登場人物 

女房
太郎
お隣さん

つとつとと、お隣さん、登場。その格好はまるで、「怪傑○×」のような感じでもいい。脇で、後から来る二人を迎えるように見ている。
と、太郎が、続いて女房がわめきながら、えらい勢いで駆け込んでくる。女房は、先に鎌をくくりつけた棒を振り回している。二人、舞台を一周しながら、

太郎 あイヤ、イヤヤヤヤ、イヤヤヤヤ……。

女房 ああ、腹が立つ、腹が立つ……。このバカ亭主が、ブン! 殺してやるわ……。

太郎 あイヤ、俺がわるかった、わるかった……。

女房 ブン!(と、きわどいところへ振り下ろす)

太郎 オオオ、たすけてくれ……。たすけてくれ……。(と、橋掛かりへ逃げ戻る)

女房 ブン! 殺してやるわ……。ブン! ブン! ブン!

太郎 だれか……。だれか……。

お隣さん オヤ? これは一大事……。

と、お隣さん、やっと顔を突っ込む。自信たっぷりに。

お隣さん (割って入って)おっと、待ってくださいよ……。

女房 ちょっと、どいてください……。

太郎 (ふるえて)ワワワワ……。ワワワワ……。

お隣さん まあ、待ってください……。

女房 (鎌を下ろして)ああ、腹が立つったら、腹が立つわ……。

お隣さん まあまあまあ……。私が来たからには、奥さん、無茶なことをさせるわけにはいきません。さあ、いったいどうしました……?

女房 聞いてください……。うちのこの、バカ亭主ときたら、村の男なら誰だって、朝から起きて、山へ柴刈りに出かけるのを、このバカは、棒を持たせようが、鎌を持たせようが、何を言っても、ああだこうだと行きやしないんです。山へ行かずにどうやって暮らせっていうんですか……? さあ、どいてください。こいつを、ブン! (とまた鎌を振り上げて)殺して、あたしも死ぬんですから……。

お隣さん まあまあ、お待ちなさい……。

太郎 ワワワワ……、わるかったわるかった……。(逃げる)

お隣さん そういうことなら、私がきつく言い聞かせてやりましょう……。

女房 言い聞かせてやってください……。

お隣さん まかせてください……。ねえ、ご主人さん……。

太郎 イヤ、お恥ずかしい……。

お隣さん お恥ずかしいにも、まったく、みんな笑ってますよ……。

と、二人、確認するように、客席を見る。

いったいどうしたっていうんです……?

太郎 どうもこうも……。いやあ、あぶないところだった……。

お隣さん あなた、自分の奥さんに追い回されて、みっともないとは思わないんですか……。どうして山へ行かないんですか……?

太郎 行かないんじゃないんだ……。行こうと思って、こっちだって、今朝からこうして身支度をしてりゃ、あのオタフクが、喰うものもくれねえんじゃ行きようがねえんで……。

女房 (遠くから)なんだってぇ……?

太郎 なんだよォ……?

女房 今朝喰ったものをもう忘れたのかい、あんた……?

太郎 俺がなにを喰ったってぇ……? おまえこそ、いつまでも蒲団に寝てて、起きたと思ったら、お隣んとこへ茶を飲みに出かけちまったんじゃねえか……。

女房 (世間体を気にして)やだよう、まったくこのバカは……。いつまでも寝てたのはおまえさんの方じゃないか。それで、お隣さんのところへ行きゃ、鍋釜に火が入ってるだろうからって、無理にでも居座ってなにか喰わしてくれるまでは戻れないように、あたしを仕向けたくせに……。やだよう、まったく、恥をかくのは、あたしだよう……?

太郎 あなた、今のアレ、聞きました……? 痩せても枯れても、こっちは男だ……。女房からあんなことを言われちゃあ……。

お隣さん じゃ男らしく、あの棒鎌を奪いとってやり返えしますか……?

太郎 (女房を見て)あイヤイヤ……。あいつは親戚づきあいも多い奴で、やり返すなんてとんでもない……。

お隣さん それじゃ、山へ行きますか……?

太郎 はい……?

