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オキナワってバカだよね。
Dear
この1週間、沖縄の本島を縦横無尽に、原付で走り回りながら感じるのは、「人生の希望はどこにあるか?」ってことばかりだよ。南の島尻には、いまだあの戦争の傷跡が生々しいまま、林の中には、回収されない遺骨が放ってある。なのに那覇ときたら、まるで俗気いっぱいの表参道のようで、首里城にはいまだに懐かしい王が眠っているんだ。中部には、広大なアメリカ軍の基地だ。でもコザは元気いっぱい。ちょうど旧盆のさなか、街角からはエイサーの響きがそこかしこ聞こえてくる。それから、北の本部ややんばるには亜熱帯の自然が人の手を越えたところに残されていて、きっとそこに住む人々は、まだきっと神々を信じているんだろう。ボクらが失ってしまった神々を――。
考えずにはいられないよ。国家とはなんなのか?人間が自然に対してやってきたこととはなんなのか?
旅のさなか、ボクが出会った東京の少女は言った。「オキナワってバカだよね。このままでいられるわけないのにさ……」そういう彼女の唇は、失われてゆくものへの悲しみにふるえていた。そんなふうに、ボクには見えた。
そうさ、この島はそういうことを考えさせてくれるんだ。
国家とはなんなのか?
人間が自然に対してやってきたことはなんなのか?
いつから自然を怖れなくなってしまったのか?
人の力が及ばない、なにか大きな力がこの地球を動かしている。宇宙を動かしている。ボクらはちっぽけなんだってことを、そろそろ、21世紀の人間は気付くべきなんじゃないだろうか?
東京に戻ったら、シェイクスピアの「ペリクリーズ」を舞台化しようと思っている。そこに、ちょうど、この沖縄の人々が願っている「希望」と同じものが描かれているような気がするんだ。
2003.8.17
jin
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