登場人物 

勾當(こうとう):メクラの平家語り
菊都(きくいち):同じくメクラの弟子
通りがかりサン


勾當、つづいて菊都が、二人とも杖をついて登場。菊都は後ろにひかえる。

勾當 どうも……、私は田舎者のメクラでございます……。今日はこれから都で座頭の会合がございますので出かけます……。まず、菊都を呼び出して供をいいつけましょう……。やーいやい、菊都、おるか……?

菊都 はあ……。

勾當 おるかおるか……。

菊都 はあ……。

勾當 おったか……。

菊都 目の前におります……。

勾當 呼んだのはほかでもない、今日はこれから都で座頭の会合があって出かけるから、おまえ、供をせい……。

菊都 はあ……。

勾當 それから、道々の愉しみじゃ、酒も用意しろ……。

菊都 わかりました……。

菊都、さがって後ろで、ヒョウタンを腰に吊るす。

菊都 ホイ、酒の用意ができました……。

勾當 そうか、用意できたか……?

菊都 できました……。

勾當 ではさっそく行くぞ……。

二人、歩き出す。

勾當 サア、いくぞいくぞ……。

菊都 行きます行きます……。

勾當 (歩きながら)ところで菊都、世間ではワシの平家語りをどう評価しておるのかな……?

菊都 センセイの平家は、そりゃ、どこへ行っても大評判です……。

勾當 そうだろう……。平家語りというものは、いくらメクラでも、資格を取らねば語れぬものだ、おまえもいつかは資格を取るようにせいぜい励め……。

菊都 私ももちろんそのつもりでシテ……。

勾當 そのうち手ほどきしてやろう……。

菊都 ありがとうございます……。

菊都、立ち止まって、

菊都 センセイ、実はお願いがあります……。

勾當 (止まって)なんじゃ……?

菊都 センセイの平家語りはどこへ行っても大評判ですが、私はまだ一度も聞かせてもらったことがありません。このあたりは人けもない所ですし、どうかひとくさり語ってもらえないでしょうか……?

勾當 なんとぶしつけな奴じゃ……。ワシの平家は高座のものじゃ。こんな道草で語れるか……。

菊都 たしかにそうですが、都へ着いたらひとくさり、どころか、ふたくさりもみくさりも、きっと催促されるに決まっています。そのときのための稽古にもなるでしょうし……、それに、道々の愉しみにもなりますので、どうか語って聞かせてください……。

勾當 うーむ。なるほど、では語って聞かせよう。じゃが、まわりにはホントに誰もいないだろうな……?

菊都 まわりには誰もおりません……。

勾當 (客席の方を指して)そっちもか……?

菊都 (客席の方をうかがって)おりませんおりません……。

勾當 では語って聞かそう。よう聞け……。

菊都 よろしくお願いします……。

勾當 (扇を取り出し、構えて)さあて、ペンペン! 祇園ショージャの鐘の声。ペンペン! ショギョウ無常の響きあり。ペンペン! 時は平安、されど所は一の谷の合戦とくりゃ。ペンペン! 平氏も源氏もくんずほぐれず入り乱れ、アゴを切られて逃げる者あり、カカトを切られて逃げる者あり、どちらもビックリ仰天あわてたとっさに、カカトを拾ってアゴにつけ、アゴを拾ってカカトにつければ、当たり前だのクラッカー。パンパン! カカトにムジャムジャ髭が生えてきたよぉ。それどころか冬になったら、そのとおり、おみごと正解ジャンケンポン! アゴにヒリヒリあかぎれが、痛いよ母さん助けてぇと、まさに無情の響きあり。ペンペン! ペンペン! ペンペン! 

菊都 (大受けして)やんや、やんや! やんや、やんや! こりゃいいや、どこへ行っても大評判なわけだ。はじめて聞かせてもらいましたけど、まったくもってバカバカしいやい……。

勾當 ヤイ、菊都……。

菊都 はい、なんでしょう……。

勾當 どうやら川にぶつかった……。せせらぎが聞こえる……。

菊都 そうですね、せせらぎが聞こえます……。

勾當 歩いて渡れる川かどうか、石を投げてみ……。

菊都 わかりました……。石、石、石と、どこかに石はないかしらん……。(と客にふって)ないかしらん……。ヤ、ここに手ごろな石がありました……。(と一抱えほどの石を拾って)じゃ投げますよ……。

勾當 早う投げろ……。

菊都 はいはいはい……。

と、そこへ、通りがかりさんが登場。

通りがかり ついと出ましたワタクシめは、このあたりに住む者です……。ちょいと用あって、川の向こう岸に渡りたいのですが、イヤ、あそこでメクラが二人、なにやらチョロチョロやっている。ははーん、石を投げて川の深さを計ろうってんだな。いやはや、メクラの神経というのもバカにはできないものでございます……。

菊都 エーイ、エーイ、ヤ! (と石を放る)

