さまざまな演劇のはざまで。
MAMEカラット公演
『Bus,Seas,Tourists on the Highway
〜そこは終点ではなく』を見て。
MAMEカラットという劇団は新潟で活動している劇団で、今度はじめてアゴラ劇場の「冬のサミット」なる演劇祭に参加して上京してきた劇団だ。
ボクの大学時代の友人であり、ボクが何度も脚本を書いて〜と依頼した、脚本家の岡川クンの脚本が、そのMAMEカラットによってひさしぶり東京で上演されるというので見に行った。(岡川クンはべつに新潟のヒトではない。東京出身だし、東京の某銀行で普段はバリバリのエリート銀行マンである)
あと内輪の蛇足だけれど、LABO!の「ジョバンニの父への旅」に出演してくれた熊谷知彦クンも実は上京前はこのMAMEカラットに出ていたらしく。顔を見せていた。
クリスマス前の寒い、外界はきらびやかな季節である。ボクでなくとも客足が心配されるところだが、開演直前にはどうやらほぼいっぱいに埋まってきた。しかし開演前の青い照明で飾られた舞台は、物さびしげでなんとも盛り上がりのない雰囲気。前セツで、演出家の石附サンが挨拶。「はじめての東京でみんな緊張しています」とのこと。なるほど、はじまると役者はみんな、やや客席に気押されている感じか。しかし、しだいに雰囲気はノリよく、なめらかになっていき、客も置いてかれることなく、物語は進み出したのだった……。
正直いえば、舞台は稚拙であった。俳優の力量はまだ技術においても意識においても低い。滑舌ひとつ心もとない。照明(これも友人の高山クンが担当)から装置から音響からまわりのスタッフワークもまとまりのない印象を受ける。
にもかかわらず、ボクはどこかやわらかな心持ちで見終わったのだった。
(演劇の力、ということを考えていた……)
理由はひとつには脚本のこと。もうひとつにはこの劇団の「熱」のせいだろうと思う。
脚本の善し悪しは、終演後岡川クン本人にベラベラしゃべったので、ここでは書かない。が、彼がかつて7、8年前に書いたものとまったく同じテーマ、同じ物語構造をくり返していたのには驚いた。あのころから今日まで、彼はずっとコンスタントに書き続けてきたわけではないから、成長発展的に新しいところへ移っていく契機がなかったのだろうが、それでも愚直なまでに「自分のテーマ」を捨てない意地のようなものに、あきれつつ、ボクは拍手を送ったのだった。
懐かしさもある。彼とつくった芝居は全部で3本。どれも同じように納得のできる作品ではなかったが、失敗作ではぜんぜんない。演出をするヒトとしては、じつに実りのある仕事をしたという気がしている。
(先日その3本目の作品『挽夏の庭』で音響をしてくれたステージオフィスの長柄サンとばったり出会った。「あれ面白かったよね」と言ってくれたのが意外でうれしく、「そうか、面白かったのか」と認識を改めたのだった)
コイツ、また同じ物語をくり返している! それが意識的な確信犯だからこそボクは彼をよく知るものとして、複雑な気持ちながら、けれどエールを送りたくなったのだった。
それがなぜそんな素直な心持ちになれたのか、そのわけが終演後の飲み会でしだいにわかってきた。
(演劇の力もまだまだ捨てたもんじゃない……)
新潟からやってきた彼らはみんなまだ芝居をはじめて3、4年という初々しさを失っていない奴らなのだ。学生劇団というと「未成熟な」という意味の否定語だけれど、彼らはちょうどそんな時期の芝居への情熱、素直さ、明るさをもった奴らなのだ。岡川クンが素直に愚直になれたワケも納得できるのである。
みんな新潟での堤泰之サンのワークショップで知り合って芝居を始めたらしい。なかでも最年長の楠サンは37歳、奥さんも子どももいて、34歳ぐらいのとき(ほとんど今のボクの歳だ)に突然はじめてしまったのである。奥さんはべつだん反対もせず、応援しているという。「いやおはずかしい」という。「まだまだこれからですよ」と照れる。演劇の技術はなにより経験の積み重ねだから、彼とてまだ「上手い」役者でない。しかし、性格もあるのか、彼の年齢が舞台に安定感を生み出しているのも事実なのだ。30過ぎで芝居を始める。焦らずに楽しむ。こういうエレガントな人は東京にはなかなかいない気がする。だいたい30になって芝居など見なくなる男のほうが多いくらいじゃないか。
我田引水で話を結論してしまうのはボクの悪いクセだが、つくづく思った。
演劇もまだ捨てたものじゃない、と。
かつて歴史の中で、各地に神楽や能や歌舞伎が広がって「地域」の集約力となっていったように、現代の演劇も「地域」のなかでこそ生きる姿があるではないかと思う。さまざまな演劇の、有効な姿があるのだ。
そう思ってボクは終電を乗り過ごした東京の駅のホームで元気になった……。
本当に自分たちの言いたいことを言うための技術の蓄積はまだまだこれから。しかし続けていけば、確実に実のあるところに行き着く仕事を彼らはしているのである。
いま頃は初日の緊張から解かれて、みんなアゴラ劇場の饐えた匂いの布団のなかで眠っていることであろう。
メリークリスマス!
2001.12.23
JIN
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