![]() Tennessee Williams ![]() バーサ リーナ 少女 ![]()
ゴールディ:ねえバーサ、どうするつもり?
バーサ:(うめくように)わかんない。 ゴールディ:決心つけてくれなきゃ。 バーサ:決心なんかつかない。 ゴールディ:なんでよ? バーサ:疲れてるの。 ゴールディ:(溜め息)それじゃ答えになんないわ。 バーサ:じゃあどう言えばいいの。(波打つように寝返って)寝ながら考えたいの、あたしは。 ゴールディ:考えてんだか、何してんだか知らないけど……。もう二週間もそうやって…… バーサ:(聞き取れない声でムニュムニュ答える) ゴールディ:決心つけてくれなきゃ! この部屋は、ほかの子たちが入るんだから。 バーサ:(しゃがれ声で笑って)入れりゃいいじゃない! ゴールディ:どうやって寝るのさ、あんたと一緒に。 バーサ:なにさ!(ベッドを叩く) ゴールディ:しっかりしてよ、ねえバーサ。 バーサ:(寝返ってうめく)あたしどうしちゃったの。 ゴールディ:病気なのよ。 バーサ:頭がズキズキするの。誰かゆうべ、睡眠薬、飲ませたでしょ? ゴールディ:誰も飲ませやしないよ、そんなもん。あんたはね、なんだかうわ言を言いながら、まるまる二週間、そこで寝たきりだったんだから……だからねえ、バーサ、いちばんいいのはさ、そろそろクニへでも帰ってさ…… バーサ:帰るとこなんかないわ! ここにいる! 復活するまで! ゴールディ:そんな状態で、バーサ! ここにはあんたの居場所なんかないんだよ。この部屋だって、使ってもらわなきゃ…… バーサ:ほっといて……、すこし休んだら、また働く。 ゴールディ:バーサ! お願いだから、決心してよ!
バーサ:(ゆっくりと顔を向け、うつろに)決心ってなに。 ゴールディ:ここを出て、どこへ行くかってことさ。 バーサ:(見つめて)……行くとこなんかないわ。お願い、ほっといて。すこし休みたいの。 ゴールディ:ほっといたら、あんたはなんにもしないで、そうやって、この世の終わりまで寝たっきりじゃないの! バーサ:(聞き取れない声でムニュムニュ答える) ゴールディ:バーサ! あんたがはっきりしてくれないと、あたしは病院から車を呼んで、あんたを連れてってもらうしかないのよ。いい子だから、今ここで決心してさ…… バーサ:(身をこわばらせて)決心ってなに。あたし疲れてるの。ボロボロなのよ。 ゴールディ:じゃいいわ!(ハンドバッグを開けて)じゃあこの五セント玉で、今から電話をかけてくるから。ここに言うことを聞かない、病気の女の子がいますって。 バーサ:(野太く)行けば。 ゴールディ:(気を変えて)……ねえバーサ。もう一度手紙を書いてみたら? ほら、あの男、なんてったっけ、メンフィスで金物屋だかなんだかやってるっていう……? バーサ:(反射的に)チャーリー? やめて! あんたなんかに、あの人の話をされたくない! ゴールディ:まあ! よくもそんな口がきけたものね……こっちは好意でおいてやってるんでしょ。そうでしょ? この二週間、あんたは一円でも入れてくれたの? バーサ:チャーリーは……チャーリーは、あたしの大事な人なの……(あとは泣き声になって聞こえない) ゴールディ:だからなによ? それこそ、あんた、じゃあ手紙を書きなさいよ。もうどうにもダメだから、ここからあたしを連れ出してくださいって。 バーサ:(ムカっとして)嫌よ! あの人に頼るのなんて。だって、あたしのことなんかみんな忘れてるわ。名前も、顔も……(と、ゆっくりと片手で体をさすって)寝てる間に、誰かに体を切り刻まれたみたい…… ゴールディ:しっかりしてよ:、バーサ。もしその人にお金があるんなら、あんたの病気が直るようにって、いくらかでも、送ってくれるかもしれないじゃない。 バーサ:もちろんお金はあるわ。金物屋をやってるんだから。それくらい、あたしにだってわかる。あそこで働いてたのよ、あたし……あの人、よく言ってくれた。困ったらいつでも俺に言ってくれって……あの裏部屋で、二人っきりで…… ゴールディ:それだって忘れちゃいないわ、きっと。 バーサ:あの人、知ってる、なにもかも。あたしがこんなふうに、落ちぶれたことも……あの人と別れて、このセントルイスへ来てから。