《こんなふうにして演劇は作られる、その1》
地図と、ガイドブックと、散歩の実際
与えられた戯曲から舞台を立ち上げるまでの稽古場での仕事は、ちょうど初めて訪れた外国の街を歩くようなものだ。
僕らはガイドブックを手に入れることもできるし、地図を片手に歩くこともできる。しかし、当の戯曲自身が、いちばん精細ではあるが、ただの地図にすぎなくて、「街」そのものは、稽古場で垣間見えてくる、見えてはくるが目に見えない、空間なのだ――。
早朝、汽車が街のステーションへ辿り着く。
僕は眠い顔で、ふらふらと駅前の広場に出て、取りあえず、ベンチに座る。そこで地図とガイドブックを広げる。ふむふむ。ガイドブックの指示に従って、その街の地図を眺めながら、街のどのあたりに、観光名所が、寺院やら美術館やら公園やらお土産屋やらがあるのかを確かめる。この道を通って、ここを曲がれば、ここへ辿り着くんだな、と道順と時間を計算してみる。
――とまあ、これが、稽古初日の段階だ。
まだ、実際には、一歩も歩き出してはいないが、進み行く物語の起伏のイメージはなんとなくつかめているという具合。
そうして、さあ、勇気を出して、わくわくドキドキしながらも、緊張の、初めの一歩を踏み出す。
すると途端に、頭の中の道順などはスウーッと背後に遠のいて、踏み出した石畳の硬さやデコボコ感や、空気の匂い、鳥のさえずり、風の感触、店屋のざわめき、少女の笑顔などなど、そこにある現実が、ドンッと、僕の全身のセンスに一気に襲い掛かってくるのだ。
こうした現実は、ガイドブックにも、地図にも、戯曲にもまったく書かれていないのである。また、二度、同じことが起こるとも(その時点では)わからないのである。僕はとにかく、それらの、通り過ぎてゆくセンスを、思いっきりつかまえようとして、立ち止まったり、走ったり、スキップしたり、振り返ったり、目を閉じたりする。大抵のばあい、メモもカメラもビデオもあまり役には立たない。大切なのは、そのときに感じたセンスだからだ。
最初にガイドブックと地図で計画した通りに道順を進むことは、まずない。イメージ通りに物が見えてくるということは絶対にない。たとえ、イメージ通りの絵が立ち上がったとしても、それを喜ぶのは危険だということを知っていなければいけない。それは、観光名所まで来て「ああ、写真と同じだ!」と、心の中で満足してしまうようなものだからだ。次の日に来てみると、きっと、もう面白くもなんともなくなっているだろう。
そういうわけで、脇道にそれたり、店先で無用な時間をつぶしたり、思わぬ大道芸にぶつかって笑ったり、そして、道に迷って日が暮れたりしてしまうのである。
でもまあ、興奮のまま、飯を喰って、ビールを飲んで、ホテルに戻って、さあ、明日の計画を立てなければ! と気を取り直し、そうしてまた、ガイドブックと地図とをにらめっこで、今日の反省をもとに、もっと合理的で、もっと効率よく、いろいろなところを回れる道順をこねくり回す。
けれど、朝が来て、また新しい一歩を踏み出す。
と、やっぱり、電車が満員だったり、新しい物乞いがいたり、空が雨だったり、デモがあったり、財布をスラれたりするのだ。
それでも、昨日と同じ道まで来てみると、新鮮味も薄れ、昨日よりは緊張していない分だけ、どことなく、細かなところがよく見えてくる。小さな店先の花や、鉄格子の装飾や、この時間には学校へ通う子供達がここを通るんだなあ、なんてことがわかってくる。
こうした発見や驚きや小さな感動は、見方を変えていけば、いくらでも無限にあるものだ。しかしまた、ここへ来るとどうしても同じような見方、味わい方、注意力しか発揮できないような、死角の、道や広場や街の一角があったりするから不思議なものである。
そうして街をくまなく歩き尽したと思える頃には、一週間や二週間ではわからなかった、街全体の見取り図と、個々の街角の特徴や色合いが、具体的な細かい印象の集積といっしょに、はっきりと頭の中に浮かぶようになってくるのである。
そして一か月くらいしてやっと、なんとなくわれわれも、この街の住人のような実感と責任感と愛着が生まれてくるのである。これには、どうしても一か月くらいはかかるのではないだろうか。
こうなるとガイドブックはもういらないのだが、ここからが新しい地図の使い方を試される日々なのだ。ワンパターンやルーティーンが現れてくるからだ。新鮮味がなくなると、面白さを発見する力も失せる。そこで、もう一度、抽象的な地図の方へ、目を凝らす。まだ通っていない道を探したり、見落としていた店や建物をいちいちチェックしていかなければならない。
なぜなら、今度はわれわれは、この街を、他人を連れて、客観的に案内しなければならない立場に立たされるからである。誰よりもすぐれた、一流のツアーコンダクターにならなければならないからだ。
今後はもっと精細な感性でもって、街を歩き、走り、戻り、また戻り、何度も戻って、立ち止まることになる。
この道を楽しむための歩くテンポ、この広場を味わうための横切る角度、この建物を見るための最適のアングル、この風景を把握するための思想、物の見方を厳密に確かめ、選択し、かつ順序だてて上手く構成していかなければならないのだ。ここから本当に演出としての判断とセンスの仕事が始まるのである。
舞台装置のアイディアを実用的に煮詰め、衣裳を選び、音楽の有無を確かめ、平面のレイアウト、フォーメーションが見えてくるのだ。
(もちろん、はじめから「プラン」は頭の中にはある。だが、なんといっても、われわれはその「街」では、外国人なのだから、思い込みだけでは、見落とす物の方が多くなってしまう。結局、見なかった、歩かなかったという「街路」はできるだけ少ないほうがよいのだ。スベテノ可能性ヲ確カメルコト。)
がしかし、結局、最後に限られた時間で団体客を案内するツアーコンダクターたちは、舞台の上で、すべてを見せることはできない。
われわれが、われわれだけがその「街」からインスパイアーされた信念だけを頼りに、飽きさせることなく、取捨選択された道筋を通って、スムーズに、かつ大胆に、短い時間で、街全体を(!)通過しなければならないのである。
しかも、ガイドブックや地図を開陳して説明するというのではない、俳優の肉体という「物語の街」そのものを、実際に歩いて、味わってもらわなくてはならないのだ。
そのときには、どうしたって、俳優の身体の中に、ひとつの「街」が立ち上がってくるようでなければならない。
(それが舞台で演ずるということの本質だと思う)
そんなふうにして、演劇は作られるのである。
2003.6.4
JIN
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