作:サム・シェパード
Sam Shepard

登場人物

ジョー
ボブ
ジョン

いちばん上手の奥まった所に水場があるだけ。あとは何もない部屋。
三枚の壁。奥のパネルにはドア。
上手前の床にコーヒーポットの乗った電熱器。床には、紙屑、缶、雑多なゴミが散乱している。
下手奥の角にゴミバケツ。壁は非常に汚れている。
照明は舞台全体を明るく照らし、特に水場だけ際立たせないように。

ゆっくりと明るくなると、舞台前、客席に向かって、ジョンが電熱器のそばで膝を抱え、スプーンでポットの中のものをかき混ぜている。
ボブは水場のまん中に立ち、飛んだり跳ねたりの大笑い!
ジョーも奥のドアの前にホウキを持って立ち、一緒に笑っている!
三人ともボロボロの汚い格好。
ボブとジョー、爆発的に笑いくずれる。床中を転がり、足をバタバタして、やがて笑い止む。
間。

ジョン:(スプーンでポットを叩いて)これがコーヒーかあ? 豆の代わりにゃ茶色い粉で、ミルクの代わりにゃ白い粉、砂糖の代わりにゃサッカリン。水だきゃ本物いれて、よーく混ぜりゃあ、コーヒーの出来上がり。

ボブ:混ぜろ混ぜろ。

ジョン:やってるよ。

ジョー:三位一体だ。

ジョン:三位一体水だ。

ジョン、ポットから三つのカップに「コーヒー」を注ぐ。
一つをボブに、一つをジョーに、最後の一つを取って床に座る。
ボブとジョーも座る。
三人、カップを前にして、しばし間……。
ボブ、ズルズル音を立ててすする。
間。
ジョー、大きく音を立ててすする。
ジョン、さらに大きい音を立ててすする。
三人、同時に立ち上がってカップを床に叩き付ける。
ボブとジョン、破片を床一面、あちらこちらへと蹴散らす。

ジョー:よせよ!(ホウキでもって破片を集めようとする)

二人、蹴り続ける。

よせって! 散らかしちゃマズイって! よせよ!

二人、やめる。
ジョー、ホウキで破片をまとめ始める。

ジョン:いいねいいね、ジョー。

ジョー:はいはい。

ジョン:うまいもんだねえ。

ジョー:はいはい。

ジョン:俺にもやらせろ。

ジョー:やだよ。

ジョン:いいじゃねえか。

ジョー:やだ。

間。
ジョー、掃く。それから破片を集めると、ボブとジョンを見る。
二人、それを再び床一面に蹴散らして、笑いながらドアから出ていく。
ジョー、それを見送り、再び掃き始める。

ジョー:いいさ、いいさ、こんなところ、どうせ、ゴミだらけなんだから……。ただよお、裸足で歩いたらよお、怪我するだろうってさ、思っただけさ。

掃き続ける。

それだけさ。どっちにしたって、こんな田舎、出て行くんだから。いいさ。

止まり、ドアに向かって怒鳴る。

大したことじゃねえよ! 聞いてんのか?

また掃き出す。

ガラスだけじゃない! 瓶のフタに、缶に、剃刀の刃だ! 裸足で歩いたら、おおごとだあ。掃いてるだぜ。マジでなんとかしようなんて思ってねえよ。マジだったら、消防車呼んで来いってんだ。壁だろうが、床だろうが、いっぺんに吹き飛ばしゃあいいさ! 強烈な熱湯噴射だ! 完璧じゃねえか!

と、ゴミバケツを引っ張ってくる。破片をバケツに入れながら、

でも許可書とかいるかな、きっと。いくらかかるんだろ? 本物の消防士を雇って、吹き飛ばしたら? するわけねえって、んなこと。消防士が、バシャーって、壁をぶっ倒したら、テーブルなんか、野次馬の目の前まで流れてって、そこらじゅう乾くまで一週間はかかる。床じゅう水溜まりだ!

ゴミバケツを角まで戻す。そして、電熱器のところへ。

バカだぜ。ほっとけよ。こんなところ、すぐ出てくんだから。

ポットの中をのぞく。

コーヒーか。

ジョンがリンゴを食べながら、ドアから入ってきて、舞台奥に立つ。
ジョーを見て、シャキッと大きな音をたててリンゴを食べる。

粉水じゃねえか……、バカだぜ! いくら考えてもムダだ。火事んなりゃ、水の噴射が壁までぶっ壊しちまうんだ。また建て直しだ。

ジョン:でも火は消えるよな。

ジョー:(振り向かずに)消えるさ。でも壁が壊れる。木材もセメントもぜんぶ木っ端微塵。火事のたんびに大洪水。ったく、水の使い道てのはほかにもあるだろ?