(平手でベッドを叩く) ゴールディ:そんなことないわ、バーサ。知らないと思うわ。 バーサ:(弱々しく笑って)あんたでしょ。あんたが手紙で知らせてるんでしょ。あたしのことを。なにからなにまで! ゴールディ:バーサ! バーサ:(聞き取れない声で)その下品な口でネチネチネチネチ! ゴールディ:ねえバーサ、あたしたち友達じゃない。 バーサ:それにもう結婚してる。 ゴールディ:ほんのちょっと、ハガキでもいいじゃない。ね。ちょっと困ったことになりましたって。向こうだって自分で言ったことを思い出すわよ、きっと。なんでも言ってくれって言ったんでしょ。 バーサ:……ねえ、ほっといて……体じゅう壊れそうなの。 ゴールディ:(あとずさって、客観的にバーサを眺め)お医者さんを呼ぼうか? バーサ:いい。
ゴールディ:神父さんは? バーサ:(シーツに爪を立てながら)いいって言ってるでしょ! ゴールディ:あんたの宗派、なんだっけ? バーサ:いいわよ。 ゴールディ:カトリックだっけ? そう言ってなかった? バーサ:言ったかもしれないけど、それがなに。 ゴールディ:ほら覚えてない? ローズ・クレーマーの時みたいにさ、修道院かどこかに頼めば、あんた、よくなるまで部屋をあてがってもらえるかもしれないわよ……どうバーサ? バーサ:嫌よ、修道院なんて! お願いだからほっといて。ゆっくり休ませて。 ゴールディ:バーサ、あんたの病気はね……もうどうしようもないのよ、バーサ!
バーサ:……どうしようもないって? ゴールディ:そういうことよ。べつに脅かしたかないけど…… バーサ:(嗄れた声で)死ぬってこと? ゴールディ:(考えて)……そうは言ってないわ。
バーサ:でもそういうことなのね。 ゴールディ:万が一よ。もしものことだってあるわけだし。ねえ。ほうっておくわけにもいかないのよ…… バーサ:(起き上がろうとして)死ぬんなら、あたし、書く、チャーリーに手紙を。あたし、あの人に聞いてほしい…… ゴールディ:懺悔だったら、あんた、神父さんの方が…… バーサ:嫌よ! 神父なんて! 嫌! チャーリーよ! ゴールディ:だけどあの、キャラハン神父はね…… バーサ:嫌! チャーリーがいい! ゴールディ:チャーリーはメンフィスでしょ。メンフィスで金物屋をやってるんでしょ。 バーサ:そうよ、セントラルアベニューの563…… ゴールディ:彼には、あたしからから書いてあげるから。ね。あんたの体調のことをさ。どう? バーサ:(考えて)……いい。「元気?」って、それだけ書いてくれれば。(と壁に向かって顔を背ける) ゴールディ:ほかにもなんか言わなきゃ、バーサ。 バーサ:いい。それだけでいい。「元気? バーサより」。 ゴールディ:それじゃなにがなんだかわからないじゃないの。 バーサ:わかるわよ。「元気? バーサより、チャーリーへ、愛を込めて」って。わかんない? ゴールディ:わかんないわよ! バーサ:わかるわよ。 ゴールディ:(ドアに向かう)病院に電話して車をよこしてもらったほうがいいようね。 バーサ:やめてよ! 死んだほうがマシよ。 ゴールディ:そんな状態でここにはいられても困るのよ、バーサ! いい、あんたみたいになっちまった子にいられたら……。そうよ、こっちだってしかるべき処置を取らなけりゃ、どうなっちまうかわかったもんじゃないんだ……
バーサ:……そう。おっしゃる通り。ゲームのルールくらい、あたしだって知ってる。(輝くような、遠い目でゴールディを見つめて)一度堕ちたらそれっきり、二度と這い上がれない!(頭を振ってまた横になる。ひとしきり、こぶしでベッドの脇を叩いてから、力を抜き、腕を垂らす) ゴールディ:ねえバーサ。考えてもごらん。病院に行けば、清潔な、きれいな部屋で、まとな食事をして、好きなだけぐっすり眠れるのよ。 バーサ:そこで死ねって! 手を貸して!(と起き上がろうとして) ゴールディ:(近寄って)興奮しないで、バーサ。 バーサ:手伝って! ねえ! あたしのガウンどこ? ゴールディ:バーサ。起きられるような体じゃないのよ! バーサ:黙れ! このくそババア! リーナはどこ? あの子に手伝ってもらって、こんなとこ出てく。 ゴールディ:で、どうするの? バーサ:出てくのよ。 ゴールディ:どこへ? バーサ:関係ないでしょ、あんたには!
