になってしまうだろうし、「やっと着いたわ。ここはどこ?」といったら、「どこでもない場所」になってしまう、ということを……。

 こういう仕掛けの一切は、子どもの遊びと同じである。オママゴトと同じなのだ。

 だから、「なんでもない空間」を「海岸」にするのは、観客の「想像力」であって、けっして俳優の力量でも、舞台美術でもない、ということなのだ。俳優のすべき仕事は、こういう空間で、観客の「想像力」を持続させるための、〈刺激〉を与え続けることなのだ(これが難しいけど)。別段、「海岸」であるための、物理的・心理的な説明はぜんぜんいらないのである……。

 別の言い方をすると、観客を、オママゴトの傍観者にしてはいけない、ということだ。
 公園でオママゴトをして遊んでいる子供達を、「はいはい」という顔で眺めている大人にしてはいけない。観客を、同じゴザ(空間)の上に連れ込んで、喋れないけれども、一緒に参加しているお客さんの役にしてしまわなければいけないのだ。そうすれば、その場が、いきなり海岸になろうと、寝室になろうと、遊園地になろうと、「想像力」がすべてを受け入れさせてくれるだろう……。

 こういう遊びは、映画では無理である。
 こういう遊びを通してしか、伝えられない「心の物語」があるのだ。

 
 20世紀の演劇を、革新した〈ビッグ3〉がいる。
 ブレヒト、アルトー、ベケットである。
 アルトーは、バリの舞踊にインスパイヤーされて、「残酷演劇」なる演劇理論を考えた。これはほとんど実現不可能なものなのだが、多くの演劇人に影響を与え、これからも与え続けていくであろう……。
 べケットは、最小限に切り詰めた舞台空間で、第2次世界大戦以後、決定的に変わってしまった「人間の生きる世界」を描いたのだと思う。そして、僕らはまだまだこの「世界」を生きている……。
 そして、ブレヒト。彼は20世紀最大の演出家だった。依然、そこにはマルクスの影がつきまとうけれど、でも、アルトーとベケット以前に、演劇の空間的な「想像力」を発見したのは、彼である。その発見のヒントとなったのが、「能」であったろうと、僕は推測しているのだけれど……。

つづく……。


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