作:エドワード・オルビー
Edward Albee

登場人物

青年:25歳(美貌のたくましい水着の青年)
ママ:55歳(おしゃれな堂々たる女)
パパ::60歳(白髪のやせた小柄な男)
おばあちゃん:80歳(梅干しのようにしなびているが、目は生き生き)
ミュージシャン:年齢不問(ただし若いほうがよい)

裸舞台。あるのは、舞台ツラ近くの下手脇に、シンプルなイス二脚が、横並びに正面を向いて。舞台ツラ近くの上手脇に、下手を向いたイス一脚が、譜面台と一緒に。舞台中央奥には、やや傾斜した子供用の大きな砂箱が、おもちゃのバケツやシャベルと一緒に。空はまばゆい真昼から、漆黒の闇夜へと変わる。

まばゆい真昼。青年が一人。砂箱の脇、後ろめに立って、柔軟体操をしている。この芝居のおしまい近くまで、彼はずっと柔軟体操を続ける。両腕だけを使った、この柔軟体操は、翼の羽ばたきを暗示させる。つまり彼は、「死の天使」なのだ。

ママ、次いでパパが上手から入ってくる。

ママ:(パパに示して)やっと着いたわ。海岸よ。

パパ:(グチっぽく)寒いよ。

ママ:(笑って無視して)バカ言わないの。こんなにあったかいのに。ほら、あそこの若い人。あの人なんかちっとも寒そうじゃないじゃない。(手を振って)こんにちは。

青年:(人なつっこい笑顔で)ハーイ!

ママ:(あたりを見回して)完璧ね……そう思わない、パパ? 砂はあるし……向こうには水もあるし。どう、パパ?

パパ :まかせるよ、ママ。

ママ:(笑って)そうよ……あたしにまかせなさい。じゃいいわね、ここで?

パパ:(肩をすくめて)おまえの母親だよ。俺のじゃない。

ママ:そうよ。あたしの母親よ。なんだと思ってるの?

間。

じゃ急ぎましょ。(上手ソデに向かって)あなた! 出番よ! 出て来て!

ミュージシャンが入ってきて、上手のイスに腰掛け、譜面台に楽譜をセットして、演奏の準備をする。

ママ:(満足そうに頷いて)いい感じいい感じ。さあパパ。連れてきましょう、おばあちゃんを。

パパ:まかせるまかせる。

ママ:(先に立って上手に去りながら)そうよ。あたしにまかせなさい。(ミュージシャンに)始めて。

ミュージシャン、演奏を始める。ママとパパは退場。ミュージシャン、演奏しながら、青年に頭を下げる。

青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!

しばらく間。ママとパパがおばあちゃんを運んで戻ってくる。おばあちゃんは脇の下を二人に抱きかかえられ、硬直し、足は宙に、老齢の顔には当惑と怖れが浮かんでいる。

パパ:どこへ置こうか?

ママ:(笑って)まかせなさいよ。いい……そうね……あそこの砂箱の中。

間。

なに。なにしてんのよ、パパ。……砂箱よ!

二人、おばあちゃんを砂箱まで運んで、どさっと落とす。

おばあちゃん:(起き直りながら、赤ん坊の泣き声とも笑い声ともつかぬ声で)ああああああ! ぎゃああああ!

パパ:(埃をはらって)で、どうする?

ママ:(ミュージシャンに)やめて。

ミュージシャン、演奏をやめる。

(パパに)どうするってなによ? あっちに行って座るんでしょ。(青年に)こんにちは。

青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!

ママとパパ、下手のイスまで行って座る。間。

おばちゃん:ああああああ! あははははは! ぎゃああああ!

パパ:どうだろう?……おばあちゃん……快適かな?

ママ:(イライラと)知らないわよ。

間。

パパ:で、どうする?

ママ:(思い出すように)うーんと……待つのよ。そう……ここに座って……待つの……それでいいの。

間。

パパ:話でもしようか?

ママ:(笑って、服から何かつまみ取りながら)話せば? 話したいんだったら……話すことがあるの?……なにか新しいことでも思いついた?

パパ:(考えて)いや……別にないよ。

ママ:(勝ち誇った笑いで)ほらごらんなさい!

おばあちゃん:(シャベルでバケツを叩きながら)はははははは! あははははは!

