2004.July-August-September

9月13日(月)

 言葉ってすごいなって思って稽古しております。
 「砂漠」の中に書かれた台詞と格闘しつつ、夜、彼女のエッセイを読みつつ、つき合ったあの日々を思い出しながら、あの人が、あの時には気付かなかったあの人の横顔が、すうっと立ち上がってきます。

 紆余曲折あり、彼女がNOISEで修練させた方法を、今回も継承(発展?)させてみることにして、さらに、作家がどんな確度から言葉を選び、書き、書かなかったか、思わず考えさせられたのは、ある部分、僕自身の苦手な方法に取り組むわけだが、なんていうんだろう、自分だけでやれることは限られていて、カゴに閉じこもった鳥が、カゴを出て、日照りの砂漠を歩き出す、ってこの芝居のテーマを実地に試そうってコトなんだって気がついたワケ。(って、甲州人のだらだら長い文章。←保坂和志を参照)

 自分の後ろ姿は、自分ではわからない、のだ。
 そうなのだ。
 (って、「のだのだ」文章も甲州人。←深沢七郎を参照。山之口貘も「のだのだ」文の詩を書くけど、彼は沖縄人だよ! とても好き。)

 そういうワケで、田舎者が、東京人のセンスに、挑戦なのだ。

自分の後ろ姿は、自分ではわからない、のだ。
(ウチの犬のおしり。たびたびですいませんけど)

9月7日(火)

 神に祈る時ってどんなトキだろう?

 どうにもならないトキ。
 死にそうなトキ。
 運命を感じるトキ。
 運命でしか物事が変えられそうにないトキ。

 人は祈る。
 祈る、という行為は決して風化しないノダ。
 恋愛、孤独、自己破壊、老化、病気、事故、生死の境で、人は祈る。

 どんなものも絶対に永遠には続かないから、永遠という観念のある限り、人は祈るのだ。
 このトウキョーとて、永遠ではない。崩壊へ向かって、坂道を転げ落ちているのかもしれない。だって、この10数年で、この街は何を生み出した、か?
 崩壊して行っているもののほうがずっと多いではないか。

 永遠は、一瞬の中にある。

 そうスピノザは言った。今となってはなんて理念的な言葉だろうと思うが、理念的な想いは、一生魂のなかに残るのだ。いや、残るような人生を選んでいると言うべきか。

 永遠は、一瞬の中にある。

 共産主義。社会主義。本当の自由と平等の世界。差別も格差もない世界。数量的な競争ではなく。質的な「差」を認め合うことのできる世界。
 これらはけっして幻想でも夢でもなく、理念的には人の魂の中に生き、蝕み、遺伝してゆくものなのだ。

 そう、思い出そう。
 日本史の中に、「自由」を求めた民の、苦しみと悲しみと、喜びと永遠を、一生涯賭けて描いた歴史家の夢を。

 歩き疲れた時、そおっと眼を閉じれば――

 たとえ、向こう側へ、行ってしまうのが、僕でなく、あなたであっても。
 (まあ、それが演出家の仕事なんだけどね!)

防波堤を破壊して、
民家に突っ込んだ貨物船。
永遠は、一瞬の中に、在る。

9月1日(水)

 もう9月だけど、ええい、つなげてしまえ。

 ツナガラナイ。ツナガラナイ。

 如月さん、でも少しずつ、少しずつですが、あなたの世界に近づいているような気がしますよ。ボクらしく、誤解に誤解を重ねつつ、思い込みに拍車をかけつつ、遠回りしながらも、ね。あなたの世界に、あなたの愛した時代と、体と、このトウキョーへの想いについて、ね。

 沖縄から帰ってきて、あの、沖縄のやさしさと緊張感に身を晒して、ずっと、もうずっと15年以上暮らしながら、ちっとも古里のように親しみを持てない、このトウキョーで、でも僕は少しずつ、分かってきた気がするんです。あなたがどんなふうにこの街で生きて、育って、そして愛してきたかってことを。
 やっぱり愛がなくっちゃね。
 チェーホフでもアッコちゃんでもないけど、芝居にならないやね。

 だからですね――
 あなたがト書きに書いている、〈そこ〉を、僕は、〈人が生きる場所〉と読んでみようと思ってるんです。
 そう思うと、あなたが街を見ていた「まなざし」を追い掛けていけるような気がするんです。

 わかってます。芝居一本作るために、掘り下げ、悩み、発見するものはこんなもんじゃないってことは。わかってます。
 今やっとスタート地点ですか、ね?

