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登場人物 |
ワキ 淡津ノ三郎 |
ツレ 清経北の方 | |
シテ 清経 | |
コーラス隊 | |
時 |
晩秋 |
場所 |
京の都、平清経北の方庵室 |
前段
三郎 (疲れきって)ひ、ふ、み……、ひ、ふ、み……、 コーラス隊(語り)しづかにきしれ四輪馬車、 三郎 一、二、三……、八重の潮路の浦の波、そらあ……。一、二、三……、 コーラス隊(語り)しづかにきしれ四輪馬車、 三郎 一、二、三……、いざ、九重の、京の都にいざ帰らん。一、二、三……、
みなさん、こんばんは……。(揺られながら)私は、左中将平ノ清経に仕えている、淡津ノ三郎(と、よろけて)おっと、……いう者です。(揺られながら)主人清経は、筑紫での戦いに敗けてのち、なまじ都へ帰る路で、名もない者の手にかかるよりは、とのお考えだったのでしょう。豊前の国、柳が浦の沖合いに夜舟を出して、更けゆく月とともに、海にお沈みになりました……。
まことに行き届かないことで、(懐に手をあて)その小舟に鬢の髪を切り残しておかれたのを形見として、これから都へ持ってのぼります。まことに生き甲斐のない命です……。
一、二、三……、一、二、三……、ながい田舎暮らしを抜けて、そらあ……、一、二、三……、一、二、三……、なつかしい都へ戻ってみれば……。
どこもわびしい秋の暮れだなあ……。
おとりつぎを願います。九州から淡津ノ三郎が戻って参りました。 北ノ方 (と、立って)なに、三郎が帰りましたか。遠慮なくお入り。
急な用でもできて帰されたのですか。 三郎 恥ずかしいお使いにまいりました。 北ノ方 それでは、清経は出家でもなすったのか。 三郎 それならばまだ、ようございます。 北ノ方 このあいだの筑紫の戦にも、お怪我はなかったという噂だったが。 三郎 はい。ご無事でございましたが……。 北ノ方 ……。 三郎 (大きく息を吸って)なまじ途中で名もない者の手にかかるよりは、とお思いになったのでしょう。清経さまは、ぶ ぜ ん豊前の国、柳が浦の沖合いに夜舟を出して、更けゆく月とともに、海にお沈みになりました……。 北ノ方 なんと……。そんなはずはない。おなくなりになるにしても、戦場でお討たれになるか、願わないことだけれども、病気ででも、とは思わないではなかった……。(それを、ご自分で身を投げておしまいになるとは)ああ、なんというなさけない私どもだろう。
コーラス隊 死ぬときはいっしょにと、誓った言葉は嘘であったか。
コーラス隊(歌) 垣ほのす す き薄吹く風の(オーオーオー)
三郎 奥方さま……。 北ノ方 笑う者があれば笑わしておきましょう。この上、恥ずかしいことなどないのだから。 三郎 まことに行き届かないことで……。その小舟に、鬢の髪を切り残しておかれたのを形見として持って参りました。
コーラス隊 ――見るたびに心づくしの髪なれば、 北ノ方 宇佐にぞ返すもとの社に――
北ノ方 (と、ひるがえって)そんな悲しい形見がいただけるものですか。わたしは知らない。わたしは知らない……。ああ……。
三郎 (なにげなく本を開いて)「おるがんをお弾きなさい、女の人よ…… 北ノ方 わたしは知らない。わたしは知らない……。 三郎 おるがんをお弾きなさい、女の人よ
コーラス(語り) だれがそこで唱っているの
コーラス1 感受せよ! コーラス(語り) 感受せよ! とさしまねく、すべてのものが。
北ノ方 だれがそこで唱っているの……? 清経 あらゆる存在を貫いて、一つの空間がひろがっている
清経 清経だとはお気づきになりませんか……。 北ノ方 ほんに、清経でいらっしゃる……。けれども清経ならば、身を投げられたはず。夢でなくては会えぬはずのあなたに、お目にかかるのは夢かしら。でも、夢なら嬉しい夢だけれども、あなたはなぜ定命を待たないで、おなくなりになったのでしょうか。死ぬときはいっしょにと、そうおっしゃったのは、あれは嘘だったのでしょうか。これが、お恨み申さずにいられましょうか。 北ノ方 あれは……、あれはあまり悔しゅうございましたので、つい口から出た……、 コーラス(語り) ――見るたびに心づくしのかみなれば、 清経 うさにぞ返すもとの社に――。そんななさけない……、そんな仕方はないだろう。形見は誰だって大事にするはずだ。 北ノ方 違います。慰めのはずの形見が、見れば見るほど、つらいのです。
二人 ああ……。 清経 (腰を落として)思い思ってさしあげたのに…… 北ノ方 思い思っておりましたのに…… 清経 むげにも突っ返されるとは…… 北ノ方 自分で命をおすてになるとは…… 二人 ああ、なさけない……。
清経 (キッと立ち止まり)では、こんなにならない前の話をしよう。それでさっぱりしてくれ……。九州にいたとき、や ま が山鹿の城までも敵が攻め寄せたというので、われらは、その晩すぐに豊前の国、柳が浦へと着いた。そこにほんのいっとき、皇居をかまえて、いろいろの捧げものを用意して、われらは宇佐八幡へ参詣に向かったのだ。 北ノ方 それならば、まだ大君さまもおいでになるじゃあございませんか。また、平家一族の最期も見届けなければならぬ身で、なぜあなたは、ひとり、命をおすてになりました? 清経 そのとおり、それを話さねばならん……。
清経 われらが宇佐八幡へお籠りして、夜っぴいてお祈りしていたときだ、錦のとばりのなかから、尊いお声が、 コーラス(語り) 世の中のうさには神もなきものを、なに祈るらむ心づくしに――、 清経 これが祈りの答えだったのだ。ああ、神も仏も、ついに平家をお捨てになったか。それで平家一門、みな気を落として、誰ひとり声を出す者もなかったのだ……。
もはや、この世は頼みにならぬ!
コーラス(語り) 柳が浦の秋風に、 清経 そこへな が と長門方面へ、源氏の大軍が寄せて来たというので、また一門は、舟に乗って押し出した。もはやなにも信じきれない、はかないわれら。波に漂う浮き舟の、どうせ沈まねばならぬ運命を、観じきれない自分の心があさましくなった。神を信じるほかないと思った……。
あの晩は、月のよい晩だった……。私の心を知らぬ奴らは、夜空にうかれているものと思ったろう。腰の横笛をとり出して、興のおもむくままに、いろんな曲を吹いたよ。
いい歌じゃあないか。気がふれたと思う奴は思え、という落ち着いた心になれた。月もちょうど、西に落ちかけ、今だ、そう思って、南無阿弥陀仏! どうぞ、浄土へお迎えください。こう唱えたか唱えないうちに、私はもう感覚を失っていた……。
コーラス(語り) 奈落も同じうたかたの、あわれは、誰も変わらざりけり。
清経 切っても切っても、 コーラス(語り) 切っても切っても、巻き返す、、 清経 (遠くを見やり)もはや、これまで!
さびしくひとりぼっちで、私は、お迎えの舟に救われたのだ……。
安心してくれ、もうこのままが仏の境涯だ……。さようなら、では、さようなら。
コーラス 頼みしままに疑いもなく、 |
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註:本訳は、折口信夫の現代語訳を全面的に参照しています。また一部、萩原朔太郎、リルケなどの詩句を引用しています。なお、LABO! 上演時の楽曲・歌の楽譜についてはlabo@hello.email.ne.jpまでお問い合わせ下さい。 |