ジョン:化学さ。酸素だよ。水は酸素を遮断する。単純さ。

ジョー:そうさ。それで消防士たちは、そこらじゅう水溜まりの中でニヤリと笑う。火は消えた。水溜まりの中で、野次馬がくすぶるゴミの山を見つめてる。消防士たちはまたニヤリと笑って、ホースをまとめると、車に戻って、笑顔で手を振りながら闇の中へと去ってゆく。人々の前には、ゴミの山……

ジョー、振り返ってジョンを見る。

ジョン:なんだよ?

ジョー:リンゴ!

ジョン:そうだよ。

ジョー:どうしたんだあ?

ジョン:俺のだよ。

ジョー:どうしたんだあ?

ジョン:お前には関係ない。

ジョー、ゆっくりジョンに寄っていく。ジョン、後ずさる。

ジョー:なあ、ジョン。それは新種の赤リンゴだぜ。

ジョン:だから?

ジョー:シャッキっていうんだ。

ジョン:シャッキって?

ジョー:シャッキって、音がするんだ。

ジョー、ゆっくりジョンに寄っていく。ジョン、後ずさり、舞台をまるく回り出す。

ジョン:うまい。ワシントン・デリシャスだ。

ジョー:うまそうだ、ジョン。

ジョン:来るなよ。

ジョー:青いのは食べたことあるんだよ、俺。でも赤いのはまだなんだ。

ジョン:青いのは料理用さ。

ジョー:赤くてシャッキと音がする。

ジョン:そうだよ、来るなよ。

ジョー:ワシントン・デリシャス。

ジョン:おい、離れろって、俺のリンゴから。

ジョー:リンゴジュース! リンゴジュースを作ろう!

ジョン:食ってんだよ、もう!

ジョン、ガブリと食らいつく。ジョーは追い続ける。

ジョー:ぜんぶ食う気だな。

ジョン:俺のだって言ってるだろ、バカ。食うに決まってる。

ジョー:ジュースはどうするんだよ?

ジョン:おまえが言ってるだけじゃねえか。来るなよ。

ジョー:塩をふるとうまいんだぜ。

ジョン:バカ言え。

ジョー:うすーくスライスしてさ、塩をふるんだ。たまらんぞ、ジョン。角切りリンゴって言ってさ。

まわるスピードが早くなる。ジョン、後ずさりしながらリンゴを齧り、ジョーはあとを追う。

皮も食べた方がいいんだ。タンパク質が採れる。種も食べられるし、芯はゆでれば、スープになる。塩をふるんだ。塩と胡椒。たぶん砂糖も。砂糖と塩と胡椒だ。わかるか? ジョン。それで数日寝かせてから、まる一週間、煮込むんだ。本物のリンゴシチューだぜ。赤いワシントン・デリシャス・リンゴシチューが食えるんだ!

ジョン、笑ってドアから去る。ジョー、舞台中央に立ち尽くし、ドアに向かって怒鳴る。

腐ってるぜ、そんなリンゴ! いいか、ジョン! リンゴってのは木になるんだ! 青いのも赤いのも! おまえがポケットに詰め込んでるのと同じくらい、どっさりとな! 俺は嫌というほどリンゴを見てきた! うんざりするくらいだ! 覚えとけ! 今度どっさり持って来てやるからな! 持てるだけ持って来てやる! 1トンだ! そこらじゅうリンゴだらけだ! ワシントンだけじゃないぞ!

ジョー、床のゴミを蹴りながら、あてどなく歩きまわる。

なんだよ、ワシントン・デリシャスって? ホントかよ? なんでもかんでもブランドじゃねえか。バカバカしい、誰だ、リンゴに名前なんかつけやがったのは? 「フロリダ・オレンジ」、これもだ。「メイン・チェリー」!「ウィスコンシン・チーズ」!「ミネソタ・カイワレ」!「アリゾナ・ホウレンソウ」!

ゴミを蹴散らしながら、わめき出す。

「ニュージャージー・コッテージチーズ」!「ネブラスカ・マヨネーズ」!「オクラホマ・粉ミルク」!「カリホルニア・スクランブルエッグ」!「ベトナム・皮付きトウモロコシ」!「メキシコ・ピーナッツバター」!「アラスカ・チューリップ」!

止まる。舞台前を横切り、ポットをのぞく。間。

おい、ジョン! ジョン! おい、ボブ! コーヒー飲まないのか? 沸いてるぜ。いい具合だよ。飲みたきゃ飲めるんだ、熱いコーヒーが!

