登場人物 

太郎冠者
先生
コーラス隊(女性)

舅と太郎冠者、そろって登場。

舅 どうも……。このあたりに住んでいる者です……。今日は大安吉日で、娘の聟が初めてのあいさつに来ることになっています……。まずは、太郎冠者を呼び出して、そのことを知らせておきましょう……。やーいやい、太郎冠者、いるか……?

太郎冠者 はあ……。

舅 いるか、いるか……。

太郎冠者 はあ……。

舅 いたか……。

太郎冠者 目の前におります……。

舅 思いがけず早かったな……。呼んだのはほかでもない、今日は大安吉日だ。聟どのがあいさつに来るだろうから、ちゃんと掃除をしてお迎えしなさい……。

太郎冠者 かしこまりました……。

舅 舞台奥にさがる。太郎冠者も従う。
聟、登場。先生、続いて登場し、ややさがって待っている。

聟 (うれしそうに)どうも……。僕がその、かわいいかわいい花聟です……。今日は大安吉日ですから、義理のお義父さんのところへ、嫁入りに……、じゃなかった、婿入りにゆこうと思います……。(とたんに緊張して)でも、婿入りには、いろんなシキタリがあるらしいけど、こういうことは、僕はホントに初心者だから、近くになんども婿入りをして、とてもくわしい先生がいるから、ちょっとうかがって行こう……。そうだ、そうだ、うかがって行こう……。(舞台をぐるりと回りながら)でも行ったはいいけど、先生、家にいらっしゃるかなあ……、いらっしゃれば、教えてくださるにちがいないけれど……。とかなんとか言っているうちに、もう着いちゃった……。ごめんください。ごめんください……。

先生 (立って)表でごめんくださいと声がする……。どなたかな……?

聟 僕です……。

先生 なんだ、おまえさんかい……。おまえさんなら、そのまま入ってくりゃいいのに。

聟 そう思ったんですが、もしお客さんでもあったらと……。

先生 まあよい……。ところで、おまえさん、今日はやけにオシャレだな。

聟 そうですか……? そう見えますか……?(はしゃぐ)

先生 うんうん……。なかなか似合ってるじゃないか……。

聟 もっと、ちゃんと見てください……。(回る)

先生 いや、前からも見ても、後ろからも見ても、いままでそんなに男前だったことはないくらいだ……。

聟 そうなんです……。今日は大安吉日ですからね、これから婿入りなんです……。

先生 (驚いて)なんだって、おまえさんが婿入りだって……?

聟 (暗く)そうなんです……。

先生 それは、それは、まずは、めでたいことじゃないか……。

聟 そうなんです……。そうなんですが、先生、どうか教えてください。婿入りにはいろんなシキタリがあると聞きます。恥ずかしながら、僕はその手のことはホントに初心者なんです……。先生は、これまで何度も婿入りをされて、とてもくわしいとうがかいました……。

先生 バカを言うな。いつ、わたしが何度も婿入りをした……。人聞きの悪い……。

でも、このあいだも、道で、これから義理のお義父さんのところへ行くんだって……。

先生 バカバカ……。聟入りというのは、最初だけのことだ。そのあとで行くのは、ご機嫌うかがいだ……。

聟 そうなんですか……。

先生 そうだ……。

聟 では、あれはご機嫌うかがい、でしたか……?

先生 まあよい……。ともかく、わたしもずいぶん昔のことだから、思い出すのは苦労だ、書きつけたものがあるだろうから、待っていなさい。

聟 ありがとうございます……。(やや後ろにさがる)

先生 (ひとりになって)バカな奴です。世の中には本当にものを知らないバカがいるものです。シキタリも知らずに、婿入りしようというのですから、笑ってしまいます……。ああいうバカには、つける薬もありませんから、いいかげんなことを教えて、ますます笑えるようにしてやりましょう……。(懐中から帳面を取り出して、聟に)さあさ、これだこれだ……。

聟 (飛びついて)はいはい……。

先生 (帳面を開いて)いいかい……、まず、聟入りには、大昔ふう、チョイと昔ふう、ぜんぜん今どきふうと、三種類があるのだ、さあ、どれがいい……?

聟 はあ……。大昔ふうではあんまり昔すぎますし、チョイと昔ふうも、やっぱり昔ですから……、いまは、今どきふうがよいと思います……。

先生 よろしい……。なかなか、婿入りするだけあって、おまえさんも考えが大人になった……。では、今どきふうを教えよう。まず最初に、お義父さんの家の門前まで行ったら、ニワトリの真似をしなさい……。

聟 わかりました……。

先生 次に、誰か家の者が出て来たら、リズムを取りながら、座敷へ駆け込み、お義父さんの前まで行って、ニワトリの蹴り合いの真似をしなさい……。わかるかい……? これがいわゆる、今どきのニワトリ聟という奴だ……。

聟 だいたい覚えました……。では、僕はこれで……。

先生 待ちなさい……。その帽子も、それじゃイカン。もっとトサカに似た……、おう、ちょうどここにこういうのがあるから、(と、脇からトサカのような帽子を出して)これをかぶっていきなさい……。

聟 はい……。

先生 坐って……。

聟 (坐って、帽子を取り替えてもらう)なにからなにまで、すみません……。

先生 これでよし……。

聟 どうでしょう……? 似合いますか……?