お隣さん 山へ行くんですかって聞いているんですよ……。

太郎 (ひと間あって)わかりました……。わかりましたから、まず先に、あいつに、あの棒鎌を離すように言ってください……。

お隣さん ああ、なるほど……。(女房に)奥さん、ご亭主は山へ行くって言ってますよ。さあ、その棒鎌は私があずかりましょう……。

女房 だったら早く行けばいいだろ……。

お隣さん ああ、なるほど……。(太郎に)さあ、早く山へ行ってください……。

太郎 ええい、こっちに寄こせ……。(と、棒鎌をひったくって、思い入れ)ええい、まどろっこしいやい、ちくしょうめ……。(と、棒から鎌をはずしにかかって)女房からあんなことを言われた日にゃ、俺だって……。

お隣さん なにをする気ですか……?

太郎 腹を切る……。

お隣さん (ひと間あって)また、短気なことを言わないでくださいよ……。

太郎 切ると言ったら切る……。

お隣さん イヤイヤ、待ってください……。

女房 ちょっと、なにわめいてるのよ、あいつは……?

お隣さん 腹を切るそうですよ……。

女房 ホッホッホ……。笑止笑止……。言うことだけは一人前じゃないのさ……。切りたきゃ、さっさと切りな……。

太郎 (女房に)やい……。

女房 なんだい……?

太郎 俺が腹を切ると言ったら、ただ切ると思うか……? 腹十文字に、見事かっさばいて見せるからな……。

女房 おう。十文字だろうが、何文字だろうが、切りたいように切りな……。

お隣さん ……そんなバカなことを。

太郎 ちょっと、そこをどいてください……。これから切るんだから……。

お隣さん あの、はやまっちゃダメです……。

太郎 どけったらどけよ……。

女房 あなた、なにやってるのよ。あなたがかまうからつけあがるんでしょ……。(と、お隣さんを引っ張って)ほっときなさいよ……。

お隣さん いや、しかし……。あの、ご主人、やめておいたほうが……。

太郎 イヤ、切ると言ったら切る……。

女房 さあ向こうへ行きましょう……。

お隣さん でも、アレ、あ、あ、あ……。(と、女房に引っ張られ)ご主人、短気は起こしちゃいけませんよォ……。

二人、退場。
真剣な顔の太郎が一人、取り残されて、ふと、

太郎 アレ? あの、もしもし……? いまから腹を切るんだよ、俺は。おーい……。行ってしまった……。どうなってるんだぁ……? 止めるなら止めるで、じっくりと、終わりまで止めてほしいものだ。こういう中途半端なことをされたら、迷惑じゃないか……。(と、暗く)ああ……。強気に出た手前、後へ引けなくなってしまった……。あれだけ豪語して、切らずに帰ったら、あのオタフクにまた舐められる……。いや、今度ばかりは、二度と頭が上がらなくなるかもしれない……。切るも切らぬも、切るしかないか……。といってもこの鎌、切れないと、痛いなあ……。よし。まず鎌を研いで、痛くないようにしてから死のう……。

と、鎌を研ぎ出す。

太郎 にしても、あの青年も肝心な時には頼りにならない……。じっくりと終わりまで止めてくれれば、こんな面倒なことにはならずにすんだんだ……。いや、あの人は止めるつもりだったのだ。それを、あのオタフクが、ムリヤリ引っ張って行ってしまったのだ……。(と、研ぎ終わった鎌を見て)オ、こりゃまた、切れそうな鎌だぞォ……。腹をもんで、やわらかくして、痛くないようにしよう……。

と、腹をもむ。

太郎 うん。気持ちいいな……。腹を切るってったって、まず左からブスッとやって、右へ引き回すんだけだからな、かんたんかんたん……。まずこの鎌を、左にブスッと……、おお、あぶねえあぶねえ、鎌が腹に突き刺さろうとしたよ……。気のせいか、ここらへんがヒリヒリする……。って、ビビッてちゃダメだ。思いきって死ぬのだ……。