ドアに向かって、

おい! もう飲めるって! リンゴを持ってこっち来いよ。俺がコーヒーを提供してやるからさ。三人分は楽にあるって。おまえらはリンゴ持ってる。おまえらにはリンゴ、俺にはコーヒーだ!

ボブ、リンゴを持ってドアから入ってくる。ジョーと向かい合って、舞台奥に立つ。

やあ、ボブ。

ボブ:やあ。

ボブ、ジョーを見て、リンゴを齧る。

ジョー:コーヒー飲まないのか?

ボブ:カップを割っちまったろ。

ジョー:ああ、そうだな。

ボブ:ポットからじかには飲めねえだろ?

ジョー:きっとな。

ボブ:どうやって飲むんだ?

ジョー:さあ? どうだろう?

ボブ:もうないだろカップは、ほかに?

ジョー:きっとな。

ボブ:で、お湯は沸いてると?

ジョー:そう、いい具合なんだ。

ボブ:飲みてえなあ、本物のコーヒーが。

ジョー:ああ。

ジョー、ボブを追いかける。二人、話しながら、まるく回り始める。

ボブ:最悪だ、カップを割るなんて。

ジョー:最悪だ。

ボブ:でなけりゃ、ホントに飲めた。

ジョー:ミルクと砂糖を入れて。

ボブ:お好み次第だ。

ジョー:床にゆったり寝そべって、だべりながらさ。

ボブ:いいねえ。

ジョー:最悪だ。

ボブ:いつかできるさ。

ジョー:できるさ。

ボブ:腐るほどカップを持って、床に座って飲むんだ。

二人、周りながら、笑い出す。

ジョー:掃除さえすりゃ座れるんだ。

ボブ:こんなガラクタ、ぜんぶ捨てちまえ。

ジョー:きれいさっぱりバケツに突っ込んで、道に放り出しちまえ。

ボブ:窓から投げろ。

ジョー:誰かにぶつかったりしてな。

ボブ:頭が木っ端微塵!

ジョー:重いから。

ボブ:マジで潰れるぜ。

二人、大きく笑う。

ジョー:グチャグチャだぜ。

ボブ:ゴミバケツで大量殺人。

ジョー:女だろうが、子供だろうが。寝たきりジジイのために、ジャガイモを買ってるババアだろうが。

ボブ:容赦しない!

ジョー:袋一杯のジャガイモを抱えたババアが、エッチラオッチラやって来る。すると、この、ゴミバケツが当たって頭がパカンと割れちまう。

ボブ:あたり一面、ジャガイモの海!

ジョー:何が飛んできたのかもわからねえ!

ボブ:あとは道を埋め尽くす人だかりだ。そこらじゅうから駆けつけて、どいつもこいつも頭の潰れたばあさん囲んで騒いでる。

ジョー:わめき叫んで、一目見ようと死にもの狂い。

ボブ:まだまだ増えるぜ、人の波!

ジョー:どこもかしこもあっちもこっちも!

ボブ:さて、お次はどうするね?

ジョー:どうするね?

ボブ:窓の外を見る。

ジョー:んで?

ボブ:リンゴを投げるんだ!

ジョー:投げろ! 投げろ!

ボブ、ジョーにリンゴをトス。代わる代わる投げ合って回り続ける。

ボブ:投げたら隠れろ。そうすりゃ、どっから飛んで来るのかわからない。

ジョー:リンゴが空から降ってくる!

ボブ:そういうこと! リンゴが空から降って来て、頭蓋骨を打ち砕く!

ジョー:まだまだ来るぜ、人の波!

ボブ:とうとう呼ばれる、警察官!

ジョー:鳴り渡る、サイレン!

ボブ:どいつもこいつも頭が血まみれ!

ジョー:叫び渡る、阿鼻叫喚!

ボブ:だが警察にゃ、何がなんだかわからない!

ジョー:一緒になって当たっちまう。頭が血まみれの警官が、道端にゴロゴロ。

ボブ:リンゴロゴロ!

ジョー:ついに出動、国防軍!

ボブ:戦車だ! 戦車と装甲車が、ゾロゾロ道を埋め尽くす!

ジョー:リンゴが空から降ってくる!

ボブ:空に向かって一斉射撃!

ジョー:みなさん! 外に出ないでください! リンゴが空から降って来ます!

ボブ:これは非常事態です!

ジョー:我々は、これより空に向かって一斉射撃を開始します! これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないのです!

ボブ:外に出ないでください! 今から十秒後に攻撃を開始します!

ボブ、リンゴを受け取ると、二人、回るのを止め、空に向かって一斉射撃を開始する。

ジョー:バヒューン! バヒューン! バババン!  