 秋風が吹きました。
 59年前も今も、復興はまだまだこれから、ですよ!

本の表紙を
携帯で撮りました。恥ずかしいかしれませんが、お許しください。
まさか、
拝んだりしませんって。

8月26日(木)

 演技の最高型は「動物になること」だと、なぜか、ボクは漠然と信じているところがあって、まあ、ホントは漠然とではなく、自身の経験と、ドゥルーズ=ガタリの本(たとえば『ミル・プラトー』など)から影響されているのだが、そう思っている。
 だいたい、狂言では、サルに始まって狐に終わるというくらいだ。
 今の役者は、「ものまね」というと真面目には相手にしないが、演技の基本が「ものまね」であることは、世阿弥が『風姿花伝』で言っていることで、真実は現代でも変わらないことだと思う。ただ、リアリズムの中で、モノの考え方が狭くなっているだけだ。
 人間の子供は「ものまね」能力がなければ成長できない。それは役者とて同じ。
 それがどういうふうに基本であるとか、大切だとかは分からないのだが、動物になることは、演技という表現が最大限の自由を獲得する瞬間であることは間違いないように思う。
 あな、おろそかにはできない算段なのだ。

 と、いうわけで、動物園に行こう!
 役者はそこでたいへん大きな勉強ができるはずだ。

ウチの犬。
携帯だが、
カメラをかまえると、こわばって、首をイヤイヤした。
カメラが怖いというのは、
動物に共通の
感覚のだなー。

8月24日(火)

 竹富から帰って6日目。背中の皮もすっかり向けてしまった。

 「砂漠」の稽古も2日目だ。
 1時間半ほど、みんなで話してこの物語の不可解な謎を解こうと試みる。

 闇夜を手探りしている感じ。
 しかし、闇を恐れてはいけない。そこではフツーの理屈も、日常感覚も通用しない。まずはそこに馴染むコトだ。そうすればこんなにやさしい時空間はないってことがわかるはずだ。
 100%パーソナルな時空間。夢と交わる時間。無意識の空間、だ。
 100%の観念と、妄想と、肉体の欲望とが混じり合う交点に、真実が、ある。
 正直になろう。正直になれば、神様に――キリストの神だろうと、神道の神だろうと、イスラムの神だろうと、なんだって構わない。原始太陽神だってOKさ――あなたも日々、神様に語りかけながら生きていることがわかるだろ? ちょっとしたことで。いや、むしろ、ちょっとしたことばかりで。
 誰にも口に言わずにいるコト。自分でもそれとなく意識しないで選んでいる、日々の一コマ一コマ。つまり――

 本当に、本当に、自由な時間。

 はたして、人は、そこまで曝け出すことができるか?

竹富の夜。
地面に映った街灯の影。
椰子の葉と、
ボク自身の影がわかるだろうか。
この闇に包まれた感触が分かるだろうか?

8月21日(土)

竹富島ノコト。
いま記しておきたいコト。

それは、夕暮れの時間。長い、ゆっくりとした空の色の変わり方。
日没から、その後の明るさと、闇が地上を支配するまでの時間。
それから夜空の星のコト。天の川。星座。ゆったりと流れる時間。
時間。時間。ジカン。

魚の可愛らしさ。木々の暗さ。蝶々の美しさ。

百年前の石垣と、去年作られた石垣と。
朽ちてゆくモノ、と、それを維持しようという意思と。
忘れられた言葉と、本土のからの若い活力と。
テレビと、テレビしかないことと、テレビの遠さと。