ゴールディ:そう。じゃリーナを呼んでくるわ。 バーサ:待って!(痛々しく立ち上がると、ドレッサーに向かってよろめいて)そのトレイの下を見てくれる。その、クシとブラシの乗ってる……(あえぎながら、揺りイスにくずれ込む)……その下に、五ドルあるから。 ゴールディ:バーサ。あんたにお金なんかあるわけないでしょう。 バーサ:どういうことよそれ? ゴールディ:どうもこうも、病気になってからこっち、なんであんたにお金なんかが…… バーサ:嘘よ! この嘘つき女! ゴールディ:(ムカついて)なによ。その口のきき方!
バーサ:リーナを呼んで。あの子なら嘘はつかない。 ゴールディ:(ドレッサーのほうへ)ほらよく見な、バーサ。これでどう? このトレイの下には……ほら、ね、なにもないじゃない。あるのはハガキ一枚、それも大昔に、チャーリーから来た。 バーサ:……盗まれた……盗まれた……(しだいに速く)ひとが疲れて、具合が悪くて、動けないでいるうちに、チキショウ! 盗まれたあ! こんなところ、あたしが元気だったら、たたき潰してやる! とられたもんは取り返すわ! でなきゃあんたから盗み取ってやる、チキショウ…… ゴールディ:自分で使ったんじゃない。ジンを買ったんでしょ、それで。 バーサ:違うわ! ゴールディ:火曜日の晩でしょ。あんたが倒れた晩。あんた自分でジンを買ってきたのよ。誓ってもいいわ、神様に。 バーサ:神様なんか死んじまえ! リーナを呼んで! 陰謀よ!(立ち上がってフラフラとドアへ)リーナ! リーナ! 警察を呼んで! ゴールディ:(動揺して)なに言ってるの! バーサ! バーサ:(さらに大声で)警察を呼んでよ!(力尽きてドア脇にくずれ落ちると、激しく泣いて片手で目を覆う)
ゴールディ:おとなしくなさい、バーサ。ほらここに座って。 バーサ:(くってかかって)おとなしく? この淫売! 警察を呼んでよ。警察を……チキショウ!
……訴えてやる。おしまいよ。あんたなんか。あんたなんか、死んだ黒んぼの死体からだって小銭を盗むんじゃないか。笑わせんじゃないわよ! 心が広いんですって? 入ってくるなり、ひとのご機嫌をうかがっちゃってさ……なにが神父よ。なにが懺悔よ……警察を呼びなさいよ!(壁を叩いて泣きじゃくる) ゴールディ:(どうしようもなく)さあ、ベッドに戻って。今、鎮静剤とアスピリンを持ってきてあげるから。 バーサ:あたしの25ドル返して! あんたが盗んでった25ドル! ゴールディ:バーサ…… バーサ:返して! 訴えてやる!(口からヨダレがキラキラと糸をひき、分裂症患者の発作のように立ち尽くして)……この町には知り合いがいっぱいいるんだ。あんたなんか一発でぺちゃんこになっちゃうような知り合いがさ……ハメようたってぜんぜんヘッチャラなんだよ!(と目をキッと見開いて)宿無しか? アハハ!(と狂気じみた笑い)笑わせんじゃないわよ。憲法じゃ、人権ってもんが保証されてんだ!(と笑い止み、揺りイスまで行って崩れ込む) ゴールディ:(非常な恐怖でもってバーサを見ていたが、やがて恐る恐るその脇を通って、怯えたように息を飲むとドアから出ていく) バーサ:ねえチャーリー。チャーリー。あたしのあなた。あなた!(頭を揺さぶって苦痛の中で微笑んで)ひどいことしたわね、あなた。あたしを捨てて、コーラスガールと結婚したりして……ああ! 好きよ。あなたが好きよ。胃が捩れるくらい……(と陶酔感は去り、再び精神分裂的な疑惑に戻って)あのくそババア! どこに行った? あたしの10ドル! あたしの10ドルはどこ! ねえ! 返しなさいよ! ひとの金に手なんか出したら、どうなるかわかってんの!……ねえ、チャーリー……頭が痛いの。ダメ。今夜は行かないで。(揺りイスから立ち上がり)氷枕! 頭が痛いの! 二日酔いなの!(と笑って)宿無しか? アハハ。笑わせんじゃないわよ。弁護士を呼んでこいってんだ。この町じゃ、あたしはちょっとした顔なんだからね……(と笑う)笑わせんじゃないわよ。
(薄目で見て)誰? リーナ:あたし。リーナ。 バーサ:ああリーナ。こっちに座って。楽にして。タバコは? あたし気分がよくないのよ。タバコなんかないか。あいつが持ってっちゃったのよ。なんでも持ってっちゃうのよ、あいつ。さあ座って、ねえ…… リーナ:(ドア口で)ゴールディが、あなたの様子がよくないって。だから、今夜はちょっと顔を出しただけなの。 バーサ:そう? 笑っちゃうわね。……大丈夫よ。今夜からまた働くわ。ホントよ。いつだってあたしはちゃんとやってきたでしょ? 負けたことなんかなかったでしょ? そりゃ今は、ちょっとね、ツイテないけど……でも大丈夫!
