メーテルリンクの『青い鳥』より。
『青い鳥』がもともと戯曲であるということを知る人は、いがいに少ないのではないでしょうか?
『青い鳥』のなかで、チルチルとミチルが最後に訪れる「未来の王国」というところがあります。そこは、生まれてくる前の子どもたちがいる場所です。子どもたちは、決まられた時間がくると、そこの港から舟にのって、現実の世界に生まれてくるのです。
いろいろな子どもたちがいます。生まれて大発明をする子ども。政治家になる子ども。人々の心を癒す子ども。生まれて、すぐに死んでしまう子ども。その「王国」で、すべて運命は決められているのです。
そのなかに「恋人どうし」という子どもたちがいます。彼らだけは、なぜか、その「恋人どうし」という運命を、生まれた後の世界へは持っていけないのです。
その日は、その「恋人どうし」の、男の子のほうが、向こうの世界へ旅立つ日でした。
女の子のほうが旅立つのは、もっとずっと何年も後の予定なのです。
子どもたちを送りだす役目の「時の番人」に向かって、男の子が訴えます。
「あの子も僕といっしょに連れてって!」
女の子も言います。
「あの子をあたしといっしょにここへ残して!」
けれど、「時の番人」はけっして承知しません。
「ここで別れたら、あたしたち、二度と会えなくなるわ……」
舟の汽笛がなります。出発の合図です。
別れ際の最後に、上のセリフになるのです――。
* * *
メーテルリンクの、生まれてくる前の子どもたちの世界では、仕事も、寿命も、病気も、性格も、すべてがそこで決められているのに、「誰と恋するか」だけは決められていないのです。
この世では、本当に出会いたい人と、ちゃんと出会えるのかどうか、定かではない。
けっきょく、幸せになれるのかどうか、人は定かではない、とでも言いたげです。
恋ってなんなんでしょう?
人との出会いって、なんなんでしょう?
「あたしはいちばん悲しいものになるわ……」
まるで、生まれてすぐに死んでいく子どもよりも、病気になるとわかっている子どもよりも、もっとずっとずっと、悲しいコトがあるかのようです。
「そしたら、あなたは、わたしのことをわたしとわかるでしょう」
いちばん悲しいもの、っていったいなんなんでしょうか?
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