登場人物 

新妻
聟どの

新妻、続いて、舅、そろって登場。新妻は舞台奥に、舅はトイ面の客席よりに、二人、控えて坐る。
聟、登場。(サラリーマン風に)酔っぱらっている。橋がかりで、

聟どの ひっく。うー。つまらん酒だったわ……。ひっく。出すなら出すで、思うぞんぶん飲ませりゃいいものを、ひっく。こちらが飲もうとすると「そんなん飲んじゃ、体に悪い」と言う。ならば飲まずにおれば「さあさあ飲めとくる」……。ヒック。あんな客あしらいが、あるものか……。あー。飲み足らんわ。飲み足らん。家で一杯、飲み直そう、(と観客に)と思いまする……。(拝)

家に帰ってきた心持ちで、メイン舞台に入ってくる。

聟どの となんだかんだ言ってるうちに、もう家だ……。おーい。いま帰ったぞ。おーい。亭主のお帰りだ……。ウウウ……。(と、うつむいて自失の態で立っている)

新妻 (立って)あらやだやだ、うちの人、帰って来ちゃったよぉ……。(慌てず、やって来て)まあ、あなた、おかえりなさいませ……。

聟どの なにが「まあ、あなた、おかえりなさいませ」だ……。

新妻 はいはい……。(と、鞄や上着を受け取りながら)

聟どの さっきから大声で呼んでたぞ。どこへ行ってた……?

新妻 お隣さんのところで、ちょっと、話があってね……。

聟どの なにが、お隣さんだ……。ヒック……。

新妻 はいはい……。

聟どの (踊るようにふらふらと)イヤイヤイヤ、イヤイヤイヤ、納得が、いかんぞ……。

新妻 はいはい……。

聟どの 俺が表から帰れば裏から出ていく。裏から帰れば表から出ていく……、おまえはそういう奴だ……。納得がいかんぞ!

新妻 また酔っぱらって、わけのわからないことを言ってるのね……。

聟どの なにが……? 俺が酔っぱらってるだあ……?

新妻 はいはい……。

聟どの 黙れ……。どんなに飲もうが、今だかつて、俺は酒に酔ったことなどないわ……。さあ、この俺が酔ってるか、酔ってないか……、(と、崩れるように座りながら)さあここへ、熱燗をもう一本持ってきてみろ……。(ドン!)

新妻 もうおしまい……。さあ、もう向こうへ行って寝ましょう……。

聟どの うるさい……。俺は、酒を持ってこいと言ったんであってだ、寝るとは言ってないのだ……。おまえという女は、どうにも、箸にも棒にも、食えん女だな……。ええい、離婚だ。離婚だ。とっとと出てうせろ……。

新妻 またそんなことを……。お願いだから、バカことは言わないでちょうだい……。

聟どの バカなことだと……?

新妻 はいはい……。

聟どの いや、面白い……。俺がバカか、おまえがバカか……。亭主が出ていけと言ってるのに、出ていかないほうがバカだ……。(立ち上がって)おのれ、まだそこにいるか。ええい、うっとうしい……。(扇を取り出して)出てけ、出てけ、出ていきやがれ……、(と、扇で新妻を叩く)

新妻 アイタタタ! アイタタタ! 

聟どの ってんだこんちくしょうめ……。(と、崩れるように座る)

新妻 出てけってんなら出てくわよ。でも、あの子はどうすんのさ……?

聟どの ガキのことなど、おまえの知ったことか……。まだそこにいるか……。出てけ、出てけ、出ていきやがれ……。(と、座りながら蠅でも追うように)

新妻 出てくわよ……。出てくわよ……。(と逃げて、脇へ行ってひかえる)

聟どの (一人になって)ハハハハハ。あ、さっぱりしたわい。さあてと、寝るとするか……。(鼻歌で)「それにここは東山、そう思うと、東の空さえなつかしい……」アッハッハッハ……。

と、聟どの、いったん退場。新妻、舞台にかけ戻って、

新妻 (奥の方へ)実家に帰えらせてもらいます! ああ、ボウヤ……、ママはもう戻らないけど、いい子にしてるのよ……。ウ、ウウ、(と、泣くが)でも、しようがないわ……。さあ、ゆっくりと、ゆっくりと参りましょう……。(舞台をトボトボと、ぐるりまわりながら)いつものこととはいえ、お父さんのことだから、また癇癪起こすだろうなぁ……。でも、もう今度は絶対に戻らないわ。絶対に……。(と、止まって)とか言ってるうちに着いちゃった……。ただいま……。お父さーん。ただいま……。

舅 (坐ったままで)おい、なんだおゴウか、どうしたのぢゃ……?

