地図のような人生、その1


 よく、町の夢を見る。
 そこは、かつて、よく知っていた町のようでもあるし、メチャクチャな、未知の町でもある。
 ボクのばあい、たいてい、その町は、ワルシャワなのである。
 それはただ単に、初めて訪れた外国の町が、ワルシャワだったというだけのことなのだが……。しかも、ただの3日ほど滞在したに過ぎないのに、その強烈な、緊張感と高揚感が、無意識のなかに拭いがたく、刻まれてしまったということなのだろうが……。
 ボクは夢の中で、いつもワルシャワの町を徘徊している……。
 しかし、夢の中に出てくるワルシャワの町は、ほとんど、ワルシャワではなく、甲府なのである。笑ってしまう。甲府は、ボクが子どもの頃から、高校生まで、18年間過ごした、いわゆる故郷である。でも、夢のなかでは、そこがワルシャワなのである。
 ぜんぜん、似ても似つかないのに……。

 ワルシャワという町が好きだったことは確かだ。
 なにもない。観光地もない。スーパーには商品もない。貧弱な、灰色の、うらさびれた町なのである。それが、ボクの気に入ってしまったのかもしれない。ポーランドという国のパワーを予感していたからかもしれない。ボクには、この町の底に、ジリジリとした、秘密のパワーを感じていたのだ。もちろん、それは、幻想だけれど――。つまり、そこにいながら、ボクは、ワルシャワで、幻想の世界を旅していたのだ。それは、不思議な旅だった。
 そして、幻想は、現実ではないのに、夢の世界でずっとずっと生き延びていくのだった……。

 ボクはただ、あてもなく、ワルシャワの町を歩いた。
 あてもなく、というのは不正確だ。どこでもいい、劇場で芝居を見たかったのだ。だから、わけもわからず、劇場という劇場を歩き回った。タクシーに飛び乗った。町のポスターについて、道行く人に聞いた。走った。さまよった。さまよいながら、自分でもいったいどこへ行くのかわからなくなっていた……。

 長い長い墓地が、右側に続いていた。
 そこは、ワルシャワの郊外で、なんだか、その墓地は特別な人たちの場所のような空気がしていた。日は斜めに傾きかけ、墓地を通り抜ける頃には、すっかり闇があたりを覆っていた。
 そして、目的の劇場は、その日、休演日だった。
 そういう意味の、看板が立っていた。
 「ふう――」として、ガックリと、
 ボクは溜め息をついた。
 「ボクはいったいどこにいるのだろう?」と思った。
 「ここにいる」そうだ。しかし、ここは日本じゃない。ここはどこだ? ボクはどこにいるのだ? どこへ行こうとしているのだ?

 ボクはワルシャワの町をただひたすら歩いたのだ。
 目的もなく――。

 今となっては、あれが、あの町が、夢だったのか、現実だったのか、よくわからなくなっている。あの墓地が、劇場が、本当にあったのかどうか……。

 しかし、それ以来、他人の書いた戯曲というものは、そういう町のようなものだと思っている。
 そこに、目的なんか、あるもんか!
 と、思っている。

 歩くのだ。ただ、ひたすら歩くのだ。
 そこに、人間が住んでいるかぎり――。
 (かならず、劇場はある。休演日でも)

 

2002.01.29
JIN


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