![]() Edward Albee ![]()
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ママ:(パパに示して)やっと着いたわ。海岸よ。 パパ:(グチっぽく)寒いよ。 ママ:(笑って無視して)バカ言わないの。こんなにあったかいのに。ほら、あそこの若い人。あの人なんかちっとも寒そうじゃないじゃない。(手を振って)こんにちは。 青年:(人なつっこい笑顔で)ハーイ! ママ:(あたりを見回して)完璧ね……そう思わない、パパ? 砂はあるし……向こうには水もあるし。どう、パパ? パパ :まかせるよ、ママ。 ママ:(笑って)そうよ……あたしにまかせなさい。じゃいいわね、ここで? パパ:(肩をすくめて)おまえの母親だよ。俺のじゃない。 ママ:そうよ。あたしの母親よ。なんだと思ってるの?
じゃ急ぎましょ。(上手ソデに向かって)あなた! 出番よ! 出て来て!
ママ:(満足そうに頷いて)いい感じいい感じ。さあパパ。連れてきましょう、おばあちゃんを。 パパ:まかせるまかせる。 ママ:(先に立って上手に去りながら)そうよ。あたしにまかせなさい。(ミュージシャンに)始めて。
青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!
パパ:どこへ置こうか? ママ:(笑って)まかせなさいよ。いい……そうね……あそこの砂箱の中。
なに。なにしてんのよ、パパ。……砂箱よ!
おばあちゃん:(起き直りながら、赤ん坊の泣き声とも笑い声ともつかぬ声で)ああああああ! ぎゃああああ! パパ:(埃をはらって)で、どうする? ママ:(ミュージシャンに)やめて。
(パパに)どうするってなによ? あっちに行って座るんでしょ。(青年に)こんにちは。 青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!
おばちゃん:ああああああ! あははははは! ぎゃああああ! パパ:どうだろう?……おばあちゃん……快適かな? ママ:(イライラと)知らないわよ。
パパ:で、どうする? ママ:(思い出すように)うーんと……待つのよ。そう……ここに座って……待つの……それでいいの。
パパ:話でもしようか? ママ:(笑って、服から何かつまみ取りながら)話せば? 話したいんだったら……話すことがあるの?……なにか新しいことでも思いついた? パパ:(考えて)いや……別にないよ。 ママ:(勝ち誇った笑いで)ほらごらんなさい! おばあちゃん:(シャベルでバケツを叩きながら)はははははは! あははははは! ママ:(客席の向こうを見ながら)静かにして、おばあちゃん……静かに待つの。 おばあちゃん:(ママに向かってシャベルで砂を投げる) ママ:(客席の向こうを見ながら)なにあの人、砂を投げてくるわ! やめなさい おばあちゃん。ママに向かって砂を投げるのは!(パパに)砂を投げてくるのよ。 パパ:(おばあちゃんのほうを振り向く) おばあちゃん:ぎゃああああ! ママ:ダメよ、見ちゃ……待つのよ……じっと座って……待つのよ。(ミュージシャンに)あなた……ううん……なんでもいいわ、やってくれる?
おばあちゃん:あははははは! ぎゃあああああ! (反応を待つがなにもなし。そこで直接、観客に向かって)ホントにねえ、年寄りをなんだと思ってるんだい! 家から引きずり出して……車に押し込んで……町から連れ出したと思ったら……砂ん中に放り出して……最後はほったらかしかい。あたしゃ八十六だよ! 結婚したときは十七だった。相手は百姓で、三十のときに死んじまったんだ。(ミュージシャンに)ちょっとやめとくれ?
こっちはおいぼれババアだよ……そんなところでギュインギュインやられた日にゃ、あたしの声が聞こえないだろ!(自分に)気配りってもんがないよ!(青年に)気配りってもんがね! 青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ! おばあちゃん:(しばらくボーっする。ハッと気づいて再び観客に)亭主は三十んときに死んじまったんだ。(ママを指して)そんでもってあそこのブタ女を、女手ひとつで育ててさ、想像してみとくれよ。なんてこった!(青年に)あんたはどうして雇われたの? 青年:あいや……前からいたんですよ。 おばあちゃん:なんだい! そうかい! ハッハッハ。いい体してるねえ、あんた。 青年:(力こぶを作って)どんなもんです。(と体操を続ける) おばあちゃん:あらま。こりゃたまげた。やるじゃないのさ。 青年:(甘く)やるでしょう。 おばあちゃん:生まれはどこだい? 青年:南カルフォルニアです。 おばあちゃん:(納得して)納得納得。名前はなんての? 青年:さあ?…… おばあちゃん:(観客に)頭もなかなかだね! 青年:あいや……その、まだもらっていないんです……事務所から。 おばあちゃん:(青年を眺め回して)おやまあ……まあまあ……そう。まだ話があるからね……そこにいておくれ。 青年:いますとも。 おばあちゃん:(観客に向き直って)ラッキー。(また青年に)あんた……役者さんだろ、ええ? 青年:(目を輝かせて)ええ、そうなんです。 おばあちゃん:(再び観客に向かって肩をすくめ)お見通しさ。さてみなさん。あたしゃね……アレをたった一人で育ててさ、あの隣の……アレがアレの亭主なんだけどね、金持ちかって? そりゃもうあんた……金、金、金で、あたしを畑から連れ出すと……ありがたいことにね……都会のお屋敷に住まわせて……くれた居場所はガスコンロの下のいいとこで……軍のおさがりの毛布から……あたし専用のお皿まで……あたし専用のお皿だよ! なんで文句なんか言えるもんかい。言えないよ。当たり前じゃないか。言えるわけがない。(空を見上げて舞台ウラの誰かに向かって)そろそろ夜になるんじゃなかったのかい?