ボブ:みなさん! 我々は決してひるみません! 外に出ないでください! リンゴはまだまだ大量に残っている模様です!

ジョー:ババン! ババン! 必ずやいつの日か、我々は勝利することでしょう!

ジョー:ヒュー! ババーン! 我々は確信しております!(客席に)みなさん! これがリンゴの最後なのです!

ジョンがリンゴを持ってドアから入ってくる。
ボブとジョー、床に座る。ジョン、二人を見る。

ジョン:コーヒーは?

ボブ:ないよ。

ジョー:コーヒーはあるけど、カップがないんだ。

ジョン:最悪だ。

ジョン、ドアから出ていく。

ボブ:(座ってまま)掃除しなきゃな。

ジョー:ああ。

ボブ:ちょちょちょっと掃きゃ、あとは力仕事なんだ。

ジョー:掃くのはいいさ。

ボブ:そうだな。

ジョー:よく車道を掃きまくったもんさ。

ボブ:へえ?

ジョー:葉っぱなんだ。葉っぱと泥が車道を覆っちまうんだ。一回やって25セント。

ボブ:25セント?

ジョー:そうだよ。車道ってのはけっこう長い、それほど簡単じゃない。

ボブ:だろうな。

ジョー:朝6時に起きて開始だ。

ボブ:すげえ早いな。

ジョー:知らねえよ。早起きしたかったんだろ。それでも8時には終わっちまう。

ボブ:それも早いな。

ジョー:ときどきホースを使うんだ。葉っぱなんか水流噴射であっという間さ。

ボブ:そりゃ、早いわな。

ジョー:早いさ。金は歩合で時間じゃない。問題なしだ。

ジョンが再びドアから入って来て、ジョーとボブを見、リンゴを齧る。ボブも齧る。二人は喋り続ける。

ボブ:芝生刈りならやったけどな。

ジョー:俺だってやったぜ。やったけど、片っ端から仕事を取っちまう先輩がいたんだ。

ボブ:なんで?

ジョー:なんでったって、そうなのさ。そいつは運転が出来たし、車も持ってたし。ステーションワゴンさ。機械だって自前のをぜんぶ持ってた。まず普通の芝刈機だろ、それから縁を刈る芝刈機に、仕上げの芝刈機、それから、いろいろさ。口もうまい。芝生を持ってるバアさんは、揃いも揃って奴の笑顔にコロリとまいっちまう。毎朝、牛乳や新聞を届けたりもして、従順な飼い犬みたいにさ。なんでもやる。バアさんは揃いも揃って歩けない。それだけじゃない。オレンジジュースやら肝油やらカルシウムの錠剤やら、ありとあらゆる不健康食品も買ってきてやる。ついには、バアさんちまで乗り込んで、掃除機はかけるわ、皿は洗うわ、ナイフは磨くわ。もうすっかり、バアさん連中のアイドルさ。まるで実の息子みたいにさ。

ボブ:ホモじゃねえのか、そいつ?

ジョー:それから奴は、新しい車を買った。案の定、トラックだ。真っ赤なピックアップトラック。それに白いペンキで脇に「マイクズ・ガーデニング・サービス」と書いた。まだ学校も出ないうちから、いっぱしのビジネスを開始しやがったんだ。奴は、町中の芝生を持ってるバアさんの所へ行って、芝生を刈ったんだ。緊急時の呼び出し電話番号まで持ってた。

ボブ:医者みてえだな。

ジョー:そう。時には真夜中に呼び出されることもあった。

ボブ:なんで?

ジョー:わからねえ。わからねえが、奴はわんさか稼いだ。すると、バアさんどもがわんさか町に引っ越してきた。次から次へと、奴の噂を耳にして、そこらじゅうから集まって来た。それが揃いも揃って、白い家と緑の芝生を持ってるバアさんだったんだ。奴はさらに忙しくなって、人を雇って手伝わせるようになった。やがてそれは、ガーデニングスペシャリストのチームへと編成された。俺はそこで、車道掃きのスペシャリストだったってわけ。奴はいろんな仕事に人を派遣して、自分はスーツを着ると、ピックアップトラックに乗ってチェックして回るようになった。

ジョーが話し続ける間、ジョン、舞台前を横切ってポットをのぞく。


学校なんか止めちまった。ビジネスがますますでかくなっていったんだ。なんてったって、緑の芝生と白い家を持ってる、町中のバアさんだぜ。奴はそこへ行って、お茶を飲み、ケーキを食べ、芝生と車道の話をして、市長から名誉市民として表賞された。さらに奴は、昼食会だの慈善団体の催し物だのに出掛けては、講演をするようになって、目のくらむような大金が舞い込んだ。園芸の手引き、化学肥料、地質改善プラン。さらに住宅問題、都市計画。ガキのリクリエーション施設に関する完璧なプランを提出して、バアさん連中にガキのリクリエーション施設をわんさか作らせようとした。それから奴は、でかくなるだけでかくなって、リッチになるだけリッチになって、町を出てったんだ。ロールスロイスかなんかに乗ってさ。そして、バアさんたちは揃いも揃って、死んじまった、いっぺんに。

ボブ:死んじまった?

