人生の中をまっすぐにしか
進んでいかないもの。

鈴木博文LIVEを見て(聞いて)

 人生のなかを、まっすぐにしか進んでいかないモノがある。そんな気がしている。あるいは、まっすぐにしか進んで来なかったモノ、と云うべきか……。

 海沿いのその街の、車が回り走る広場には真ん中に石づくりの記念塔があって、てっぺんにはいつも海鳥が止まっていた。海鳥は飛びながら鳴く。ボクは旅のさなか、その街を初めて訪れたのだった。
 海岸の遊歩道には褪せた遊園地があって、そこから海へピアが突き出して、波に洗われている。薄汚れたゲーム機の陰から、水玉のピエロがひっそりとこちらを覗いていそうな遊園地だ。
 まだ春先で風は冷たくて、パブのテラスでは人々が1パイントのグラスを傾けていた。
 海は眺めるものなのか、それとも渡っていくものなのか。
 知らない街から見えるかぎり、水平線の向こうに何があるのかすら、ボクには知れず、けれど、たくさんの人間が考えたのだろう。人生は眺めるものなのか、それとも渡っていくものなのか。いずれ死ぬのだ。いずれ老いていくのだ。それでも、人生のなかをまっすぐにしか進んでいかないモノがある。
 波間からたくさんの声が聞こえる。

*   *   *

 男はいつも海を眺め、眺めながらそこに橋をかけたいと秘かにたくらんでいる。海と自分の人生を等価にしたいと思うのだが、それは叶わぬ算段だ。眺めているうちにいつも夕陽が沈んでしまう。
 車のキーを回す。エンジンの調子は悪くない。道は曲がりなめらかだが、ハンドルの切れも大丈夫、うまく切れている。街はやさしい。
 子どもが飛び出してくる。かわせない。ぶつかる。あるいは、乗せる。乗せてやる。アクセルは重くなる。だんだん重くなるが、大丈夫、街はやさしい。
 ちくしょう、と思う。こんな世の中と思う。
 ガキどものバイクが脇を追い越してゆく。オレンジ色の外灯が無際限に飛びすさってゆく。幽霊ばかりが増えてゆく。
 ちくしょう、と思った。こんな世の中と思った。
 すべては白い光に消えていく。

*   *   *

 人生のなかをまっすぐにしか進んでいかないモノがあると、誰もが感じるわけではない。むしろ狂っている、かもしれないのだ、そんなコトを云うやつは。
 今日のニュースでは、公示された総選挙に向かって勝手な物語を叫ぶ党首たちの声を流していた。二大政党だ、安定政権だ、マニフェストだ、年金だ消費税だ教育だ。国だ生活だ改革だ。これは戦いだ。みなさまの力をお借りしたい!(清き一票なんて標語は死語だなあ。)
 世の中が変わってくれたらとは、みんな思ってるんじゃないかな。今はちょっとヤバイってことくらいうすうす気づいている。でも、いっさいがっさい、すべてが変わっちゃうのも困るんだよね、今まで築いて守ってきたものがあるんだから。築いて守ってきた分、捨ててきたものもあるわけだからさ。人生はまっすぐになんか生きられないんだよ。まっすぐでOKなのは、スポーツ選手くらいだぜ。だってあいつらは許してやるさ、輝く時間は短いんだから。年をとれば、存外わかってくるものがあるさ。人生はまっすぐになんか生きられないんだってね。いつまでも若い女なんていないだろ。お前も大人になれよ! さ、カラオケでも行こうぜ。

*   *   *

 それでも人生のなかをまっすぐにしか進んでいかないモノがある。
 誰にもある。
 驚くべきことだが、忘れているだけなのだ。

海をみていて
日が沈む ひとり
風が止まり、光が集まる
泣く ひとり
歌が流れ 流れて、
止まらなくなる ひとり

 そんなときがあるのだ。
 ホントに驚いてしまう。忘れているだけなのだ。
 人生はひとりだということを。ずっとひとりだったし、これからも(続くかぎり)ずっと、まっすぐにひとりだということを。
 そのことに驚き、傷つき、途方に暮れて、励まされる男が、そこに、いた。

 

2003.10.26
JIN