![]() Sam Shepard ![]() ボブ ジョン ![]()
ジョン:(スプーンでポットを叩いて)これがコーヒーかあ? 豆の代わりにゃ茶色い粉で、ミルクの代わりにゃ白い粉、砂糖の代わりにゃサッカリン。水だきゃ本物いれて、よーく混ぜりゃあ、コーヒーの出来上がり。 ボブ:混ぜろ混ぜろ。 ジョン:やってるよ。 ジョー:三位一体だ。 ジョン:三位一体水だ。
ジョー:よせよ!(ホウキでもって破片を集めようとする)
よせって! 散らかしちゃマズイって! よせよ!
ジョン:いいねいいね、ジョー。 ジョー:はいはい。 ジョン:うまいもんだねえ。 ジョー:はいはい。 ジョン:俺にもやらせろ。 ジョー:やだよ。 ジョン:いいじゃねえか。 ジョー:やだ。
ジョー:いいさ、いいさ、こんなところ、どうせ、ゴミだらけなんだから……。ただよお、裸足で歩いたらよお、怪我するだろうってさ、思っただけさ。
それだけさ。どっちにしたって、こんな田舎、出て行くんだから。いいさ。
大したことじゃねえよ! 聞いてんのか?
ガラスだけじゃない! 瓶のフタに、缶に、剃刀の刃だ! 裸足で歩いたら、おおごとだあ。掃いてるだぜ。マジでなんとかしようなんて思ってねえよ。マジだったら、消防車呼んで来いってんだ。壁だろうが、床だろうが、いっぺんに吹き飛ばしゃあいいさ! 強烈な熱湯噴射だ! 完璧じゃねえか!
でも許可書とかいるかな、きっと。いくらかかるんだろ? 本物の消防士を雇って、吹き飛ばしたら? するわけねえって、んなこと。消防士が、バシャーって、壁をぶっ倒したら、テーブルなんか、野次馬の目の前まで流れてって、そこらじゅう乾くまで一週間はかかる。床じゅう水溜まりだ!
バカだぜ。ほっとけよ。こんなところ、すぐ出てくんだから。
コーヒーか。
粉水じゃねえか……、バカだぜ! いくら考えてもムダだ。火事んなりゃ、水の噴射が壁までぶっ壊しちまうんだ。また建て直しだ。 ジョン:でも火は消えるよな。 ジョー:(振り向かずに)消えるさ。でも壁が壊れる。木材もセメントもぜんぶ木っ端微塵。火事のたんびに大洪水。ったく、水の使い道てのはほかにもあるだろ? ジョン:化学さ。酸素だよ。水は酸素を遮断する。単純さ。 ジョー:そうさ。それで消防士たちは、そこらじゅう水溜まりの中でニヤリと笑う。火は消えた。水溜まりの中で、野次馬がくすぶるゴミの山を見つめてる。消防士たちはまたニヤリと笑って、ホースをまとめると、車に戻って、笑顔で手を振りながら闇の中へと去ってゆく。人々の前には、ゴミの山……
ジョン:なんだよ? ジョー:リンゴ! ジョン:そうだよ。 ジョー:どうしたんだあ? ジョン:俺のだよ。 ジョー:どうしたんだあ? ジョン:お前には関係ない。
ジョー:なあ、ジョン。それは新種の赤リンゴだぜ。 ジョン:だから? ジョー:シャッキっていうんだ。 ジョン:シャッキって? ジョー:シャッキって、音がするんだ。
ジョン:うまい。ワシントン・デリシャスだ。 ジョー:うまそうだ、ジョン。 ジョン:来るなよ。 ジョー:青いのは食べたことあるんだよ、俺。でも赤いのはまだなんだ。 ジョン:青いのは料理用さ。 ジョー:赤くてシャッキと音がする。 ジョン:そうだよ、来るなよ。 ジョー:ワシントン・デリシャス。 ジョン:おい、離れろって、俺のリンゴから。 ジョー:リンゴジュース! リンゴジュースを作ろう! ジョン:食ってんだよ、もう!