勾當+菊都 (耳をそばだてながら)ドボン! ズボ、ズボ、ズボボボボボボ……。

勾當 おお、このあたりは深そうじゃ……。もう少し下手へ投げてみ……。

菊都 わかりました……。石、石、石と(と客にふって)、ヤ、ここに手ごろな石がありました……。(とまた一抱えほどの石を拾って)じゃ投げますよ……。

勾當 早う投げろ……。

菊都 はいはいはい……。エーイ、エーイ、ヤ! (と石を放る)

勾當+菊都 (耳をそばだてながら)ドボン! ズボ、ズ……、ゴン……。

勾當 おおう、このあたりは浅そうじゃ……。

菊都 ええ、ここらは浅そうです……。

勾當 それじゃワシを背負って渡れ……。

菊都 え、そんな……、自分一人でも渡れるかどうかわからないのに、センセイを背負ってなんて、そんなムリですよ……。

勾當 なんて奴だ……。なんのためにおまえを連れてきたと思っとるんじゃ……。こういう時のためではないか……。さあ、背負って渡れ……。

菊都 そうですか、わかりました……。

通りがかり オ、背負ってわたるか。ちょうどいい。せっかくだから、私が背負われて渡ろう……。

と、通りがかりさん、菊都の背後へまわる。菊都、通りがかりさんを背負いながら、

菊都 さあ、いいですか、しっかりつかまっていてくださいよ……。

勾當 (ヨロヨロさがして)おい、菊都、おまえ、なにをしておる……?

菊都 (立ち上がって)ヤットナっと……。

勾當 おい、菊都、どこじゃ……?

菊都 (渡りはじめる)よし、これは思ったより浅いぞ。エイエイエイエイ、ヤットナっと!

と、いきおいよく渡り切る。

菊都 さあさあ、着きました。降りてください……。

と、通りがかりさん、菊都から降りて、離れて見ている。

勾當 (ヨロヨロしながら、大声で)オーイ、菊都、おまえはなにをしておるのじゃ……?

菊都 ややや、あなた、なんでまだそこにいるんです……? 

勾當 なんでというても、まだ背負ってもいないぞ……。

菊都 いま背負ってもう渡ったじゃないですか……。

勾當 早く背負って渡れ……。

菊都 なんというムカつくじじいだ……。はいはい、ただいま……。(渡ってもどって)エイエイエイエイ、ヤットナっと!

勾當 まったくふざけた奴じゃ。自分だけ渡りおって……。

菊都 いいですか、こんどこそちゃんと背負われてくださいよ……。

勾當 わかっとるわ……。

と、菊都、勾當を背負って、

菊都 さあ、渡りますよ……。

勾當 早う渡れ……。

菊都 エイエイエイエイ、ヤッ……、

と、いきおいよく渡ろうとするが、

勾當+菊都  (沈んで)スボ……。

菊都 ややや、こんどはちょっと深いぞ……。

勾當 おいおい、そこは深そうじゃ。もっと下手をゆけ!

菊都 はいはい。エイエイエイエ……、

と、さらに深い。

勾當+菊都  (さらに沈んで)スボスボスボ……。

勾當 バカバカ、ふざけるな。下手をゆけと言ったろうが!

菊都 ヤットナっと!

と、強引に踏み出したので、二人、転がる。転んで、ビショビショになって坐る。

菊都 ああ、なんてこった!

勾當 あわわ、あわわ、耳にも水が入る……。

菊都 全身びしょ濡れだ……。

勾當 おのれ、おのれ、おまえは自分一人のときは浅いところを通っておきながら、今度はワシを川へ突き落としたな!

菊都 ご冗談を……。あなたこそ、さっき一度渡っておきながら、ふざけたおかげで私までびしょ濡れです……。

勾當 まだそんなわけのわからぬことを……、ヘックション!

菊都 ヘックション!

勾當 おい、菊都、酒は大丈夫か……?

菊都 酒は大丈夫です……。

勾當 じゃ、それを飲んであたたまろう……。ひとつ注げ……。

菊都 わかりました……。

通りがかり オ、今度は宴会か。ではご相伴にあずかろう……。(抜き足で二人に近づく)

菊都 (腰からヒョウタンを外して)では注ぎますよ……。

勾當 (扇で受けて)よし……。

通りがかり (勾當の扇の上にさらに扇を差し出す)

菊都 (注ぐ)ドブドブ、ドブドブ……。

勾當 うむ、そんなところだろ……。

菊都 こんなところですね……。

通りがかり (飲む)

勾當 (飲む)

通りがかり これは、意外に旨い……。

勾當 こりゃ、おい、なんじゃ……? やい、菊都、一滴も入っておらんぞ……。

菊都 今注いだじゃないですか……。

勾當 この粗忽者め、外へこぼしたのじゃ……。今度はこぼさぬように注げ……。

菊都 はいはい……。今度はちゃんと受けてくださいよ……。

勾當 (扇で受けて)わかっとるわい……。

通りがかり (勾當の扇の上にさらに扇を差し出す)

菊都 (注ぐ)ドブドブ、ドブドブ……。

勾當 うむ、そんなところだろ……。

菊都 こんなところですよ……。

通りがかり (飲む)

勾當 (飲む)

通りがかり こりゃ、飲めば飲むほど旨い……。ヒック!