新妻 (と突如、泣き出して)ああーん、あんあんあん……。

舅=父親のそばへ行き、甘えるようにその前で泣き崩れる。

舅 (すべてを察して)おい、またか……。

新妻 またよ。また今日も、あの人ったら酔って帰って来て、あたしをさんざん殴って、出てけ! 出てけ! ていうから出てきたのよ……。あーん、あんあんあん。

舅 あの、人でなしの能無しが……。性にも合わぬ大酒を喰らい、またしてもまたしても、畜生にも劣る暴力をふるいおって、あげくの果てに離婚だ、出ていけと、どうしようもないロクデナシぢゃ。そうかい、そうかい……。(と、一瞬の間)とはいえど……、何を言うもみな酒のせいぢゃぞ。酔いが醒めたならば、そのようなことばかりでもあるまい……。おまえも、あんな男と一緒になったのも、なにかの縁ぢゃと思って、おい、そのうえ子供まである仲のことぢゃによって、もうすこし大人になれ、我慢して元へ戻れ……。

新妻 だってだって、もう限界よ……。今までは、ボウヤもいるしと思って、耐えて耐えて心に耐えてきたけれど、もう一分一秒だって耐えるのはイヤ……。あんな男のそばにいるくらいなら、川に飛び込んで死ぬわ……。(と、舞台前へと駆け出す)

舅 ああ、これこれ、まずお待ちゃれ……。むむむ、何と!「あんな男のそばにいるくらいなら、川に飛び込んで死ねばすべてが水の泡」ぢゃぞ……?

新妻 そうよ、そうよ……。水の泡よ……。

舅 それはまことか……?

新妻 まことよ、まこと……。

舅 真実か……?

新妻 真実ぜったい決まってるわ……。

舅 むむむ。それほどまでに思いつめたことならば、身どもももはや止めはせぬ……。ちよ思案してみょうほどに、まず奥へ行って休んでおれ……。

新妻 はい……。

舅 さりながら、誰が来ようとも、必ず表へは出るでないぞ……。

新妻 はい……。

舅 さあさあ、奥へ行って休んでおれ……。

と、新妻、奥に下がる。聟どの、登場。すっかり酔いがさめている。

聟どの まいった……。「世の中に、酒ほど怖いものはない」というが、夫婦喧嘩も、人付き合いも、間違いのもとはみんな酒のせいだ……。俺もつくづくバカだ、バカだ、バカだ……(と扇で自分を叩く)。あいつのことだ、ほかに行くところもないだろうから、どうせまた親のところだろうが、もはや謝る文句も尽きた……(と、舞台を右往左往する)。とはいえ、またあのジジイに謝って連れ戻すよりほかあるまい(と観客に)と思いまする(拝)。さあ急ごう……。(と、一歩踏み出す)と、もう着いた……。まいったなあ……。今日の敷き居はやけに高い……。(と、大きく跨いで)よっこらっせと、ごめんください……。お義父さん……。ボクです……。

舅 だれぢゃ……?

聟どの ボクですよ、お義父さん……。(と、舅の前へ進みでる)

舅 なんぢゃ、おまえか……。

聟どの どうも今日は……、いい天気ですねえ……。(と、あたりを見まわす)

舅 すがすがしい五月晴れぢゃな……。

聟どの いやホントに「五月晴れ、酒ほど怖いものはなし」。お義父さん。ボクも金輪際、酒はやめることにしました……。

舅 ほお……。(と、キセルなどをくゆらしている)

聟どの (さかんにあたりを見まわす)

新妻、聟どのの声を聞きつけ、そっと寄って、様子をうかがっている。

聟どの 夫婦喧嘩も、人付き合いも、間違うのはみんな酒のせいです。金輪際、やめることにしました……。

舅 (キセルで床を叩いて)コレ……。

聟どの ヘエ……。

舅 コレ、コレ、コレ……。

聟どの ヘエ、ヘエ、ヘエ……。

舅 そなたが酒をやめようとやめまいと、身どものかまうことではない。そなたのことはそなたの勝手にせよ……。

聟どの イヤ、お怒りはゴモットモ……、(と、あたりを見まわして)で、おゴウはどこです……?

舅 なに、おゴウ……?

聟どの はいはい……。

舅 イヤ、おゴウはこれへは参らぬが……。

聟どの イヤ、オトボケなされるのもゴモットモ……、ですが、今も申しました通り、酒は金輪際ふっつりと、やめましたので、なにとぞおゴウをお返しください……。

舅 (扇で床を叩いて)コレ……。

聟どの ヘエ……。

舅 コレ、コレ、コレ……。

聟どの ヘエ、ヘエ、ヘエ……。

舅 さてさて、わけのわからぬことを……。そなたが酒をやめようがやめまいが、それがしのかまうことではないぞ……。そのうえ、おゴウおゴウとおっしゃれども、今日に限ってはそれがしが方へは参りませんなあ……。

新妻、聞きながらそわそわし始める。

聟どの ヘエ、お怒りはゴモットモ……、ですが、おゴウがいないとどうにも不便で……。今朝も、子供がママあ、ママあと泣きまして……。

新妻 (思わず)そうよ、あたりまえよ……。

舅 エヘン、エヘン、エヘン。

聟どの おや? 今のはおゴウの声では……?