ジョー:ぜんぶ食う気だな。 ジョン:俺のだって言ってるだろ、バカ。食うに決まってる。 ジョー:ジュースはどうするんだよ? ジョン:おまえが言ってるだけじゃねえか。来るなよ。 ジョー:塩をふるとうまいんだぜ。 ジョン:バカ言え。 ジョー:うすーくスライスしてさ、塩をふるんだ。たまらんぞ、ジョン。角切りリンゴって言ってさ。
皮も食べた方がいいんだ。タンパク質が採れる。種も食べられるし、芯はゆでれば、スープになる。塩をふるんだ。塩と胡椒。たぶん砂糖も。砂糖と塩と胡椒だ。わかるか? ジョン。それで数日寝かせてから、まる一週間、煮込むんだ。本物のリンゴシチューだぜ。赤いワシントン・デリシャス・リンゴシチューが食えるんだ!
腐ってるぜ、そんなリンゴ! いいか、ジョン! リンゴってのは木になるんだ! 青いのも赤いのも! おまえがポケットに詰め込んでるのと同じくらい、どっさりとな! 俺は嫌というほどリンゴを見てきた! うんざりするくらいだ! 覚えとけ! 今度どっさり持って来てやるからな! 持てるだけ持って来てやる! 1トンだ! そこらじゅうリンゴだらけだ! ワシントンだけじゃないぞ!
なんだよ、ワシントン・デリシャスって? ホントかよ? なんでもかんでもブランドじゃねえか。バカバカしい、誰だ、リンゴに名前なんかつけやがったのは? 「フロリダ・オレンジ」、これもだ。「メイン・チェリー」!「ウィスコンシン・チーズ」!「ミネソタ・カイワレ」!「アリゾナ・ホウレンソウ」!
「ニュージャージー・コッテージチーズ」!「ネブラスカ・マヨネーズ」!「オクラホマ・粉ミルク」!「カリホルニア・スクランブルエッグ」!「ベトナム・皮付きトウモロコシ」!「メキシコ・ピーナッツバター」!「アラスカ・チューリップ」!
おい、ジョン! ジョン! おい、ボブ! コーヒー飲まないのか? 沸いてるぜ。いい具合だよ。飲みたきゃ飲めるんだ、熱いコーヒーが!
おい! もう飲めるって! リンゴを持ってこっち来いよ。俺がコーヒーを提供してやるからさ。三人分は楽にあるって。おまえらはリンゴ持ってる。おまえらにはリンゴ、俺にはコーヒーだ!
やあ、ボブ。 ボブ:やあ。
ジョー:コーヒー飲まないのか? ボブ:カップを割っちまったろ。 ジョー:ああ、そうだな。 ボブ:ポットからじかには飲めねえだろ? ジョー:きっとな。 ボブ:どうやって飲むんだ? ジョー:さあ? どうだろう? ボブ:もうないだろカップは、ほかに? ジョー:きっとな。 ボブ:で、お湯は沸いてると? ジョー:そう、いい具合なんだ。 ボブ:飲みてえなあ、本物のコーヒーが。 ジョー:ああ。
ボブ:最悪だ、カップを割るなんて。 ジョー:最悪だ。 ボブ:でなけりゃ、ホントに飲めた。 ジョー:ミルクと砂糖を入れて。 ボブ:お好み次第だ。 ジョー:床にゆったり寝そべって、だべりながらさ。 ボブ:いいねえ。 ジョー:最悪だ。 ボブ:いつかできるさ。 ジョー:できるさ。 ボブ:腐るほどカップを持って、床に座って飲むんだ。
ジョー:掃除さえすりゃ座れるんだ。 ボブ:こんなガラクタ、ぜんぶ捨てちまえ。 ジョー:きれいさっぱりバケツに突っ込んで、道に放り出しちまえ。 ボブ:窓から投げろ。 ジョー:誰かにぶつかったりしてな。 ボブ:頭が木っ端微塵! ジョー:重いから。 ボブ:マジで潰れるぜ。
ジョー:グチャグチャだぜ。 ボブ:ゴミバケツで大量殺人。 ジョー:女だろうが、子供だろうが。寝たきりジジイのために、ジャガイモを買ってるババアだろうが。 ボブ:容赦しない! ジョー:袋一杯のジャガイモを抱えたババアが、エッチラオッチラやって来る。すると、この、ゴミバケツが当たって頭がパカンと割れちまう。 ボブ:あたり一面、ジャガイモの海! ジョー:何が飛んできたのかもわからねえ! ボブ:あとは道を埋め尽くす人だかりだ。そこらじゅうから駆けつけて、どいつもこいつも頭の潰れたばあさん囲んで騒いでる。 ジョー:わめき叫んで、一目見ようと死にもの狂い。 ボブ:まだまだ増えるぜ、人の波! ジョー:どこもかしこもあっちもこっちも! ボブ:さて、お次はどうするね? ジョー:どうするね? ボブ:窓の外を見る。 ジョー:んで? ボブ:リンゴを投げるんだ! ジョー:投げろ! 投げろ!