それから風。
風のコト。いつも強く吹いている海岸の風。
一歩、陸地に入れば感じないのに、海岸ではいつも強く、
途切れなく吹いている、風、風、風のコト。

あらゆる五感が、
匂いも感触も光も音も、もちろん味も、
そこにいることを意識させてくれるのだ。

つまり、何を信じて人々は、このまるい地球の上で生きてきたのか。

ってことを。確かな感触として。

珊瑚の道。
台風の後で、
白い水たまりになっている。
集落から、アイアル浜へと続く道。
夕闇は近い。

8月19日(木)

 もうメンドーなので7月分と8月分をつなげてしまった。

 昨日、竹富島から帰ってきた。

 竹富は、石垣島から船で10分。歩いたって、周囲、半日とかからない小さな島だ。昔ながらの石垣と赤瓦の集落が残る島。というか、そんな集落しかないのだ。あとは黒牛のためのボウボウ草の牧場と亜熱帯の林と砂浜と(悲しいコトに半分死んだ)珊瑚礁しかない。コンビニもない。スーパーもない。ホコリのかぶった麦わら帽子やフィルムやアイスクリームが眠っていて、それもほとんど閉まっている商店や、民宿や、そば屋が一件や、酒場が二、三件しかないような、そんな地の果ての島だ。
 夜になれば、数本のオレンジ色の街灯を残して、島中が、すっぽりと闇に包まれてしまう。

 なんでそんなところに、というと、沖縄がもうずっとマイブームだったことと、「砂漠のように、やさしく」をやるために、どこか地の果てへと向かう、という目算があったためだけど、やはり、というか、思ってもみなかった仕方で、深い印象が身体に残ってしまった。

 言葉にしてもうまく伝わらないコトだけど。
 水平線の確かさや、空の広さや、日没から日没後の空の変化や、満天の星や天の川や、を僕は見てしまったのだ。
 ただ、見たのではない。
 そんなもの東京の近場でだって見られるけれど、もっと、なんというか、やはり「地の果て」まで行って見てしまった、という印象なのだ。
 夜、5時半を過ぎれば、島から出ることはできない。あとは、夜という自然の中に「ギャフン」と言わされるために、人は桟橋に出て夕日を見つめるのだ。そして、星空という無限の形而上学の中に解放的な自由を発見するのだ。

 その印象の強さはどうも消しがたく、東京にもどってきて、なお、さらに強く感じるものなのだ。

旅行中、
家に残した
コップの
ビールに湧いて
いた
カビなのだ。

7月26日(月)

 THE BOOMノ新譜ヲ聞ク。
 ある種の成熟さとともに、アコースティックに回帰している感じ。青春はどんどん遠くなっていくのだなー。それもまたよし、か。

 こんな詩があります。

年をとる、それは青春を
歳月の中で組織することだ

 ってね。なんか、これってすごく励まされる。
 つまり、あの日、若いって思いながらも、ホントだって感じた何かを、捨てる必要はないんだって、思わせてくれるジャン。
 サッカー選手の熱さに、心を寄せるのも、かれらに重ねるオノレらの青春があるからなんだよね。

年をとる、それは青春を
歳月の中で組織することだ

 著作権なんかないんで、何回でも引用するぞ!

 村上の春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」の冒頭だけ、ひさしぶりに読んだ。ボクは、忘れていたんだけど、ここにある、ネコの死骸を捨てに行くくだりが好きだ。
 気になったのは、その埋葬のドライブの中で、主人公があらゆるアメリカ=イギリスのポップスの、「くだらない」という曲を洗いざらい思い出して、吐き捨てているコト。けっこう膨大だよ。――フリートウッド・マック、アバ、メリサ・マンチェスター、ビージーズ、KCアンド・ザ・サンシャインバンド、ドナ・サマー、イーグルズ、ボストン、コモドアズ、ジョン・デンヴァー、シカゴ、ケニー・ロギンズ、(ほとんど知らないなー)……ナンシー・シナトラ、モンキーズ、トリニ・ロペス、パット・ブーン、フェビアン、ボビー・ライデル、アネット、ハーマンズ・ハーミッツ。(知らないよ。これは作者の世代の青春だ!)……ハニカムズ、デイブ・クラーク・ファイブ、ジェリーとペースメーカーズ、フレディーとドリーマーズ、(きりがない。打つのも大変だよ!)……あの偽善的なサイモンとガーファンクル、神経症的なジャクソン・ファイブ……。