勾當 やいやい菊都、また一滴も入っておらんぞ……。

菊都 今注いだじゃないですか……。

勾當 そうか、おまえが飲んでるんだな……。

菊都 なんてことを! なんで私が飲むものですか! あなたこそ飲んでおいてそうやって、なんで嘘を言うんです?

勾當 嘘などいうものか……。さあ、注げ……。

菊都 いったい全体、どうなってるのか私にはさっぱりです……。

勾當 いいから注げ! 早う注げ!

菊都 はいはい、はいはい……。今度こそちゃんと受けてくださいよ……。

勾當 (扇で受けて)わかっとる……。

通りがかり (勾當の扇の上にさらに扇を差し出す)

菊都 (注ぐ)ドブドブ、ドブドブ、チョロチョロ、チョロ……。と、これでなくなりました……。

勾當 かあー、バカバカしい。これが最期のチャンスとは。今度こそ……。

通りがかり (飲む)

勾當 (飲む)…………。ムムム、ムムム……。ヤイ、菊都! おのれ、ふざけたことを! ワシが道々の愉しみにと持ってきた酒を、おのれ一人で飲むとは!

菊都 飲むわけないでしょ……。あなたこそ、飲んでおいてそうやって嘘を言ってるんだ!

通りがかり こりゃいい。勝手にケンカをはじめた。こりゃ面白い……。

と、さらに二人のまわりを言ったり来たり。

通りがかり (勾當の鼻をつまむ)

勾當 あいた! あいた! あいたたた! おいコラ、菊都!

菊都 なんですか!

勾當 なんですかではない。ふざけるにもほどがあるわ! なんでワシの鼻をつまむんじゃ……?

菊都 (笑って)あなた、とうとう頭がおかしくなったんですね……? 私はなにもしてませんよ……。

勾當 おまえがしないで誰がする……?

通りがかり (菊都の耳をつまむ)

菊都 あいた! あいた! あいたたた! ちょっとセンセイ!

勾當 どうした……?

菊都 なんで耳を引っ張るんですか……?

勾當 なんだと? 耳を引っ張っただぁ……?

菊都 そうですよ……。

勾當 さてはおまえ、酔っぱらったな……? ワシはなにもせぬわ……。

菊都 あなたがしないで誰がするんです……?

通りがかり (勾當を扇で叩く)

勾當 あいた! あいた! いたい、いたい! やめろ、コラ、菊都!

菊都 なんですか……?

勾當 なんですかではない。おまえ、師匠をぶって良いと思っているのか……?

菊都 こんどはぶってきましたか……?

勾當 そうじゃ……。

菊都 (笑って)ついに酒が頭にまで回ったんですね……? ワタシはいまヒョウタンをしまっていて手なんか出せませんよ……。

勾當 おまえが出さずに誰が出す……?

通りがかり (菊都を扇で叩く)

菊都 あいた! あいた! いたい、いたい! センセイ!

勾當 どうした……?

菊都 なんでぶつんですか……?

勾當 なんだと? ぶったか……?

菊都 そうです……。

勾當 おまえもとうとうおかしくなったな……。ワシはなにもせぬわ……。

菊都 あなたがしないで誰がするんです……?

通りがかり (勾當を扇で叩く)

勾當 あいた! あいた! いたい、いたい! 

通りがかり (菊都を扇で叩く)

菊都 あいた! あいた! いたい、いたい! 

通りがかり いやー、ゆかいゆかい。さあ、帰ろう……。(と去ってしまう)

勾當 もうゆるさん! お返しだ!(と、菊都を杖で叩く)

菊都 こっちこそ!(と、勾當を杖で叩く)

勾當+菊都 ヤー、ヤー、ヤー……。ヤー、ヤー、ヤー……。

と、二人、打ち合ってから杖を捨てて、むんずと取っ組みあう。

勾當+菊都 イヤー、イヤー、イヤー……。イヤー、イヤー、イヤー……。

勾當 オリャ!

と、勾當、菊池を投げる。

勾當 どうじゃ、まいったか!

菊都 あいたたた……。

勾當 ざまあ見ろ、師匠をなめるなよ! さあて、杖はどこへじゃ……?

菊都 ちくしょう、師匠師匠と偉そうに……。イヤー! (勾當をつかまえて)

勾當 まだくるか……。

菊都 イヤー、イヤー、イヤー……。

勾當 おい、菊都、あぶないわ、あぶないわ……。本気になるな……。

菊都 イヤー、イヤー、イヤー……。

と、菊都、勾當を引き回して投げる。

菊都 まいったか! 勝ったぞ、勝ったぞ! 勝ったぞ、勝ったぞ! (と退場)

勾當 あいたた……。(起き上がって)バカモン! 本気で投げる奴があるものか! まてい! こら、まてい! まてい、まてい、まてい……。(と退場)

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