ボブ:投げたら隠れろ。そうすりゃ、どっから飛んで来るのかわからない。 ジョー:リンゴが空から降ってくる! ボブ:そういうこと! リンゴが空から降って来て、頭蓋骨を打ち砕く! ジョー:まだまだ来るぜ、人の波! ボブ:とうとう呼ばれる、警察官! ジョー:鳴り渡る、サイレン! ボブ:どいつもこいつも頭が血まみれ! ジョー:叫び渡る、阿鼻叫喚! ボブ:だが警察にゃ、何がなんだかわからない! ジョー:一緒になって当たっちまう。頭が血まみれの警官が、道端にゴロゴロ。 ボブ:リンゴロゴロ! ジョー:ついに出動、国防軍! ボブ:戦車だ! 戦車と装甲車が、ゾロゾロ道を埋め尽くす! ジョー:リンゴが空から降ってくる! ボブ:空に向かって一斉射撃! ジョー:みなさん! 外に出ないでください! リンゴが空から降って来ます! ボブ:これは非常事態です! ジョー:我々は、これより空に向かって一斉射撃を開始します! これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないのです! ボブ:外に出ないでください! 今から十秒後に攻撃を開始します!
ジョー:バヒューン! バヒューン! バババン! ボブ:みなさん! 我々は決してひるみません! 外に出ないでください! リンゴはまだまだ大量に残っている模様です! ジョー:ババン! ババン! 必ずやいつの日か、我々は勝利することでしょう! ジョー:ヒュー! ババーン! 我々は確信しております!(客席に)みなさん! これがリンゴの最後なのです!
ジョン:コーヒーは? ボブ:ないよ。 ジョー:コーヒーはあるけど、カップがないんだ。 ジョン:最悪だ。
ボブ:(座ってまま)掃除しなきゃな。 ジョー:ああ。 ボブ:ちょちょちょっと掃きゃ、あとは力仕事なんだ。 ジョー:掃くのはいいさ。 ボブ:そうだな。 ジョー:よく車道を掃きまくったもんさ。 ボブ:へえ? ジョー:葉っぱなんだ。葉っぱと泥が車道を覆っちまうんだ。一回やって25セント。 ボブ:25セント? ジョー:そうだよ。車道ってのはけっこう長い、それほど簡単じゃない。 ボブ:だろうな。 ジョー:朝6時に起きて開始だ。 ボブ:すげえ早いな。 ジョー:知らねえよ。早起きしたかったんだろ。それでも8時には終わっちまう。 ボブ:それも早いな。 ジョー:ときどきホースを使うんだ。葉っぱなんか水流噴射であっという間さ。 ボブ:そりゃ、早いわな。 ジョー:早いさ。金は歩合で時間じゃない。問題なしだ。
ボブ:芝生刈りならやったけどな。 ジョー:俺だってやったぜ。やったけど、片っ端から仕事を取っちまう先輩がいたんだ。 ボブ:なんで? ジョー:なんでったって、そうなのさ。そいつは運転が出来たし、車も持ってたし。ステーションワゴンさ。機械だって自前のをぜんぶ持ってた。まず普通の芝刈機だろ、それから縁を刈る芝刈機に、仕上げの芝刈機、それから、いろいろさ。口もうまい。芝生を持ってるバアさんは、揃いも揃って奴の笑顔にコロリとまいっちまう。毎朝、牛乳や新聞を届けたりもして、従順な飼い犬みたいにさ。なんでもやる。バアさんは揃いも揃って歩けない。それだけじゃない。オレンジジュースやら肝油やらカルシウムの錠剤やら、ありとあらゆる不健康食品も買ってきてやる。ついには、バアさんちまで乗り込んで、掃除機はかけるわ、皿は洗うわ、ナイフは磨くわ。もうすっかり、バアさん連中のアイドルさ。まるで実の息子みたいにさ。 ボブ:ホモじゃねえのか、そいつ? ジョー:それから奴は、新しい車を買った。案の定、トラックだ。真っ赤なピックアップトラック。それに白いペンキで脇に「マイクズ・ガーデニング・サービス」と書いた。まだ学校も出ないうちから、いっぱしのビジネスを開始しやがったんだ。奴は、町中の芝生を持ってるバアさんの所へ行って、芝生を刈ったんだ。緊急時の呼び出し電話番号まで持ってた。 ボブ:医者みてえだな。 