新妻、舅のそばまで寄り、その袖を引く。

舅 (その手を払って)ええい……。来もせぬおゴウの声がするはずがない……。

聟どの イヤ、お隠しなされるのもゴモットモ……。ですが、今も申しました通り、酒は、金輪際やめましたので、なにとぞおゴウをお返しください……。

新妻 (さかんに舅の袖を引く)

舅 シイ、シイ……。さてさて、わけのわからぬことを……。そなたが酒をやめようがやめまいが、それがしのかまうことではない、と言っておろうが……。

聟どの イヤ、ゴモットモ……。ですが、今も申しました通り、子供がかわいそうですから、なにとぞおゴウをお返しください……。

新妻 (さかんに舅の袖を引く)

舅 シイ、シイ……。はて、それがしが方へは参りませぬ、とゆうて、お……。

と、新妻、舅の袖の下から顔を出し、聟どのと顔をあわせる。(以下、舅の袖の下で会話)

聟どの あ、おゴウ……。

新妻 うん、あたし……。

聟どの ボウヤが待ってるぞ……。

新妻 うんうん、うんうん……。

聟どの もっとこっちへ来い……。

新妻 うんうん、うんうん……。

聟どの もっと、もっと……。

新妻 うんうん、うんうん……。

舅 (あきれて立ち上がり)ええい、退きおろう……。このバカ娘が……。おまえは最前なんと言うた。わしがだ、「子供まである仲のことぢゃによって、もう少し大人になって、我慢して元へ戻れ……」とそう言うたれば、「あんな男のそばにいるくらいなら、川に飛び込んで死ぬわ……」と、そう言うたではないか……。それを、その有り様はなにごとぢゃ。おまえの出る幕ではない。すっこんでいよ!

聟どの お義父さん!

舅 なんぢゃ……?

聟どの おゴウはいないなんてひどい嘘だ……。

舅 おまえもおまえぢゃ……。性にも合わぬ大酒を喰らい、またしてもまたしても、畜生にも劣る暴力をふるいおって、あげくの果てに離婚だ、出ていけと、どうしようもないロクデナシぢゃ……。近所じゅうのものが、みな笑っておるぞ……。このうえは、たとえおゴウが戻ると言っても、それがしが支えて戻さぬほどに、足下の明るいうちにとっとと出て失せろ!

聟どの お義父さん、戻りたいと言ってるおゴウを、あなたが引き止めるんですね……。

舅 そうぢゃ……。

聟どの それじゃあ、こっちは腕ずくだ……。(と、腕をしごく)

舅 なにが腕ずくぢゃ……。

聟どの 腕ずくだ、腕ずくだ……。

舅 面白い……。年を取っても、なんぢら如きに負けるわしではないわい……。

聟どの いざいざ……。

舅 いざいざ……。

聟どの+舅 イーヤあ、イーヤあ、ヤットナ……。

聟どのと舅、がっぷり四つに組む。新妻、二人の間に入って、

新妻 (オロオロしながら)あー、やめてやめて……。バカみたいよ……。

舅 ええい、おゴウ、こやつの足を取れ! 足を取れ!

新妻 はい……。(と、聟どのの足を取りに行く)

聟どの あ、バカ、俺の足を取ったら、ホントに離婚だぞ!

新妻 あ、ごめんさい……。

聟どの お義父さんの足を取れ! 足を取れ!

新妻 うん……。(舅の足を取る)

聟どの 回せ回せ……。

聟どの+新妻 イーヤあ、イーヤあ……。

足を取ったまま、舅を引きまわす。

舅 やいやい、親の足を取るということがあるものか……。

聟どの+新妻  (かまわず)イーヤあ、イーヤあ……。

舅 これはなんとする、なんとする……。

聟どの+新妻 イーヤあ、イーヤあ……。やあー。

と、二人で、舅を投げ飛ばす。

舅 アイタタタ、アイタタタ……。

聟どの どうだい……。

新妻 (聟の手を引きながら)あなた……。

聟どの おう……。

新妻 こっち、こっち……。

聟どの おうおう、おうおう……。

二人、連れ立って退場。

舅 (起き上がって)ヤイヤイ、おのれら両人、親をこバカにしては、将来なぞあるものか……。(客席に)よいわ、おまえらなぞ、盆も正月もうちには呼ばんからな……。(と、退場)

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