ママ:(客席の向こうを見ながら)静かにして、おばあちゃん……静かに待つの。

おばあちゃん:(ママに向かってシャベルで砂を投げる)

ママ:(客席の向こうを見ながら)なにあの人、砂を投げてくるわ! やめなさい

おばあちゃん。ママに向かって砂を投げるのは!(パパに)砂を投げてくるのよ。

パパ:(おばあちゃんのほうを振り向く)

おばあちゃん:ぎゃああああ!

ママ:ダメよ、見ちゃ……待つのよ……じっと座って……待つのよ。(ミュージシャンに)あなた……ううん……なんでもいいわ、やってくれる?

ミュージシャン、演奏を始める。
ママとパパは固まって、客席の向こうを見ている。おばあちゃんは二人を見て、ミュージシャンを見て、砂箱を見てシャベルを投げ出す。

おばあちゃん:あははははは! ぎゃあああああ! (反応を待つがなにもなし。そこで直接、観客に向かって)ホントにねえ、年寄りをなんだと思ってるんだい! 家から引きずり出して……車に押し込んで……町から連れ出したと思ったら……砂ん中に放り出して……最後はほったらかしかい。あたしゃ八十六だよ! 結婚したときは十七だった。相手は百姓で、三十のときに死んじまったんだ。(ミュージシャンに)ちょっとやめとくれ?

ミュージシャン、演奏をやめる。

こっちはおいぼれババアだよ……そんなところでギュインギュインやられた日にゃ、あたしの声が聞こえないだろ!(自分に)気配りってもんがないよ!(青年に)気配りってもんがね!

青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!

おばあちゃん:(しばらくボーっする。ハッと気づいて再び観客に)亭主は三十んときに死んじまったんだ。(ママを指して)そんでもってあそこのブタ女を、女手ひとつで育ててさ、想像してみとくれよ。なんてこった!(青年に)あんたはどうして雇われたの?

青年:あいや……前からいたんですよ。

おばあちゃん:なんだい! そうかい! ハッハッハ。いい体してるねえ、あんた。

青年:(力こぶを作って)どんなもんです。(と体操を続ける)

おばあちゃん:あらま。こりゃたまげた。やるじゃないのさ。

青年:(甘く)やるでしょう。

おばあちゃん:生まれはどこだい?

青年:南カルフォルニアです。

おばあちゃん:(納得して)納得納得。名前はなんての?

青年:さあ?……

おばあちゃん:(観客に)頭もなかなかだね!

青年:あいや……その、まだもらっていないんです……事務所から。

おばあちゃん:(青年を眺め回して)おやまあ……まあまあ……そう。まだ話があるからね……そこにいておくれ。

青年:いますとも。

おばあちゃん:(観客に向き直って)ラッキー。(また青年に)あんた……役者さんだろ、ええ?

青年:(目を輝かせて)ええ、そうなんです。

おばあちゃん:(再び観客に向かって肩をすくめ)お見通しさ。さてみなさん。あたしゃね……アレをたった一人で育ててさ、あの隣の……アレがアレの亭主なんだけどね、金持ちかって? そりゃもうあんた……金、金、金で、あたしを畑から連れ出すと……ありがたいことにね……都会のお屋敷に住まわせて……くれた居場所はガスコンロの下のいいとこで……軍のおさがりの毛布から……あたし専用のお皿まで……あたし専用のお皿だよ! なんで文句なんか言えるもんかい。言えないよ。当たり前じゃないか。言えるわけがない。(空を見上げて舞台ウラの誰かに向かって)そろそろ夜になるんじゃなかったのかい?

照明が落ち、夜になる。ミュージシャン、演奏を始める。漆黒の闇夜である。それぞれにはスポット。もちろん体操を続ける青年にも。

パパ:(落ち着きなく)夜だよ。

ママ:シーッ。黙って……待つのよ。

パパ:(グチっぽく)暑いなあ。

ママ:シーッ。黙って……待つのよ。

おばあちゃん:(自分に)よしよし。いい夜だ。(ミュージシャンに)あんた、このシーンのおしまいまで弾くつもりかい?

ミュージシャン、うなずく。

そうかい。やさしくやっとくれ。頼んだよ。

ミュージシャン、うなずいて、やさしく弾く。

いいねえ。

舞台ウラで轟音。

パパ:(ギョッとして)なんだいありゃ?

ママ:(泣き出して)なんでもないわよ。

パパ:ええ?……カミナリか……波のくだける音か……それとも……

ママ:(涙ながらに囁いて)効果音よ……意味はわかるでしょ。

パパ:なんだっけ?