ジョー:そう。時には真夜中に呼び出されることもあった。 ボブ:なんで? ジョー:わからねえ。わからねえが、奴はわんさか稼いだ。すると、バアさんどもがわんさか町に引っ越してきた。次から次へと、奴の噂を耳にして、そこらじゅうから集まって来た。それが揃いも揃って、白い家と緑の芝生を持ってるバアさんだったんだ。奴はさらに忙しくなって、人を雇って手伝わせるようになった。やがてそれは、ガーデニングスペシャリストのチームへと編成された。俺はそこで、車道掃きのスペシャリストだったってわけ。奴はいろんな仕事に人を派遣して、自分はスーツを着ると、ピックアップトラックに乗ってチェックして回るようになった。
ボブ:死んじまった? ジョー:死んじまった。そのあとには誰も新入りはやってこなかった。家は荒れ放題、芝生は伸び放題、車道は葉っぱに覆われて見えなくなった。 ボブ:死んじまった? ジョー:そういう話だ。
ボブ:誰の話だよ? ジョー:俺たちの話さ。俺たちはときどき、週末に町まで行ってみたんだ。手と手を取り合って、ビクビクしながらさ、町の入り口で、暗くなるのを待つ。ルールがあるんだ。暗くなったら、一人ずつ、出発して、一人ずつ、町の端から端まで歩くんだ。目を閉じたままで、何も見ずに、道の路肩を足の裏に感じながら、ただ歩くんだ。もし芝生に触ったら、もう迷路さ。一度、アーニーって奴がある家の中に迷い込んじまった。あとから話してくれた話だぜ、これは。そいつは暖炉のある小さなリビングにいたんだ。床中に散乱している本の山。背の高い電気スタンドに、黄色いランプシェード。壁にはツバメと犬の絵。小さな丸いテーブルの上には、チェス盤とチェスの駒。それからそいつは、ビーズの暖簾をくぐって、中に入っていった。廊下を通ると、壁紙がプーンと臭った。そして、バカでかいバスルームへ。青く塗られたバスルームへ。そこには、腹ばいになったバアさんが寝ていたんだ、手にスプーンを握り締めたまま……。
ジョン:冷めてる!
ジョー:さっき沸いたばかりだ。 ジョン:それが冷めちまったんだよ。 ボブ:沸いてたんだって、ジョン、さっきはさ。俺たち飲もうとしてたんだから、コーヒーを。 ジョン:そうかいそうかい。なるほどな。冷たいコーヒーなんか飲めねえよ、なあ ジョー、おまえ出ていくんじゃなかったけ? ジョー:出てくよ。 ジョン:いつだよ? ジョー:出ていける時にさ。 ジョン:いつ出ていけるんだよ? ジョー:さあな。 ジョン:なるほど。さっきわめいてたカラスが、もうそうなるか。わめいてたよな、「こんな田舎出てってやるぜ! 大したことじゃねえ!」 ジョー:わかってる。 ジョン:それからリンゴがどうのこうの、叫んでたろ。 ボブ:それは俺もだ。 ジョン:そうだ。覚えてる。 ボブ:俺たち二人で叫んでたんだ。 ジョン:そうだ! 覚えてるよ! それが、もう冷めちまった! カップもない! ジョー:壊れたんだ。 ボブ:俺たちが壊したんだ、覚えてるだろ、ジョン? ジョン:そうだ! 覚えてる! じゃあ、スープでも作るか? ジョー:いいね。 ジョン:いいね! ……じゃあ掃けよ! なんとかしろ! こんな汚いところでリンゴが食えるか! ボブ:わかったよ、ジョン。
ジョン:わかったよ、ジョン! わかったよ! ドブネズミは少食だ。リンゴなんか食べずに、チーズを食べる。ドブネズミもハツカネズミも美しい! ジョー:ハツカネズミはいないよ、ジョン! ジョン:ハツカネズミはいないよ、ジョン! ハツカネズミは逃げたんだ。食いもんを探して出てった。田舎を捨てたんだ。あいつら列になってゾロゾロと、ドアのところで叫んでたぜ。「チュキチョウ! 出てってやるチュウ! 食いもんなんか、自分たチュで探してやるチュウ! 太ってやるチュウ! ゲップをしながらふんぞり返ってやるチュウ!」 ボブ:掃除しよう。 ジョン:掃除だ! 掃除だ! 忘れろ! リンゴはもうない! ハツカネズミも気にしちゃいない、忘れろ!