ジョー:死んじまった。そのあとには誰も新入りはやってこなかった。家は荒れ放題、芝生は伸び放題、車道は葉っぱに覆われて見えなくなった。

ボブ:死んじまった?

ジョー:そういう話だ。

ジョン、客席に向かって腰をおろし、観客を見つめる。

ボブ:誰の話だよ?

ジョー:俺たちの話さ。俺たちはときどき、週末に町まで行ってみたんだ。手と手を取り合って、ビクビクしながらさ、町の入り口で、暗くなるのを待つ。ルールがあるんだ。暗くなったら、一人ずつ、出発して、一人ずつ、町の端から端まで歩くんだ。目を閉じたままで、何も見ずに、道の路肩を足の裏に感じながら、ただ歩くんだ。もし芝生に触ったら、もう迷路さ。一度、アーニーって奴がある家の中に迷い込んじまった。あとから話してくれた話だぜ、これは。そいつは暖炉のある小さなリビングにいたんだ。床中に散乱している本の山。背の高い電気スタンドに、黄色いランプシェード。壁にはツバメと犬の絵。小さな丸いテーブルの上には、チェス盤とチェスの駒。それからそいつは、ビーズの暖簾をくぐって、中に入っていった。廊下を通ると、壁紙がプーンと臭った。そして、バカでかいバスルームへ。青く塗られたバスルームへ。そこには、腹ばいになったバアさんが寝ていたんだ、手にスプーンを握り締めたまま……。

ジョン、ポットを電熱器に叩きつける。ボブとジョー、立ち上がる。

ジョン:冷めてる!

ジョン、客席に向かって立ったまま。

ジョー:さっき沸いたばかりだ。

ジョン:それが冷めちまったんだよ。

ボブ:沸いてたんだって、ジョン、さっきはさ。俺たち飲もうとしてたんだから、コーヒーを。

ジョン:そうかいそうかい。なるほどな。冷たいコーヒーなんか飲めねえよ、なあ

ジョー、おまえ出ていくんじゃなかったけ?

ジョー:出てくよ。

ジョン:いつだよ?

ジョー:出ていける時にさ。

ジョン:いつ出ていけるんだよ?

ジョー:さあな。

ジョン:なるほど。さっきわめいてたカラスが、もうそうなるか。わめいてたよな、「こんな田舎出てってやるぜ! 大したことじゃねえ!」

ジョー:わかってる。

ジョン:それからリンゴがどうのこうの、叫んでたろ。

ボブ:それは俺もだ。

ジョン:そうだ。覚えてる。

ボブ:俺たち二人で叫んでたんだ。

ジョン:そうだ! 覚えてるよ! それが、もう冷めちまった! カップもない!

ジョー:壊れたんだ。

ボブ:俺たちが壊したんだ、覚えてるだろ、ジョン?

ジョン:そうだ! 覚えてる! じゃあ、スープでも作るか?

ジョー:いいね。

ジョン:いいね! ……じゃあ掃けよ! なんとかしろ! こんな汚いところでリンゴが食えるか!

ボブ:わかったよ、ジョン。

ジョン、舞台奥を向き、行ったり来たりしながら、ゴミを蹴散らす。

ジョン:わかったよ、ジョン! わかったよ! ドブネズミは少食だ。リンゴなんか食べずに、チーズを食べる。ドブネズミもハツカネズミも美しい!

ジョー:ハツカネズミはいないよ、ジョン!

ジョン:ハツカネズミはいないよ、ジョン! ハツカネズミは逃げたんだ。食いもんを探して出てった。田舎を捨てたんだ。あいつら列になってゾロゾロと、ドアのところで叫んでたぜ。「チュキチョウ! 出てってやるチュウ! 食いもんなんか、自分たチュで探してやるチュウ! 太ってやるチュウ! ゲップをしながらふんぞり返ってやるチュウ!」

ボブ:掃除しよう。

ジョン:掃除だ! 掃除だ! 忘れろ! リンゴはもうない! ハツカネズミも気にしちゃいない、忘れろ!

ジョン、ドアから出ていく。

ボブ:(ドアに向かって)ジョン! ハツカネズミはもういないよ! 

ジョー:(ドアに向かって)ジョン! ハツカネズミは行っちまったんだ! 

