「秘密の花園」
いちよ



「その店は四十九段式といいました。かじかさんの新しいお店です。そこで私の仕事といえば、コップを洗い、かじかさんの腰をもみ、なじみの客に電話をかけることぐらい。客のない時は、あたしを止まり木に座らせて、自慢の四十九段式をフルに回転させてみせました。おまえがあの坂をのぼるのを見れなかったために、今こうして見せてんだ。いちよ、こんなにすごかったんだぞ……。そのチェーンの音が、私にはなにか、別のどこかで聞いたもののように思えたけれど、それがなんだか思い出せません。そのうち、雨はお店のモルタル敷きにもしみ出して、あいも変わらず、ペダルを漕ぐかじかさんは、このうっとうしい陽気をカッと払い飛ばすほどの笑い顔を見せてくれと言いました。でも私には、ジャラジャラ回るチェーンの音が気になって、唇ひとつ動きません。そのうち、ぼんやりと、その音が、あのおトイレで、あたしの首をゆっくり絞めるロープのギリギリと食い込む音のように思えてきました。そうして、こうして息を吹き返したけれど、これはもう一度死ねという誰かの合図だと感じました。このお店で、こんなことをしているかぎり、この合図はずっとこれから続くのだろうと……。そこで、私はゆっくりと、このうたかたの誓いを込めた薬指、かじかの漕ぐチェーンの間に差し込みました――」

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