ボブ:(ドアに向かって)ジョン! ハツカネズミはもういないよ! ジョー:(ドアに向かって)ジョン! ハツカネズミは行っちまったんだ! ジョンの声:いるな。何匹か見た。 ボブ:どこで? ジョンの声:壁ん中、ゴミバケツん中、いたるところで! ボブ:もう行っちまったんだって、ジョン! ジョンの声:てめえが見てないだけだろ! ボブ:どこだよ?
ジョンの声:ムリだ。やつらは灰色で小さくって床と見分けがつかない。簡単には見つからない。 ジョー:もういないって、ジョン! ジョンの声:いるいるいる。探せ。 ボブ:いないよ、ジョン! ジョンの声:いるんだ!
ボブ:隠れるところなんかないよ、ジョン、不可能だ。 ジョー:音だ。やつらがうごめく音を聞こう。 ジョンの声:音なんかしない。 ボブ:相手はちゃちな小動物だ。向こうに勝ち目はないさ。 ジョー:殺そう! ジョンの声:噛みついて来るぞ。尖ったカミソリの歯で、噛みちぎられるぞ。
ジョー:骨と皮ばかりで弱ってるさ、向こうに勝ち目はない。 ボブ:ケリ一発でおしまいだ。 ジョンの声:しぶといぞ、やつらは。 ジョー:弱り切ってるって、ジョン。 ボブ:ちんけな小動物だ。逃げるだけさ。 ジョンの声:たいていのことじゃ驚かねえ。 ボブ:もう行っちまったって、ジョン。 ジョー:踏み潰せばいいんだよ、やつらの頭を、ジョン。
ボブ:ひねり潰すんだよ、やつらの首を。 ジョー:いるなら聞こえるさ。うごめくのが聞こえるさ。 ボブ:もういないんだろ、ジョン。 ジョンの声:いや、いる。 ジョー:潰せばいいのさ! ボブ:(床を踏みならして)潰せ! ジョー:砕け! ボブ:潰せ!
ジョー:どこだ! ネズミ! 潰せ! ボブ:ネズミを砕け! 潰せ! 砕け! ジョー:ちっぽけな骨! やわな骨! 砕けろ! ジョンの声:見つかりゃしねえ! 隠れてんだ! ボブ:砕け! 潰せ! ジョー:ちっぽけな、灰色の頭! ボブ:砕けろ! このやろう! ジョー:出て来い! ネズミ! 潰せ! ボブ:へし折れ! ジョー:潰せ! 砕けろ! ボブ:どうした! 出て来い! ジョー:短小! 灰色出ベソ! おまえのかあさんメス豚!
ジョー:逆らったってムダだ! ボブ:勝ち目はねえ! ジョー:こっちの方がでかいんだ! 潰せ! へし折れ! ボブ:出て来い! ネズミ! 砕けろ! ジョー:スープにするぞ! ボブ:死ね!
ジョー:これで終わりだ! このやろう! おしまいだ! ボブ:潰れちまえ! おわりだ! 出て来い! ジョー:俺たちのほうが足がでかいんだ! 靴も履いてるんだ! ボブ:木っ端微塵だ! ジョー:ネズミを殺せ! ボブ:出て来い! どうした!
ジョー:勝ち目はねえんだよ! ボブ:おまえら死ぬんだよ! ホラ! ジョー:どうした! 臆病モン! ボブ:出て来いよ! ホラ! ジョー:シッポが見えてるぜ! そこだ! ボブ:ツラ見せろ! ジョー:グシャっと潰れて死ぬんだよ! ボブ:砕けるんだよ! 潰れるんだよ! くたばっちまうんだよ! ジョー:死ね! 死ね! ホラホラホラ! ボブ:あきらめろ! ネズミ! ジョー:あきらめろ! ホラ! ボブ:死ぬんだって! ジョー:見えてるんだって! わかってるんだって! ボブ:ちゃんと見えてるだって! ジョー:そこだ! ホラ! ボブ:おしまいだぜ! ジョー:どうした! おい!