ジョンの声:いるな。何匹か見た。

ボブ:どこで?

ジョンの声:壁ん中、ゴミバケツん中、いたるところで!

ボブ:もう行っちまったんだって、ジョン!

ジョンの声:てめえが見てないだけだろ!

ボブ:どこだよ?

ボブ、ゴミバケツを、それからホットプレートの下をのぞく。

ジョンの声:ムリだ。やつらは灰色で小さくって床と見分けがつかない。簡単には見つからない。

ジョー:もういないって、ジョン!

ジョンの声:いるいるいる。探せ。

ボブ:いないよ、ジョン!

ジョンの声:いるんだ!

ジョー、ゴミバケツをのぞき、床中を探す。ボブも。

ボブ:隠れるところなんかないよ、ジョン、不可能だ。

ジョー:音だ。やつらがうごめく音を聞こう。

ジョンの声:音なんかしない。

ボブ:相手はちゃちな小動物だ。向こうに勝ち目はないさ。

ジョー:殺そう!

ジョンの声:噛みついて来るぞ。尖ったカミソリの歯で、噛みちぎられるぞ。

ボブとジョー、ゴミを蹴り出して、ハツカネズミを探す。

ジョー:骨と皮ばかりで弱ってるさ、向こうに勝ち目はない。

ボブ:ケリ一発でおしまいだ。

ジョンの声:しぶといぞ、やつらは。

ジョー:弱り切ってるって、ジョン。

ボブ:ちんけな小動物だ。逃げるだけさ。

ジョンの声:たいていのことじゃ驚かねえ。

ボブ:もう行っちまったって、ジョン。

ジョー:踏み潰せばいいんだよ、やつらの頭を、ジョン。

二人、ゴミを蹴り続け、床を見てまわる。

ボブ:ひねり潰すんだよ、やつらの首を。

ジョー:いるなら聞こえるさ。うごめくのが聞こえるさ。

ボブ:もういないんだろ、ジョン。

ジョンの声:いや、いる。

ジョー:潰せばいいのさ!

ボブ:(床を踏みならして)潰せ!

ジョー:砕け!

ボブ:潰せ!

二人、叫びながら、さらに大きく足を踏みならす。

ジョー:どこだ! ネズミ! 潰せ!

ボブ:ネズミを砕け! 潰せ! 砕け!

ジョー:ちっぽけな骨! やわな骨! 砕けろ!

ジョンの声:見つかりゃしねえ! 隠れてんだ!

ボブ:砕け! 潰せ!

ジョー:ちっぽけな、灰色の頭!

ボブ:砕けろ! このやろう!

ジョー:出て来い! ネズミ! 潰せ!

ボブ:へし折れ!

ジョー:潰せ! 砕けろ!

ボブ:どうした! 出て来い!

ジョー:短小! 灰色出ベソ! おまえのかあさんメス豚!

ジョー、ゴミバケツを床にぶちまける。ボブとジョー、ゴミを蹴散らす。わめく。叫ぶ。激しく飛び跳ねる。

ジョー:逆らったってムダだ!

ボブ:勝ち目はねえ!

ジョー:こっちの方がでかいんだ! 潰せ! へし折れ!

ボブ:出て来い! ネズミ! 砕けろ!

ジョー:スープにするぞ!

ボブ:死ね!

ボブ、ホウキを拾って、ドアに投げる。

ジョー:これで終わりだ! このやろう! おしまいだ!

ボブ:潰れちまえ! おわりだ! 出て来い!

ジョー:俺たちのほうが足がでかいんだ! 靴も履いてるんだ!

ボブ:木っ端微塵だ!

ジョー:ネズミを殺せ!

ボブ:出て来い! どうした!

水場の明かりが消える。ジョンがリンゴを食べながら、ゆっくりと水場から舞台前に出てくる。リンゴを二三個、脇に抱えて。舞台前、下手を通り、奥の水場を見遣る。ボブ、ジョー、叫び続ける。

ジョー:勝ち目はねえんだよ!

ボブ:おまえら死ぬんだよ! ホラ!

ジョー:どうした! 臆病モン!

ボブ:出て来いよ! ホラ!

ジョー:シッポが見えてるぜ! そこだ!

ボブ:ツラ見せろ!

ジョー:グシャっと潰れて死ぬんだよ!

ボブ:砕けるんだよ! 潰れるんだよ! くたばっちまうんだよ!

ジョー:死ね! 死ね! ホラホラホラ!

ボブ:あきらめろ! ネズミ!

ジョー:あきらめろ! ホラ!

ボブ:死ぬんだって!

ジョー:見えてるんだって! わかってるんだって!