パパ:(落ち着きなく)夜だよ。 ママ:シーッ。黙って……待つのよ。 パパ:(グチっぽく)暑いなあ。 ママ:シーッ。黙って……待つのよ。 おばあちゃん:(自分に)よしよし。いい夜だ。(ミュージシャンに)あんた、このシーンのおしまいまで弾くつもりかい?
そうかい。やさしくやっとくれ。頼んだよ。
いいねえ。
パパ:(ギョッとして)なんだいありゃ? ママ:(泣き出して)なんでもないわよ。 パパ:ええ?……カミナリか……波のくだける音か……それとも…… ママ:(涙ながらに囁いて)効果音よ……意味はわかるでしょ。 パパ:なんだっけ? ママ:(かぼそい声で)だから、とうとうおばあちゃんにその時がきたってこと……「耐えられないわ、あたし!」 パパ:(放心して)ああ……そうか、「おい、勇気を出すんだ」 おばあちゃん:そうそう、(真似をして)「勇気を出すんだ」。大丈夫。しっかりおやり。
ママ:おおおおおお……かわいそうなおばあちゃん……かわいそうな…… おばあちゃん:(ママに)あたしゃ元気だよ! ピンピンしてるよ! まだなにも起こっちゃいないよ!
ママ:おおおおおお……おおおおおお……
おばあちゃん:まだつけないどくれ……まだだよ。まだだからね。
さあいいよ……こんなとこでしょう。
こんなオモチャのシャベルなんかで、どうしろっていうんだろうね。 パパ:ママ! お昼になったよ! ママ:(明るく)そうね! そうよ! 長い夜が終わったわ。涙とはお別れ、悲しみにはさようなら……目を未来に向けましょう。それがあたしたちの務めだわ。 おばあちゃん:(シャベルで砂をかけながら)悲しみにはさようなら……目を未来に向けましょう……なんてこった!
青年:(変わらぬ笑顔で)ハーイ!
ママ:(砂箱の前で頭を振りながら)まあきれいね!……こんなんだったら、ぜんぜん悲しくないわね……なんだか……幸せそうじゃない。(自信と確信を込めて)やることやると気持ちのいいものね。(ミュージシャンに)もういいわ。おしまいよ。どうせなら、ひと泳ぎしてきたら? こっちのことはもういいから。(深い溜め息)さあパパ……あたしたちは退場よ。 パパ:よくやったね、ママ。 ママ:よくやったわね、パパ。
おばあちゃん:(二人が去った後で横になったまま)やることやると気持ちのいいもんだ……やれやれ!(起き上がろうとして)……さてさて、みなさん……(しかし起き上がれない)……ありゃりゃ……どうしたことだろう……あたしゃ動けないよ。
あたしゃ……動けないよ…… 青年:シーッ……黙って。 おばあちゃん:あたしゃ……動けないよ…… 青年:ああ……お嬢さん。僕の……僕の台詞の番なんですけど。 おばあちゃん:あらま。そりゃ悪かったね。さあさ、おやんなさい。 青年:僕はですね……ええ…… おばあちゃん:ほらしっかり。 青年:(身構えて、本物の素人のように)僕はですね、死の天使、なんです……ああ……あなたを、迎えに、来ました。 おばあちゃん:え……なんだって……(そして、あきらめて)……ああ! ……ああ! そうかい。
うん……とってもよかったよ、あんた…… 青年:(ひざまづいたまま)シーッ……黙って…… おばあちゃん:つまりね……あんた、とっても上手だったって…… 青年:(恥ずかしがって)……いやあ…… おばあちゃん:ホントだよ。そうさ。あんた、なかなか……素質があるよ。 青年:(人なつこい笑顔で)ああ……ありがとう。ありがとう……お嬢さん。
おばあちゃん:(ゆっくりと静かに)いいえ……どういたしまして……ご苦労さま。
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