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なんというタイミングだろう。いったい、なんの予告だろう。
台風10号の影響で、ボクの沖縄への旅は大きく予定を崩されてしまった。
当初、船で東京から那覇まで44時間かけてゆったりと距離を味わうつもりだった、その船が欠航することに決まってしまったのだった。
よって、まったく近代的にノーマルに(資本主義的に)、飛行機で沖縄へと向かうことになってしまった。
まったくなんのために、南へ、ロマンの島へ向かうのか、(半分)わからなくなってしまったような、すっかりがっかりげんなり、の具合なのだ……。
8月6日に、広島で平和記念式典があり、広島市長の平和宣言2003バージョンが報道された。全文はここ――
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/peacesite/Japanese/Stage3/3-2/3-2-101subJ.html
今年の宣言は、大きな(無意味な)戦争の反響の中で、とりわけ強く感動的なものだった。その理念は崇高にして、心情は強く、かつ文章も美しい。
広島市の市長になるということは、なんと偉大な仕事なのだろうと思う。
この日だけは、総理大臣の演説などよりも、一地方都市の市長の「宣言」のほうが、格別に重要なのだ、全世界にとって、地球規模で!
今年もまた、58年前の灼熱地獄を思わせる夏が巡って来ました。被爆者が訴え続けて来た核兵器や戦争のない世界は遠ざかり、至る所に暗雲が垂れこめています。今にもそれがきのこ雲に変り、黒い雨が降り出しそうな気配さえあります。
こうして始まる短い「宣言」の中に、僕が深く求める「理念」の力のすべてが込められて、淡々と綴られていく――。
明日は長崎だ。
その日に東京を発つ予定だったのだが、まあ、しかたがない。
いずれにせよ、15日には、今年は沖縄にいるのだ。
戦後58年目にして、よわい35にして、シンプルに、過去に起こった出来事が大きな重みでのしかかってくるようなのだ。
なにかしら、僕は本当になにも知らなかったのだ、という気がする。
僕の仕事をそこへ繋げたいという思いが、未熟ながらも、嫌増しに増すような日の光の少ない、変な天気の、2003年の夏なのだ――。
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