ボブ:ちゃんと見えてるだって!

ジョー:そこだ! ホラ!

ボブ:おしまいだぜ!

ジョー:どうした! おい!

二人、止まる。

ボブ:そうか、わかったよ。おまえら、そこにいるんだろ!

ジョー:さあ、出て来い。

ボブ:おわりにしようぜ、なあ。

ジョー:さあ、出て来い。

ボブ:だませやしねえんだから。

ジョー:ネズミ! ホラ! 見えてんだよ!

ボブ:潰される前に出て来なきゃ。

ジョー:こんなもん全部、バラすのは簡単なんだ。

ボブ:僕たちのほうがデカイんだからな……さあ、御対面しようチュウ。

ジョー:チュウチュウチュウ?

ボブ:ムダだって。かなわないって、君たちは小さ過ぎるよ。

ジョー:しかたがない待てやろう。今夜一晩。君らの決心がつくまで。

ボブ:遅かれ早かれ、出てくることになるんだ。

ジョー:後悔するなよ。

二人、水場の両側に座って、タバコに火をつける。ジョンは大きな音を立ててリンゴを食べている。

ボブ:ジョン、俺たち、待つことにしたよ。

ジョン:いいだろう。

ジョン、下手プロセニアムの壁にもたれかかる。

ボブ:長くはかからんさ。静かにしてりゃ、こっちが行っちまったと思うだろう。

ジョン:なるほど。

ボブ:ここをバラしたっていいけど、待つ方が簡単なんだ。

ジョン:確かにな。

ボブ:だからしばらく登場しないでくれ。

ジョン:わかった。

ボブ:わるいな。

ジョー:たぶんやつらは一匹じゃない。そう長くはかからないさ。

ジョン:なるほど。

ジョー:ただもし所帯持ちだったら、こりゃ長引く。ガキが一列んなって並んでるんだ。片っ端から踏み潰して、ホウキで掃くしかないな。

ボブ:血が出るぜ。熱湯ぶっかけて、ゴシゴシやらないとな。床も壁も。

ジョー:だな。血だけは避けられん。踏みつけたとたん、破裂するんだ。特にガキは。

ボブ:まだ毛も生えちゃいない。ブヨブヨのフニャフニャだ。皮は薄っぺらで、すぐ潰れちまう。

ジョー:胎児みたいなもんだ。目も見えない。まだくっついたまんま。右も左もわからねえから捕まえるのは楽さ。

ジョン:静かにしたほうがよかないか?

ジョー:(ひそひそと)そうだな。静かにするんだ、ボブ。

ボブ:(ひそひそと)黙って座るんだ。

ジョン:しばらくかかるだろうな。

ジョー:(ひそひそ)そうだな。待とう。

ジョン:おまえらの呼吸だって聞こえちまうな。難しいぜ、ネズミを騙すのは。バットもナイフも利かない。

ジョー:(ひそひそと)そうなんだ。俺のおじさんなんかショットガンまで持ち出して、それでもムダだった。

ジョン:ピストルだろうが刀だろうが、ことごとく逃げられた。俺はじっと座って、やつらが顔を出したところへ、ぶっぱなしたんだ。たった一匹相手に、弾倉が空んなるまで。それでもそいつはエッチラオッチラ逃げちまった。

ボブ:(ひそひそと)死ななかったのか?

ジョン:死ななかった。逃げちまった。俺はぶっぱなし続けたが、やつは逃げ続けた。それからだ、しこたま子供をこしらえて、そこらじゅうを徘徊し始めたんだ。家中、血だらけになったが、誰も死ななかった。

ジョー:(ひそひそと)噛み付かれなかったのか?

ジョン:そんなスキは見せねえよ。

間。ジョン、大きくリンゴを齧る。

ボブ:(ひそひそと)ああ、コーヒーが飲みてえ。

ジョー:ああ。

ボブ:(ひそひそと)俺が見たのは、六角レンチだ。そいつは確かに殴りつけたんだ。だけどネズミは逃げてった。

ジョー:(ひそひそと)たぶんそれはドブネズミだな。もっとでかい奴だ。

ボブ:かもしれない。シッポが長かった。けど被害もなかったんだ。パーンてはじける音がしたよ。やつの脳天を殴りつけた時。

ジョン:ドブネズミはまた別だ。もっと凶暴で、窮地に追い込まれると逆襲に出る。

ボブ:(ひそひそと)口の両端にでっかい牙を持っててさ、ウミみたいな緑色のクソをケツからブラさげてるんだ。

ジョン:破傷風とかいろいろ、バイ菌も持ってる。あるインディアンの部族は、毒矢にドブネズミのウミを使う。一瞬にして獲物を殺せるんだ。

ジョー:(ひそひそと)しっぽにも気をつけろ。あと足も。ちょっとでも触ったら死んじまう。

ジョン:ドブネズミは通常、群れで行動する。十匹つづ。その点、コヨーテに似てるな。いつも腹をすかしてて、満足するってことがない。

ジョン、喋りながら、もう一つのリンゴを取り出し、空に放る。

マントヒヒも同じだ。ヒヒの中では、マンドリルっていうのが世界で一番凶暴なんだ。俺が思うに、凶暴さではマンドリルとクズリがいい勝負だな。クズリも群れで行動する。二十匹か三十匹づつ。