ボブ:そうか、わかったよ。おまえら、そこにいるんだろ! ジョー:さあ、出て来い。 ボブ:おわりにしようぜ、なあ。 ジョー:さあ、出て来い。 ボブ:だませやしねえんだから。 ジョー:ネズミ! ホラ! 見えてんだよ! ボブ:潰される前に出て来なきゃ。 ジョー:こんなもん全部、バラすのは簡単なんだ。 ボブ:僕たちのほうがデカイんだからな……さあ、御対面しようチュウ。 ジョー:チュウチュウチュウ? ボブ:ムダだって。かなわないって、君たちは小さ過ぎるよ。 ジョー:しかたがない待てやろう。今夜一晩。君らの決心がつくまで。 ボブ:遅かれ早かれ、出てくることになるんだ。 ジョー:後悔するなよ。
ボブ:ジョン、俺たち、待つことにしたよ。 ジョン:いいだろう。
ボブ:長くはかからんさ。静かにしてりゃ、こっちが行っちまったと思うだろう。 ジョン:なるほど。 ボブ:ここをバラしたっていいけど、待つ方が簡単なんだ。 ジョン:確かにな。 ボブ:だからしばらく登場しないでくれ。 ジョン:わかった。 ボブ:わるいな。 ジョー:たぶんやつらは一匹じゃない。そう長くはかからないさ。 ジョン:なるほど。 ジョー:ただもし所帯持ちだったら、こりゃ長引く。ガキが一列んなって並んでるんだ。片っ端から踏み潰して、ホウキで掃くしかないな。 ボブ:血が出るぜ。熱湯ぶっかけて、ゴシゴシやらないとな。床も壁も。 ジョー:だな。血だけは避けられん。踏みつけたとたん、破裂するんだ。特にガキは。 ボブ:まだ毛も生えちゃいない。ブヨブヨのフニャフニャだ。皮は薄っぺらで、すぐ潰れちまう。 ジョー:胎児みたいなもんだ。目も見えない。まだくっついたまんま。右も左もわからねえから捕まえるのは楽さ。 ジョン:静かにしたほうがよかないか? ジョー:(ひそひそと)そうだな。静かにするんだ、ボブ。 ボブ:(ひそひそと)黙って座るんだ。 ジョン:しばらくかかるだろうな。 ジョー:(ひそひそ)そうだな。待とう。 ジョン:おまえらの呼吸だって聞こえちまうな。難しいぜ、ネズミを騙すのは。バットもナイフも利かない。 ジョー:(ひそひそと)そうなんだ。俺のおじさんなんかショットガンまで持ち出して、それでもムダだった。 ジョン:ピストルだろうが刀だろうが、ことごとく逃げられた。俺はじっと座って、やつらが顔を出したところへ、ぶっぱなしたんだ。たった一匹相手に、弾倉が空んなるまで。それでもそいつはエッチラオッチラ逃げちまった。 ボブ:(ひそひそと)死ななかったのか? ジョン:死ななかった。逃げちまった。俺はぶっぱなし続けたが、やつは逃げ続けた。それからだ、しこたま子供をこしらえて、そこらじゅうを徘徊し始めたんだ。家中、血だらけになったが、誰も死ななかった。 ジョー:(ひそひそと)噛み付かれなかったのか? ジョン:そんなスキは見せねえよ。
ボブ:(ひそひそと)ああ、コーヒーが飲みてえ。 ジョー:ああ。 ボブ:(ひそひそと)俺が見たのは、六角レンチだ。そいつは確かに殴りつけたんだ。だけどネズミは逃げてった。 ジョー:(ひそひそと)たぶんそれはドブネズミだな。もっとでかい奴だ。 ボブ:かもしれない。シッポが長かった。けど被害もなかったんだ。パーンてはじける音がしたよ。やつの脳天を殴りつけた時。 ジョン:ドブネズミはまた別だ。もっと凶暴で、窮地に追い込まれると逆襲に出る。 ボブ:(ひそひそと)口の両端にでっかい牙を持っててさ、ウミみたいな緑色のクソをケツからブラさげてるんだ。 ジョン:破傷風とかいろいろ、バイ菌も持ってる。あるインディアンの部族は、毒矢にドブネズミのウミを使う。一瞬にして獲物を殺せるんだ。 ジョー:(ひそひそと)しっぽにも気をつけろ。あと足も。ちょっとでも触ったら死んじまう。 ジョン:ドブネズミは通常、群れで行動する。十匹つづ。その点、コヨーテに似てるな。いつも腹をすかしてて、満足するってことがない。
