2003.September

9月18日(木)

 なぜ『ガラスの動物園』なのか?

 テネシー・ウィリアムは、毎日日課のように机に向かって戯曲を書いたが、一日に2、3行も進まなかったという。
 僕たちはいま、稽古を進めながら、2バージョンの原作(英語)と、おなじく2バージョンの日本語訳(小田島訳&松岡訳)を手放すことができない。ベースには、僕が全面的に訳した上演台本があるのだが、場面理解の進行とともに、1か所、2か所と言葉を修正しなければならないからだ。

 たった1語の言葉のニュアンス、てにをはの角度が変わるだけで、僕らは会話の中で自分の居場所と行方を見失ってしまうのだ。

 一歩一歩と、こわれやすいガラスの道をさぐるように僕らは進む。
 美しいもの、哀しいもの、繊細なものが、行と行の間、単語と単語の間、息と息の間から垣間見えるような瞬間を探すように。

 こんなにデリケートな物語はないように思う。

 その真実が、観客に伝えられればと思っている。

(なぜ『ガラスの動物園』なのか? その2)

9月16日(火)

 なぜ『ガラスの動物園』なのか?
 それに答えることは簡単ではない。
 ただ、言えるのは、僕らはいつになっても「青春」のあの輝きを忘れることはできないのだ、という、そんな思いがあって、ただ、ただ、このささやかな、やさしい家族劇に惹かれてしまうのだ。

 もうだらだらと15年も芝居を続けてきて、夢の何が実現したというわけでもないのに、少しばかりこなれてしまったというだけで、あの頃の夢が翳りかけている。そんな自分に、ここで、喝を入れたいのだ。

 ときどき、むしょうに、どこかここではない場所へ行きたい。
 懐かしい、哀しい、また陽気な音楽が、そんな衝動へ、僕を誘う。
 そうするには、年とともに、踏み倒さなければならないものが増えてしまう。捨てなければならない。傷つけなければならない。そうして負った、想像不可能な傷の深さを引き受けられるのか?
 そんなコトができるのは、むしょうに青春であるかぎりだ。

 僕はただ、取り返しのつかないことをしたいノダ。

 最近は、学生たちがちぢこまってしまって、青春なんて心の季節がなくなってしまったようだ。夢は、衝動になって、潜在的に心の奥底にあるのに、どこへ向かってよいのかわからない。ロマンの向かう、方向が見えないような気がする。
 就職か、引きこもりか、あるいは殺人か売春か?
 そんな時代なのか、僕のロマンの力も、もう息も絶え絶えだ。

 1930年代のアメリカに、なにがあったのか正確には知らない。しかし、こうして、「ガラスの動物園」を取り組みながら思うことは、この世界に生きる若者たちには、今よりもっとたくさんの選択肢と、今と同じような病理が(すでに)あったということだ。
 ロマンを求めて船乗りになるか?
 技術と金を手に入れて成り上がるか?
 それとも、小さなガラスの世界に閉じこもって大人になるのを拒否するか?

 そして、くだかれたガラスの破片を集めるのは、いつも母親たちなのだ。

(なぜ『ガラスの動物園』なのか? その1)

9月7日(日)

 言い訳になるが、8月は旅に出ていたのと、MACが壊れて3週間使えなかったために、日記が1回で終わってしまった。
 して、またまた9月は稽古が始まり、佳境になるにつれて、日記どころでなくなってしまうのだろう。

 沖縄のことを書きたいが、なにから書いてよいのかわからない。
 一言でいえば、沖縄は永遠の故郷、倒錯の故郷なのだ。帰ってきてもすぐに心をかき立てられてしまうよ。都会に生きくるしい者にとっては、あそこは夢見るあこがれの楽土だ。
 そして、あこがれは決してやまない。

 そうしたエキゾチズムのパッションが、「ガラスの動物園」へと僕を接続する。ここではないどこかへ行きたい。人間らしい人間の生きてる土地へ。

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