ママ:(かぼそい声で)だから、とうとうおばあちゃんにその時がきたってこと……「耐えられないわ、あたし!」

パパ:(放心して)ああ……そうか、「おい、勇気を出すんだ」

おばあちゃん:そうそう、(真似をして)「勇気を出すんだ」。大丈夫。しっかりおやり。

再び、舞台ウラで轟音。さらに大きく。

ママ:おおおおおお……かわいそうなおばあちゃん……かわいそうな……

おばあちゃん:(ママに)あたしゃ元気だよ! ピンピンしてるよ! まだなにも起こっちゃいないよ!

破壊的な轟音。青年だけを残して真っ暗。ミュージシャン、演奏を止める。

ママ:おおおおおお……おおおおおお……

沈黙。

おばあちゃん:まだつけないどくれ……まだだよ。まだだからね。

沈黙。

さあいいよ……こんなとこでしょう。

明かりが戻る。まばゆい真昼。ミュージシャン、演奏を始める。
おばあちゃんが砂箱の中、片側を下にして横たわり、片ひじをついて、半分砂に埋もれながら、せっせとシャベルで砂を自分にかけている。

こんなオモチャのシャベルなんかで、どうしろっていうんだろうね。

パパ:ママ! お昼になったよ!

ママ:(明るく)そうね! そうよ! 長い夜が終わったわ。涙とはお別れ、悲しみにはさようなら……目を未来に向けましょう。それがあたしたちの務めだわ。

おばあちゃん:(シャベルで砂をかけながら)悲しみにはさようなら……目を未来に向けましょう……なんてこった!

ママとパパ、立ち上がって伸びをする。ママは青年に手を振る。

青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!

おばあちゃんは死んだ演技! 
ママとパパは近寄ってそれをのぞき込む。おばあちゃんは半分以上砂に埋まっていて、胸の上で十字に組み合わせた手には、オモチャのシャベルが……。

ママ:(砂箱の前で頭を振りながら)まあきれいね!……こんなんだったら、ぜんぜん悲しくないわね……なんだか……幸せそうじゃない。(自信と確信を込めて)やることやると気持ちのいいものね。(ミュージシャンに)もういいわ。おしまいよ。どうせなら、ひと泳ぎしてきたら? こっちのことはもういいから。(深い溜め息)さあパパ……あたしたちは退場よ。

パパ:よくやったね、ママ。

ママ:よくやったわね、パパ。

二人、上手に去る。

おばあちゃん:(二人が去った後で横になったまま)やることやると気持ちのいいもんだ……やれやれ!(起き上がろうとして)……さてさて、みなさん……(しかし起き上がれない)……ありゃりゃ……どうしたことだろう……あたしゃ動けないよ。

青年、体操を止め、ミュージシャンにうなずいて、おばあちゃんに歩み寄ると、砂箱の横にひざまずく。

あたしゃ……動けないよ……

青年:シーッ……黙って。

おばあちゃん:あたしゃ……動けないよ……

青年:ああ……お嬢さん。僕の……僕の台詞の番なんですけど。

おばあちゃん:あらま。そりゃ悪かったね。さあさ、おやんなさい。

青年:僕はですね……ええ……

おばあちゃん:ほらしっかり。

青年:(身構えて、本物の素人のように)僕はですね、死の天使、なんです……ああ……あなたを、迎えに、来ました。

おばあちゃん:え……なんだって……(そして、あきらめて)……ああ! ……ああ! そうかい。

青年はかがみ込んで、やさしく、おばあちゃんの額にキスする。
おばあちゃんは目を閉じ、シャベルを抱え込むように、再び胸の上に両手を合わせると、おだやかに微笑む。

うん……とってもよかったよ、あんた……

青年:(ひざまづいたまま)シーッ……黙って……

おばあちゃん:つまりね……あんた、とっても上手だったって……

青年:(恥ずかしがって)……いやあ……

おばあちゃん:ホントだよ。そうさ。あんた、なかなか……素質があるよ。

青年:(人なつこい笑顔で)ああ……ありがとう。ありがとう……お嬢さん。

青年の手が、手の上に重なると、

おばあちゃん:(ゆっくりと静かに)いいえ……どういたしまして……ご苦労さま。

時間が止まる。
ミュージシャンが演奏を始めると、暗くなる。