ボブ:(ひそひそと)見つかったってわかると、あいつら、目を閉じるんだよ。するとこっちからも見えなくなる。目を見ることができなくなるからだ。

ジョン:あっちに行ったら、おまえらに絵ハガキ送ってやるよ。マンドリルのでっかい絵ハガキがあるんだ。大変なんだぜ、手に入れるのは。写真家たちは怖がってそこへは踏み込まない。ほとんど生きて帰れた者がいないんだ。

ジョー:(ひそひそと)じゃ、いるかどうかもわからないのかよ? おい、もうそこらへんにいるんじゃないか。だって、おまえの言うように、もしやつが目を閉じてたら。

ボブ:そうなんだよ。

ジョー:音出して脅かそう。

ボブ:ダメだ。

ジョン:風景がまたきれいなんだ。完璧な野性。緑の木々に小さな湖、そこにマンドリルも水を飲みに来る。猟師たちの暮らす貧しい村が点々とあって……

ジョー:脅かそう、ボブ。

ボブ:ダメだって、静かにしてろって。

ジョン:……飛行機から下を眺めると、延々続く浜辺に、漁船が並んでるんだ。

ボブ:(ひそひそと)おとなしく座ってろ。

ジョン:マンドリルのことならなんでも知ってるガイドがいてさ……

ボブ:よーし静かだ。やつらは俺たちには気づいてない。

ジョン:……そいつの話じゃ、顔は赤と青で、ケツには毛がなくて、体はチンパンジーの倍はあって、赤茶けた毛で覆われてるんだ。

ジョー:見たのかよ、それを?

ボブ:シーッ!

ジョン:たいていは肉食だが時に、湖の近くの水植物を食べる。門歯が驚くほど犬に似ていて、骨で歯の掃除するんだ。

ジョー:(ひそひそと)脅かしたほうがいいって。

ボブ:(ひそひそと)黙ってろ。

ジョン:絶対にやつらに近づくな、そうガイドは警告するんだ。やつらは極度に気紛れで、わけもなく襲い掛かってくる。小刻みな叫び声をあげながら、四つん這いになって走る。四匹でグループを作って、情け容赦なく獲物のノドをかっ切ると、静脈を切断して、頭部を引きちぎり、まず脳ミソをかっ食らって、それから体のほうをむさぼる。手と足はぶった切って、仲間に持ってってやるんだ。

ジョー:(叫んで)脅かそう!

ボブ:(叫んで)ダメだ!

ジョー、ポットの所に行って、それを電熱器に打ちつけ出す。ボブ、それを止めようとして、闇の中で取っ組み合う。

ジョー:脅かすんだよ、ボブ!

ボブ:よせ!

二人、取っ組み合い、ジョンは話し続ける。

ジョン:なんだろうな、いつもいい天気なんだよな、俺が行くと。太陽が照っててさ、空気は澄んでて、水は底の方まで青くて美しい、ベルのように。

ボブ:いい加減にしろよ! ジョー!

ジョー、一定のリズムでポットを叩き続ける。

ジョー:ホラどうした! どうした!

ボブ:よせ! よせったら!

ジョー:ホラ! ホラ! ホラ!

ジョン:着いたらまずホテルに行くだろ。空気の匂いがまたたまらない。朝食の準備ができてて、大きな窓のそばのガラス製のテーブルに座る。座って、食べて、広い海を眺めるんだ。

ジョー、一定のリズムでポットを叩き続ける。ゆっくりと明かりが暗くなっていく。

ボブ:やめろよ! ジョー! 音を出すな!

ジョー:ホラ! ホラ! どうした! コノヤロウ!

ジョン:絵ハガキを送ってやるよ。一ダースは買って、毎週送ってやる。すごい所さ。泳ぐのもいい。水の上に仰向けになって浮かぶんだ。浮かんで、じっと空を見る。仰向けに浮かんで、じっと空を見るんだ。仰向けに浮かんで、じっと空を、見るんだ。

明かりが消える。ジョー、一定のリズムでポットを叩き続ける。