大丈夫よ。リーナ。やれるわよ。まだそんな年じゃないもの。まだ見られるでしょ、あたし? ねえリーナ? リーナ:ええそうよ。バーサ。 バーサ:なによ。その笑い? リーナ:笑ってなんかいないわ。 バーサ:(薄く微笑んで)まだ見られるって聞いたら、あんた笑ったわ。
リーナ:違うわ。勘違いよ。バーサ。 バーサ:(しゃがれた声で)いいわよ、リーナ。あたしはね、この町の市長とだって昵懇なの。二人はそういう仲なの。わかる? だからあんたがあたしをハメようたって、ぜんぜんヘッチャラ。へでもないわ。……宿無しか? アハハ。ホント、笑わせんじゃないわよ! リーナ! あたしのスーツケースはどこ! あたしのスーツケース……(体をひきずるように部屋を歩き回って、最後にベッドに雪崩れ込む) リーナ:(ベッドに近づく) バーサ:……ダメ。疲れてるの。寝かせて。頭がシャンとするまで……:
ゴールディ:どうバーサ? 決心はついた? バーサ:決心ってなに? ゴールディ:どうするつもり? バーサ:ほっといて。疲れてるの。 ゴールディ:(何気なく)そう。病院には電話しといたわ。あなたを連れに、車をよこしてくれるって。きれいでさっぱりした部屋に入れてくれるってよ。 バーサ:いっそ川に捨てたら? そのほうが税金だって無駄使いしないで済むわ……そうか。この体が川を汚染するほうが恐いか。じゃあ焼くんだね。それが、この体の毒を消すたった一つの方法……笑わせんじゃないわよ! リーナ、その女を見な。その淫売女を。自分じゃ心が広いと思ってる、その女を! 笑わせないでよ。広いのはケツの穴だけじゃないか。この、淫売! 入ってくるなり、人のご機嫌うかがってさ、神父を呼ぶだの、慈善病院に入れるだの……関係ないわよ、あたしには! ゴールディ:そういう口のきき方はよしたほうがいいんじゃない? 拘束服を着せられるわよ。 バーサ:出てけ!(グラスを投げつける) ゴールディ:(悲鳴をあげて逃げ去る) バーサ:(リーナに)さあ座って……手紙を書いてくれる? 紙はその、キューピーの下にあるでしょ。 リーナ:(ドレッサーの上を見て)ないわ。バーサ。 バーサ:また盗まれた! リーナ:(ベッド脇のテーブルへ行って便箋を取って)これじゃない。バーサ。 バーサ:そう? さあ、じゃあ書いて。宛名は「チャーリー・オーリッチ様。メンフィスでいちばんの金物屋の社長様へ」。いい書いた? リーナ:住所は? バーサ。 バーサ:セントラルアベニューの536。いい? そう……「親愛なるチャーリー。あいつら、あたしを精神病院に閉じ込めようとしています。法律上の手続きも踏まずに、罪を犯したと言って」……いい? リーナ:(手を止める) バーサ:「でもあたしは完全に正気なの、チャーリー。狂っちゃいないの。今もこれからも」……いい? リーナ:(下を向いて書くふりをしている) バーサ:「連れに来て、チャーリー。あたしをここから連れ出して。あなた。昔を思い出して。愛とキスを送ります。あなたのバーサより」……待って。追伸。「奥様はお元気で……」ダメ! 消して! 関係ないわ、そんなこと。全部書き直し。全部……
バーサ:(溜め息。ゆっくりと寝返って、濡れた髪をかきあげる)新しい紙を。 リーナ:(顔を上げて、便箋から一枚破り取る)
少女:リーナ! リーナ:いま行くわ。 バーサ:いい? リーナ:はい。 バーサ:これだけ書いて。「元気?」……「バーサより、チャーリーへ、愛を込めて」……いい? 書いた?「元気?」……「バーサより、チャーリーへ……」 リーナ:(顔を上げて、ブラウスを直しながら)はい。 バーサ:「愛を……
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