2004.May

5月10日(月)

4月の終わりから5月にかけて読んだ本――

網野善彦&阿部謹也「中世の再発見」
宮本常一「忘れられた日本人」
プラトン「ゴルギアス」
網野善彦「日本の歴史を読みなおす」
中沢新一「対称性人類学」
山之口貘「沖縄随筆集」
宮本常一・山本周五郎・ほか監修「日本残酷物語1」
R・ブローティガン「西瓜糖の日々」
山本周五郎「青べか物語」

そして、いま、ついに網野善彦の「無縁・公界・楽」を読みはじめる。
これはスゴイ。

5月16日(日)

 午後2時より、駒場のアゴラ劇場で、A・オールビーの最新作「山羊、シルビアって誰?」を見る。ボクにとって、オールビーは、なんか気の合う脚本家だ。最新作と聞いて、どうしても見ておきたい気持ちで出かける。
 小雨が降っていた。

 オールビーの脚本のものすごさと、これを丹念に作り上げた青年団のプロダクションの力に感心してしまう。バリー・ホールさんの演出の的確さ、志賀さんの演技の誠実さ、少年役の俳優のみずみずしさ。このようなありうべき演劇的「奇跡」とともに、オールビーの新作を見られたことに感謝したい。

 ラストで志賀さん演じる建築家が恋人を殺されて、クズ折れ、嗚咽の中に埋もれていったときには、胸が苦しくなった。涙が流れた。

 こういう劇体験は、ホントに、めったにあることじゃない。

5月17日(月)

 午後より晴れる。
 気分を良くして会社から、下北沢のスズナリへでかけ、風琴工房の「記憶、ああるいは辺境」を見る。作・演出の詩森さんの「ぜったい見に来て」というメールの期待に答えるように。

 舞台は戦時中から戦後の樺太。なんだか女郎言葉のようなひょうきんな樺太訛りと、韓国語とを、しっくりとこなしていた俳優たちの、またある種の誠実さと勉強とに感心した。この芝居で伝えたいことをプロダクション一人一人が、それぞれに大切に感じていたのだ。
 とても気持ちのよい舞台であった。

 ただ、見るものを揺さぶるほどに、ドラマが俳優の体の中で動かないのだった。脚本家として描き切れなかったことはパンフにあった、が、演出としても詰め切れなさ、これだけで伝わるだろうという計算だけで済ましている部分があったように思う。

 よくあることなのだ。ボク自身、いつもいつもそうなのだ。辛いほど知っていることなのだ。


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