 ふう……。

 そこで、だ、主人公は、ふとラジオから流れた、「ブラウン・シュガー」に耳を傾けるのだった。「僕は思わず微笑んだ。素敵な曲だった。『まともだ』と僕は思った」

 「ブラウン・シュガー」か。
 う〜ん。ステキだけど。なんで、「ジャンピングジャックフラッシュ」じゃないのかな。……というコトが世代差なのかな。

 とにかく、ここで、作者は「青春を歳月の中で組織している」のだ。

 さあて、ボクは、と思う。
 これから、ズリ落ちてゆく年輪の中で、どんな曲を切り捨てて、どんな曲を「まともだ」と思うのか?

 宮沢和史に関して言えば、「中央線」「虹が出たなら」「島唄」は変わらないかもしれない。(それは、しかし、アッコちゃんのおかげかも。編曲は作品を古典化させるから。)

 さだまさしの幾つかの楽曲も、きっと秘かに心の中に残っていくだろう。今の彼でなく、70年代の、ね。

年をとる、それは青春を
歳月の中で組織することだ

 青春を、歳月の中で、組織するために。
 そのために生きて行こう。
 そう、思うンだ。

 ぜったいに、そうでなくっちゃ、ダメなんだ!

 ってサ――。

7月19日(月)
沖縄、行きてー。涙がちょちょぎれるホド、行きてー。
あのどうしようもないほど、どうしようもない時間の中に身を置きてー。

7月10日(土)

 いつのまにか7月になってしまった。

 今日はディアマンテスの新しいアルバムで沖縄ソングをいろいろフィーチャーした奴を買った。ライナーノートにもある通り、嘉手苅林昌の録音とコラボした、アルベルト城間のスペイン語の歌声には、マジ泣きたくなった。

 この嘉手苅林昌と登川誠仁とが、戦後の沖縄民謡の二大巨匠なのだが、林昌さんはもう亡くなってしまって、誠仁さんは洒脱な風情で、「ナビィの恋」のような映画にもひょうひょうと出演されている粋なオジイです。
 ボクの沖縄滞在記で面白かったのは、この林昌さんとも誠仁さんとも近所付き合いをしていたコザの演劇青年が「ああいうオジイどもには、とてもかなわねえ」というようなコトをしきりに言っていたことでした。彼はもちろん、芸能分野での成功に夢を見ている沖縄青年だったのですが、しかし、そういう彼が、民謡の巨匠にはとてもかなわないと思っている、そう思わせている沖縄の芸能界の底力というのが面白いコトでした。(註:コザは今も沖縄音楽の先端発信基地です。お祭り好きの、「沖縄の大阪のようなところサ」とウチナーの人は言っていました)

 6月からこっち、読んだ本。
 「蒙古来襲」網野善彦/著 小学館文庫
 「眼球譚」J・バタイユ 河出文庫
 「悲しき熱帯」(上・下) レヴィ・ストロース/著 中公クラシックス
 「山へいく牛」川村たかし/著 偕成社文庫
 「ぼくの叔父さん」中沢新一/著 すばる連載
 「網野善彦を継ぐ」中沢新一・赤坂憲雄/著 講談社
 「マホメット」井筒俊彦/著 講談社学術文庫
 「出エジプト記」関根正雄/訳 岩波文庫

「出エジプト記」は、砂漠の民の生きざまを知りたくてあたらめて読んだのだった。これは手許において参照してきた日本聖書教会の訳とはまったく違うものでたいへんに新鮮な読書だった。ひとえに「聖書」といってもどういう観点から訳されているかで、まったく受け取り方が変わってしまう。
 ボクは岩波文庫のような聖書もとても「わかるものだ」と思った。

 たとえば、日本聖書教会の訳では「ヤハウェ」をすべて「主」と意訳しているのだが、岩波文庫の「出エジプト記」では「ヤハウェ」はあくまで、いつも「ヤハウェ」なのだった。
 で、ヤハウェって誰だよ?
 という自然な疑問がわいてくるのだった。


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