先生 うむ。さらに男っぷりが上がった……。

聟 やったね……。

先生 やった、やった……。

聟 (喜んで)これで、むこうへ行けば、贈り物がたくさん出るでしょうから、そしたら帰りに寄って、先生にもお裾分けしますよ……。

先生 待ってるぞ……。

聟 では……。

先生 うむ。気をつけて……。

聟 はあ……。

先生、舞台奥にさがる。

聟 さすがは年の功だなあ……。よかった、よかった。うまいことシキタリも教えてもらえたし、こんな帽子まで貸してもらって……、さあ、急ごう……。(舞台をぐるりと回りながら)聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥。聞かずに行ったら、大恥をかくところだったよ……。とかなんとか言っているうちに、もう着いちゃった……。(身構えて)ごめんください、じゃなかった……、

と、次の身振り、ひとつひとつゆっくりと、両腕を広げ、腰をかがめて、ブルブルッと震えると、羽ばたきながら、

聟 コケー、コッコッコッコッコッ、コケーッ! コケー、コッコッコッコッコッ、コケーッ! コケーッ!

太郎冠者 (立って)なんだか、表のほうが騒がしいぞ……。あの、どちらさまで……?

聟 コケー、コッコッコッコッコッ、コケーッ! コケーッ!

太郎冠者 これはこれは……、お聟どのでございますか……?

聟 コケーッ! 

太郎冠者 いま、主人に伝えますので、しばらくお待ちを……。

聟 コケーッ! 

太郎冠者 (舅のところへ行って)お聟どのがいらっしゃいました……。

舅 (立って)そうか。来たか……。

太郎冠者 来ました……。

聟 コケーッ! 

舅 ならば、こちらへお通ししなさい……。

太郎冠者 わかりました……。

舅 それと、お供の者は、詰め所へ案内して、おまえが接待しなさい……。

太郎冠者 といいましても、お聟どの一人のようですが……。

舅 なんだって……? 一人だって……?

太郎冠者 はあ……。

舅 じゃあきっと、先走りの者だな……。行って、おまえは先走りの者だろう、お聟どのはどちらですか、お迎えにまいります、と、そう言ってこい……。

太郎冠者 わかりました……。(聟に)もしもし、あなたさまは先走りの者ですか……?

聟 コケ?(こける)

太郎冠者 お聟どのはどちらですか……? お迎えにまいろうと思いますが……?

聟 コケーッ! コケッコッケッコッケッコ、ケケケケッー!

太郎冠者 はいはい、わかりました……。(舅に)僕が花聟本人だと、言っています……。

舅 ふーむ。まあ、そんなこともあろう……。ともかく、お通ししろ……。

太郎冠者 わかりました……。

舅は、舞台上手に回る。

太郎冠者 (聟に)さあさ、お通りください……。

聟 (飛び上がって)コケーッ! 

太郎冠者 さあ、どうぞ、どうぞ……。

と、言うより先に、聟、駆け出して、舞台をぐるりと回って、舅の前へ出る。ニワトリの蹴り合の真似で、

聟 コケーッ! コケーッ! コケーッ! コケーッ! コケーッ! コケーッ!

舅、こける。

舅 おい、なんじゃ、ありゃ……?

コーラス ああ、めでたいぞ……。ああ、めでたいそ……。

聟 コケーッ! コケーッ! コケーッ!

コーラス 聟は舅の家へゆき、お座敷きまでは厚かましいと、庭先に立って鳴きました……。

聟 コケーッ! コケーッ!

コーラス 力いっぱい、泣きました……。

聟 娘さんを僕にください、コケーッ!

コーラス あらん力で、泣きました……。

聟 きっとしあわせにします、コケーッ!

コーラス(女) (機械仕掛けのように)シアワセニナロウネ……

聟 なろうね、コケーッ!

コーラス(女) シアワセニナレルネ……

聟 なれるとも、コケーッ! ならなくちゃいけない。コッコッコッコッコッ!

舅 そうか……。聟どのは、とてもまじめな性格と聞いていたが、さては、誰かにからかわれたな……。

聟 コケーッ!

舅 では、わたしもそうしよう。あれと同じ帽子を持ってきなさい……。

太郎冠者 はい……。(と、帽子を取りにいく)

舅 でないと、「お義父さんはシキタリを知りませんねえ」と、笑われてしまうのだ……。

聟 (うれしくて)コケーッ!

太郎冠者 (戻って来て)ここに……。

舅 ありがとう……。(帽子をかぶって)どうだい……?

太郎冠者 よくお似合いです……。

舅 みんなには、絶対笑うなと言っておけ……。

太郎冠者 (笑いながら)わかりました……。

舅 おまえも笑うな……。

太郎冠者 (まじめに)はあ……。

舅 さあて、と……。(と、立って)舅も負けてなるものか……

コーラス 聟に負けてはなるものか、と、庭に飛び下り羽ばたきました。

舅、ピュンと飛んで、ニワトリになる。
聟と舅、鳴きながら、向かい合って、闘鶏のようにやりあう。

舅 コケー、コッコッコッコッコッ、コケーッ! 

聟 コケー、コッコッコッコッコッ、コケーッ! 

ふたりとも本気で、戦っている。
やがて、がっぷり四つに抱き合って、取っ組み合う。

コーラス1 なれるとも……。

コーラス2 ならなくちゃいけない……。

コーラス(女) シアワセニナロウネ……

聟 (取っ組み合いながら)しあわせになろうね……

舅 コケーッ!

コーラス(女) シアワセニナレルネ……

舅 (取っ組み合いながら)しあわせになれるね……

聟 コケーッ!

舅 コケーコッコッコッコッコッ、コケーッ! 

聟 コケーコッコッコッコッコッ、コケーッ! 

二人 コケーッ!

聟が、舅を投げ飛ばす。

太郎冠者 勝負あったり!

聟、太郎冠者、舅、先生の順に退場する。

註:一部、如月小春の台詞を引用しています。

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