と、立って大見得を切って、

太郎 サアサア、お立ち会いだぁ……。(と、奥へ)お隣さん。いまから腹を切りますからね。見るんならいまですよ……。おい、オタフク。いまから腹を切るからな、いくぞ、イヤアア! 手がこわばって鎌が腹の方によらない……。よらないわけがないだろ……。イヤアア! ダメだ、自分で自分の腹へはどうも突きにくいんだな……。もっと完璧なやり方を探そう……。そうだそうだ。あそこに鎌の方をくくりつけて、それに抱きつけばグッといく……。グッといく……。

と、木に鎌をくくりつけて、

太郎 コレコレ、これなら完璧だ……。(と、奥へ)おい、オタフク。いまから腹を切るからな……。お隣さんも見物するんならいまだよ、いくぞ、イヤアア! こんどは、腹が鎌の方によらない……。よらないわけがないだろ……。イヤアア! うしろへはよるが、前にはよらない……。なんてことだ……。そうだ。あっちから走ってくれば、勢いがつくから、ひと思いにグッといく……。グッといく……。

と、できるだけ鎌から離れる。(だんだん決死の表情になって)

太郎 サア、お隣さん、いまから腹を切りますからねぇ……。おい、オタフク、出て来い。出て来て亭主の最期を見届けろ……。イヤアア!(と、鎌に走りよるが、途中で進まなくなる)あぶねえあぶねえ……。あと一歩で、あのとがった先がこのやわらかい腹に突き刺さるところだった……。なんてことだ。これじゃダメだ。どうしよう……。なんだ、そうだよ……。あの鎌が目に入るから、手がこわばったり、腹がよらなかったりしたんだよ……。ああ、バカだったバカだった……。今度は目をふさぎながら走って来よう。そうすれば、グッといく……。グッといく……。

と、できるだけ、鎌から離れて、両手で目をふざぐ。(もう完全に開き直ったように)

太郎 サアサア、お立ち会いお立ち会い……。いまからここで、罪もなき、一人の健気な男が、鎌で腹かっさばいてみせましょう。見るならいまだよ、お客さん……。おいオタフク。俺はいまから死ぬからな……。お隣さんも、止めるんならいまだよ……。ダメダメ。俺がこうと決めたからは、止めようたって止まらないよ……。あ、でも、止めようによっちゃあ、止まらなくもないんだから、止めるんならいまだけど……、止めないんですか……? 物音ひとつしない……。ええい、サアサアサア、サアサアサア、イヤアア!(と、鎌に走りよるが、目をあけてよける)あぶねえあぶねえ……。もうちょっとで、死ぬところだった……。(と、頭を抱えて)ああ……、先へのばせばのばすほど、ますます死にたくなくなってきた……。だいいち、腹を切るというのは、まわりにおおぜい見物人がいて、ワーワーやってくれないと、なんとも味気ないものなのだ……。(と、観客へプレッシャー)今日にかぎって誰も通らない……。こんなんで死ぬのは、つまるところムダ死にも同じだぞ……。しょうがない。今日のところはやめにしてやるか……。やめて、山へ出掛けてやるか……。どうせ死ぬんなら、まず先に、あのオタフクを叩き殺してから、その上に飛び乗って、それで腹十文字にかっさばいてやるくらいでなけりゃ、面白くないもんな……。

と、ホッと陽気に、適当な節回しで歌いだし、

♪だって、こっちを見たって、だあれもいないし、
 あっちを見たって、だあれもいないし、
 いざってときに、止めてくんなきゃ、
 この世はおしまい。死ぬよりマシさ。
 おじいさんは、柴刈りに、
 おばあさんは、洗濯に、
 アレ、あれれれ、そこへきたのは花子ちゃん、
 花子ちゃんはいつ見てもかわいいなあ、
 ねえ花子ちゃん、うちの奴に言っといてくれ、
 腹を切るのはまたにして、
 俺はこれから柴刈りに、行くから家で、
 フロを湧かして待ってろ! って、
 そうかい、言ってくれるかい?
 やさしい子だなあ、花子ちゃんは。
 うんうん、またあとで。
 あとで会おうね、さようなら。
 では、さようなら。

と、ふらふらと退場。

註:LABO! 上演時の楽曲・歌の楽譜についてはlabo@hello.email.ne.jpまでお問い合わせ下さい。

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