マントヒヒも同じだ。ヒヒの中では、マンドリルっていうのが世界で一番凶暴なんだ。俺が思うに、凶暴さではマンドリルとクズリがいい勝負だな。クズリも群れで行動する。二十匹か三十匹づつ。 ボブ:(ひそひそと)見つかったってわかると、あいつら、目を閉じるんだよ。するとこっちからも見えなくなる。目を見ることができなくなるからだ。 ジョン:あっちに行ったら、おまえらに絵ハガキ送ってやるよ。マンドリルのでっかい絵ハガキがあるんだ。大変なんだぜ、手に入れるのは。写真家たちは怖がってそこへは踏み込まない。ほとんど生きて帰れた者がいないんだ。 ジョー:(ひそひそと)じゃ、いるかどうかもわからないのかよ? おい、もうそこらへんにいるんじゃないか。だって、おまえの言うように、もしやつが目を閉じてたら。 ボブ:そうなんだよ。 ジョー:音出して脅かそう。 ボブ:ダメだ。 ジョン:風景がまたきれいなんだ。完璧な野性。緑の木々に小さな湖、そこにマンドリルも水を飲みに来る。猟師たちの暮らす貧しい村が点々とあって…… ジョー:脅かそう、ボブ。 ボブ:ダメだって、静かにしてろって。 ジョン:……飛行機から下を眺めると、延々続く浜辺に、漁船が並んでるんだ。 ボブ:(ひそひそと)おとなしく座ってろ。 ジョン:マンドリルのことならなんでも知ってるガイドがいてさ…… ボブ:よーし静かだ。やつらは俺たちには気づいてない。 ジョン:……そいつの話じゃ、顔は赤と青で、ケツには毛がなくて、体はチンパンジーの倍はあって、赤茶けた毛で覆われてるんだ。 ジョー:見たのかよ、それを? ボブ:シーッ! ジョン:たいていは肉食だが時に、湖の近くの水植物を食べる。門歯が驚くほど犬に似ていて、骨で歯の掃除するんだ。 ジョー:(ひそひそと)脅かしたほうがいいって。 ボブ:(ひそひそと)黙ってろ。 ジョン:絶対にやつらに近づくな、そうガイドは警告するんだ。やつらは極度に気紛れで、わけもなく襲い掛かってくる。小刻みな叫び声をあげながら、四つん這いになって走る。四匹でグループを作って、情け容赦なく獲物のノドをかっ切ると、静脈を切断して、頭部を引きちぎり、まず脳ミソをかっ食らって、それから体のほうをむさぼる。手と足はぶった切って、仲間に持ってってやるんだ。 ジョー:(叫んで)脅かそう! ボブ:(叫んで)ダメだ!
ジョー:脅かすんだよ、ボブ! ボブ:よせ!
ジョン:なんだろうな、いつもいい天気なんだよな、俺が行くと。太陽が照っててさ、空気は澄んでて、水は底の方まで青くて美しい、ベルのように。 ボブ:いい加減にしろよ! ジョー!
ジョー:ホラどうした! どうした! ボブ:よせ! よせったら! ジョー:ホラ! ホラ! ホラ! ジョン:着いたらまずホテルに行くだろ。空気の匂いがまたたまらない。朝食の準備ができてて、大きな窓のそばのガラス製のテーブルに座る。座って、食べて、広い海を眺めるんだ。
ボブ:やめろよ! ジョー! 音を出すな! ジョー:ホラ! ホラ! どうした! コノヤロウ! ジョン:絵ハガキを送ってやるよ。一ダースは買って、毎週送ってやる。すごい所さ。泳ぐのもいい。水の上に仰向けになって浮かぶんだ。浮かんで、じっと空を見る。仰向けに浮かんで、じっと空を見るんだ。仰向けに浮かんで、じっと空を、見るんだ。
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